上 下
120 / 281
第三章 試練の町カサル

120 なんかやろうぜ

しおりを挟む
 


 気持ちよくうとうとしながら目を覚ました。
 窓からの明かりは夕暮れ前。
 この感じ……前にもあった……。

「あっ!」

 寝過ごした! と思って顔を上げると、「よぉ」と本から顔を上げたアランが、ベッドに座ってこちらを見ていた。一瞬、誰もいなくて家中を探し回ったのが夢だったんじゃないか、と思うぐらいに。
 いや確かに昨日も同じように、ぐっすり眠りこけていた。

「アラン……」
「やっと起きたな」
「……ずっとそこ、に?」
「あぁ……いや、買い物やらしてきて、さっきまでちょっと寝てた」

 ゆっくりと体を起こす。
 僕が寝ていた間に、アランはいつものように起きていろいろ用事を終えて来ていたんだ。まだ疲れだって残ってると思うのに。

「ごめ……」
「あん? なんで謝るんだ?」
「だって、アランが試験から帰ってきたら、いっぱいゆっくりしてもらおうと思っていたのに。昨日も今日も、僕……何もしてない」

 それどころか不安になったり安心したり、感情の起伏が激しくて、自分のことだけで手一杯になっている。
 そんな僕に、アランはふっと金色の瞳を細めて優しく微笑んだ。

「いいんだ。俺はお前が無事に留守番していてくれて、安心して眠っている姿を見られれば。俺が居ない間、ずっと気を張っていたんだろ?」
「う、うん……」

 大泣きした昨日のことが、もうずっと昔のことのように感じる。
 パタン、と本を置いたアランが伸びをする。「さーてと、飯でも食うか」と呟く姿はいつものアランだ。僕は苦笑しながら「うん」と頷く。
 そんな様子を、片眉を上げて見下ろす顔。

「お前の誕生日プレゼントだが……」
「要らないよ」
「一日一緒に居て、だろ?」

 そうだ。今朝、アランに抱きかかえられながら、夜明け前の町中でお願いしていた。やっぱりムリ……だったのかな。

「……アラン、あの……」
「居るのはいいが、ただ食って寝てるだけじゃ飽きそうだと思ってよ。なんかやろうぜ」

 僕の心配をよそに、アランは明るい顔で言った。

「サシャはなんかやりたいこと無いのか? 行きたい所でもいいし。祭りも始まるから、ゆっくり眺めにいってもいいしよ」

 僕は一瞬ぽかんとして、それからほっとしながら笑い返した。
 もう……このところの色々で、直ぐに余計なことを考える癖が出来てしまっていたみたいだ。

「行きたい所は無いよ」
「祭りも?」
「うん、今年はにぎやかなの……いいや」

 街中で、またマロシュと会うかもしれない。そう思うと今は家から出たくなかった。
 こんな後ろ向きな性格じゃなかったはずなんだけれどな……僕。どうも最近落ち込みやすい。

「んーじゃぁ、何しようか。こういう時って何やったら楽しいのかよくわかんね」

 ぶっきらぼうに呟く。
 いつも時間があれば武具の手入れやトレーニング、試験に向けた勉強やらでアランが家で遊ぶ姿はあまり見ない。もともと趣味があるほうじゃないと言っていたことがある。
 僕と出会うまでは、冒険者としてのランクを上げることだけが生きがいみたいなものだったと……。
 それを考えると、僕も草花と話をする以外に、これといった趣味を持ち合わせていなかったかも。何かやるにしても、部屋の掃除ぐらいしか思いつかない。

 九歳になった最初の年は夏至祭を見に行った。次の年は魔物討伐依頼と重なって留守だった。去年も一昨年も、プレゼントは貰っていたけれど忙しくしていたから……。

 とりあえずベッドから起きて、キッチンに向かう。
 お茶と軽く食事をしようと思った僕は、ふと思いついた。

「お菓子……作ってみたい」
「ん?」
「ケーキ。この町では誕生日に、お祝いのケーキを食べるでしょう?」
「ああ……まぁ、あったなそういうの」

 僕が暮らしていた森では、お祝いの食事はあってもケーキは無かった。
 アランもそういうお祝いとは無縁で、僕と暮らすようになってから知ったぐらいだ。今までケーキは買ってきていたけれど、今年は作ってみてもいいんじゃないかな。

 さっそく家にある材料を確認してみる。
 卵に牛の乳。粉にした麦もある。それから砂糖。
 確かアランが買ってきてくれたフルーツがあった。と思って棚を確認したら、更に増えていた。僕が寝ていた間に買い足したんだ。
 果物は大好きだけれど、あまりに多くて食べきれるかな……っていう気がしてくる。

「サシャはケーキ、作ったことあるのか?」
「ええっ……っと……本格的なケーキはないけど、パンは少し。レシピがあればいいんだけれど……」
「……レシピか」

 アランが呟く。
 やっぱりムリかな? と首を傾げる僕の前で、アランがふと思い出したように僕を見た。

「一階の応接室に、前の住人が残したものがあるかもしれない」

 言われて僕も目を見開いた。
 基本的に僕ら二人だけ、誰も人を招かないこの家で、応接室はほとんど使われないままになっていた。けれど時々掃除をして空気の入れ替えはしている。その一階の部屋に置いたままになっている戸棚には、確かに幾つもの本が残されていた。

「よし、手頃なのが無いか探してくる。もし見つからなかったら、ちょっと知り合いにレシピでも書いてもらって来るから。待ってろよ、サシャ」

 こうと決まれば行動は早い。
 アランはニッと笑って、二階のキッチンから一階へと下りて行った。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

孤独を癒して

星屑
BL
運命の番として出会った2人。 「運命」という言葉がピッタリの出会い方をした、 デロデロに甘やかしたいアルファと、守られるだけじゃないオメガの話。 *不定期更新。 *感想などいただけると励みになります。 *完結は絶対させます!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

処理中です...