117 / 281
第三章 試練の町カサル
117 マロシュ・誰にも言っていない秘密
しおりを挟むふ、と意識を取り戻したのは深夜、まだ月が天頂にある時刻だった。
散々、ボクのことを殺すと言いながらトドメを刺さない。それがアランの甘いところだよね。いや……本心ではボクのことが可愛くて、気になって、殺すことなんかできないんだ。
それは好き、っていうことなんじゃないのかな。
「ふふふ……なんだろう。やっぱりボクにとってアランは特別だ」
最初に会った時、気になったのは匂いだった。
人間族と同じ姿――獣人特有の耳と尾を持っていない。獣の姿に変身することもできないっていうのに、誰よりも強い獣人の匂いがする。すごく、変な人。
そう……強い男だ。
そして本人は他人に興味がないのに、周囲の人たちからは好かれまくる。放っておかない。英雄のような魅力を持っている。
彼を手に入れたなら、きっとボクも注目の的だ。
だからこのボクが珍しく、本当に珍しく声をかけてやっているというのに、ちっとも靡かない。そっけない態度で、一向にボクの足元にかしずかない。
この魅力に気づかないわけがないのだら、恥ずかしがっているのに違いないのだと思うのだけれど……。
そう……ボクはとも可愛い。
誰もが放っておかない。手に入れたくて仕方ない。
それが今のボクだ。
街灯の明りの下、窓ガラスに自分を映す。
首元のシャツを思いっきり締め付けられたせいで、喉元に痕が残っていた。
それすらも今は愛しく感じてしまう。アランが僕につけた傷痕。彼がボクに向けた感情の証みたいじゃないか。
そう思いながら帰路につく。
誰にも教えていない、本当の家。ボクを再生させる場所。複雑に絡み合った道と階段を下りて行く最下層近くの暗い道の果てに、それはあった。
誰にもつけられていないことを確認して、ドアを開ける。その向こうにはいくつもの魔石が壁を埋め尽くす、不気味な部屋だった。
部屋の中央では人のようにすら見えない醜い老婆が、手元の魔石に呪文をかけている。部屋に入って来た者の気配を感じて、ゆっくりと振り返りニヤリと笑った。
「マロシュか……」
「ほら、新しい魔石」
投げるようにして老婆に魔石を渡す。
こんなに醜い奴、ボクが相手にしているなんてギルドの人たちが知ったら、きっと驚くだろうな。誰にも言っていない秘密なのだから。
老婆は受け取った魔石を愛おしそうに眺めている。
こいつも、ボクには興味を持たない数少ない人間の一人――希代の魔術師だ。
「ねぇ……見て。首に痕をつけられちゃった。アランに」
「ふん、あの男を挑発してそんなに楽しいかね」
「だって……なかなかボクの手に堕ちてくれないんだもん」
アランの愛情の痕、ずっと残しておきたいけれど他の人に見られたら説明が面倒だ。だから仕方がないけれど、消しておこうかな……と思う。
「コレ、治してくれない?」
「……ならば、また魔石を持ってくるがいい」
「持ってくるから消してよ。ボクはあちこち歩き回れないあんたのために、望みの石を持ってくる。その代わり……この体を美しいままに保つんだ。これからもずっと……」
「強欲な者よ」
そう言って、魔石の力を使いあっという間に首の痕を消してしまった。
部屋の奥にある姿見には、うっとりするほど美しく輝く獣人――ボク、の姿がある。誰もが手に入れたい、と思うような可愛らしさだ。
「最下層のゴミ溜めで死にかけていた子供が、ここまでしぶとく成長するとは……」
老婆は新しい魔石を眺めながら、欠けた黄色い歯を見せて笑う。
「……奴隷として売られながら、誰にも相手にされず買われず、腐肉の病で捨てられていた。こいつなら死んでも惜しくないと魔法実験の材料にしてみて、正解だったというわけだ」
「なぁに? 恩を押し付けるつもり?」
くるり、と振り返り老婆の背中から手元を覗き込む。
「あんたは違法な魔法を好きなだけ試せる。そしてボクは可愛く美しい姿を保ち続ける。お互い利益が一致しているだけだ。雑に扱えば、もう魔石を持ってきてあげないよ」
囁く声に、老婆は「くっくっくっ……」と喉の奥を鳴らして嗤う。
「好きにするがいいさ。わしを雑に扱えば、その美しさを保たせる者がいなくなるぞ」
死をも恐れない言葉に無言で返す。
この老婆がいったい幾つなのか……本当の年齢は誰も知らない。
だが違法な魔法を繰り返し、そうとう長い間生きているのは確かだ。もう人間とは呼べないほど……魔物と呼んだ方がいいぐらいに。
そんな老婆の魔法を受けて生き延びたボクも、まともな獣人ではない。
見かけはただの獣人に見えても、この皮の下は、限りなく魔獣や魔物に近い性質を帯び始めている。それを「魅力」に変換して、気づかれないようにしているだけだ。
老婆の魔法を受ける度に魔物としての性質は強まり、同時に魅力もあがるという仕掛け。
だから皆は、ボクの虜になっていく。
「どうしてアランは、ボクに夢中にならないのだろう。言いなりにならないのだろう……」
やっぱり、手に入れたい。アランの心も身体も。
そして彼がなかなか堕ちなかった理由を、突き止めなければ……。
3
お気に入りに追加
361
あなたにおすすめの小説


番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる