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第三章 試練の町カサル
120 なんかやろうぜ
しおりを挟む気持ちよくうとうとしながら目を覚ました。
窓からの明かりは夕暮れ前。
この感じ……前にもあった……。
「あっ!」
寝過ごした! と思って顔を上げると、「よぉ」と本から顔を上げたアランが、ベッドに座ってこちらを見ていた。一瞬、誰もいなくて家中を探し回ったのが夢だったんじゃないか、と思うぐらいに。
いや確かに昨日も同じように、ぐっすり眠りこけていた。
「アラン……」
「やっと起きたな」
「……ずっとそこ、に?」
「あぁ……いや、買い物やらしてきて、さっきまでちょっと寝てた」
ゆっくりと体を起こす。
僕が寝ていた間に、アランはいつものように起きていろいろ用事を終えて来ていたんだ。まだ疲れだって残ってると思うのに。
「ごめ……」
「あん? なんで謝るんだ?」
「だって、アランが試験から帰ってきたら、いっぱいゆっくりしてもらおうと思っていたのに。昨日も今日も、僕……何もしてない」
それどころか不安になったり安心したり、感情の起伏が激しくて、自分のことだけで手一杯になっている。
そんな僕に、アランはふっと金色の瞳を細めて優しく微笑んだ。
「いいんだ。俺はお前が無事に留守番していてくれて、安心して眠っている姿を見られれば。俺が居ない間、ずっと気を張っていたんだろ?」
「う、うん……」
大泣きした昨日のことが、もうずっと昔のことのように感じる。
パタン、と本を置いたアランが伸びをする。「さーてと、飯でも食うか」と呟く姿はいつものアランだ。僕は苦笑しながら「うん」と頷く。
そんな様子を、片眉を上げて見下ろす顔。
「お前の誕生日プレゼントだが……」
「要らないよ」
「一日一緒に居て、だろ?」
そうだ。今朝、アランに抱きかかえられながら、夜明け前の町中でお願いしていた。やっぱりムリ……だったのかな。
「……アラン、あの……」
「居るのはいいが、ただ食って寝てるだけじゃ飽きそうだと思ってよ。なんかやろうぜ」
僕の心配をよそに、アランは明るい顔で言った。
「サシャはなんかやりたいこと無いのか? 行きたい所でもいいし。祭りも始まるから、ゆっくり眺めにいってもいいしよ」
僕は一瞬ぽかんとして、それからほっとしながら笑い返した。
もう……このところの色々で、直ぐに余計なことを考える癖が出来てしまっていたみたいだ。
「行きたい所は無いよ」
「祭りも?」
「うん、今年はにぎやかなの……いいや」
街中で、またマロシュと会うかもしれない。そう思うと今は家から出たくなかった。
こんな後ろ向きな性格じゃなかったはずなんだけれどな……僕。どうも最近落ち込みやすい。
「んーじゃぁ、何しようか。こういう時って何やったら楽しいのかよくわかんね」
ぶっきらぼうに呟く。
いつも時間があれば武具の手入れやトレーニング、試験に向けた勉強やらでアランが家で遊ぶ姿はあまり見ない。もともと趣味があるほうじゃないと言っていたことがある。
僕と出会うまでは、冒険者としてのランクを上げることだけが生きがいみたいなものだったと……。
それを考えると、僕も草花と話をする以外に、これといった趣味を持ち合わせていなかったかも。何かやるにしても、部屋の掃除ぐらいしか思いつかない。
九歳になった最初の年は夏至祭を見に行った。次の年は魔物討伐依頼と重なって留守だった。去年も一昨年も、プレゼントは貰っていたけれど忙しくしていたから……。
とりあえずベッドから起きて、キッチンに向かう。
お茶と軽く食事をしようと思った僕は、ふと思いついた。
「お菓子……作ってみたい」
「ん?」
「ケーキ。この町では誕生日に、お祝いのケーキを食べるでしょう?」
「ああ……まぁ、あったなそういうの」
僕が暮らしていた森では、お祝いの食事はあってもケーキは無かった。
アランもそういうお祝いとは無縁で、僕と暮らすようになってから知ったぐらいだ。今までケーキは買ってきていたけれど、今年は作ってみてもいいんじゃないかな。
さっそく家にある材料を確認してみる。
卵に牛の乳。粉にした麦もある。それから砂糖。
確かアランが買ってきてくれたフルーツがあった。と思って棚を確認したら、更に増えていた。僕が寝ていた間に買い足したんだ。
果物は大好きだけれど、あまりに多くて食べきれるかな……っていう気がしてくる。
「サシャはケーキ、作ったことあるのか?」
「ええっ……っと……本格的なケーキはないけど、パンは少し。レシピがあればいいんだけれど……」
「……レシピか」
アランが呟く。
やっぱりムリかな? と首を傾げる僕の前で、アランがふと思い出したように僕を見た。
「一階の応接室に、前の住人が残したものがあるかもしれない」
言われて僕も目を見開いた。
基本的に僕ら二人だけ、誰も人を招かないこの家で、応接室はほとんど使われないままになっていた。けれど時々掃除をして空気の入れ替えはしている。その一階の部屋に置いたままになっている戸棚には、確かに幾つもの本が残されていた。
「よし、手頃なのが無いか探してくる。もし見つからなかったら、ちょっと知り合いにレシピでも書いてもらって来るから。待ってろよ、サシャ」
こうと決まれば行動は早い。
アランはニッと笑って、二階のキッチンから一階へと下りて行った。
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