冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

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第三章 試練の町カサル

117 マロシュ・誰にも言っていない秘密

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 ふ、と意識を取り戻したのは深夜、まだ月が天頂にある時刻だった。

 散々、ボクのことを殺すと言いながらトドメを刺さない。それがアランの甘いところだよね。いや……本心ではボクのことが可愛くて、気になって、殺すことなんかできないんだ。
 それは好き、っていうことなんじゃないのかな。

「ふふふ……なんだろう。やっぱりボクにとってアランは特別だ」

 最初に会った時、気になったのは匂いだった。
 人間族と同じ姿――獣人特有の耳と尾を持っていない。獣の姿に変身することもできないっていうのに、誰よりも強い獣人の匂いがする。すごく、変な人。
 そう……強い男だ。
 そして本人は他人に興味がないのに、周囲の人たちからは好かれまくる。放っておかない。英雄のような魅力を持っている。

 彼を手に入れたなら、きっとボクも注目の的だ。

 だからこのボクが珍しく、本当に珍しく声をかけてやっているというのに、ちっともなびかない。そっけない態度で、一向にボクの足元にかしずかない。
 この魅力に気づかないわけがないのだら、恥ずかしがっているのに違いないのだと思うのだけれど……。

 そう……ボクはとも可愛い。

 誰もが放っておかない。手に入れたくて仕方ない。

 それがだ。

 街灯の明りの下、窓ガラスに自分を映す。
 首元のシャツを思いっきり締め付けられたせいで、喉元に痕が残っていた。
 それすらも今は愛しく感じてしまう。アランが僕につけた傷痕。彼がボクに向けた感情の証みたいじゃないか。
 そう思いながら帰路につく。

 誰にも教えていない、本当の家。ボクを再生させる場所。複雑に絡み合った道と階段を下りて行く最下層近くの暗い道の果てに、それはあった。
 誰にもつけられていないことを確認して、ドアを開ける。その向こうにはいくつもの魔石が壁を埋め尽くす、不気味な部屋だった。
 部屋の中央では人のようにすら見えない醜い老婆が、手元の魔石に呪文をかけている。部屋に入って来た者の気配を感じて、ゆっくりと振り返りニヤリと笑った。

「マロシュか……」
「ほら、新しい魔石」

 投げるようにして老婆に魔石を渡す。
 こんなに醜い奴、ボクが相手にしているなんてギルドの人たちが知ったら、きっと驚くだろうな。誰にも言っていない秘密なのだから。
 老婆は受け取った魔石を愛おしそうに眺めている。
 こいつも、ボクには興味を持たない数少ない人間の一人――希代きだいの魔術師だ。

「ねぇ……見て。首に痕をつけられちゃった。アランに」
「ふん、あの男を挑発してそんなに楽しいかね」
「だって……なかなかボクの手に堕ちてくれないんだもん」

 アランの愛情の痕、ずっと残しておきたいけれど他の人に見られたら説明が面倒だ。だから仕方がないけれど、消しておこうかな……と思う。

「コレ、治してくれない?」
「……ならば、また魔石を持ってくるがいい」
「持ってくるから消してよ。ボクはあちこち歩き回れないあんたのために、望みの石を持ってくる。その代わり……この体を美しいままに保つんだ。これからもずっと……」
「強欲な者よ」

 そう言って、魔石の力を使いあっという間に首の痕を消してしまった。
 部屋の奥にある姿見には、うっとりするほど美しく輝く獣人――ボク、の姿がある。誰もが手に入れたい、と思うような可愛らしさだ。

「最下層のゴミ溜めで死にかけていた子供が、ここまでしぶとく成長するとは……」

 老婆は新しい魔石を眺めながら、欠けた黄色い歯を見せて笑う。

「……奴隷として売られながら、誰にも相手にされず買われず、腐肉の病で捨てられていた。こいつなら死んでも惜しくないと魔法実験の材料にしてみて、正解だったというわけだ」
「なぁに? 恩を押し付けるつもり?」

 くるり、と振り返り老婆の背中から手元を覗き込む。

「あんたは違法な魔法を好きなだけ試せる。そしてボクは可愛く美しい姿を保ち続ける。お互い利益が一致しているだけだ。雑に扱えば、もう魔石を持ってきてあげないよ」

 囁く声に、老婆は「くっくっくっ……」と喉の奥を鳴らして嗤う。

「好きにするがいいさ。わしを雑に扱えば、その美しさを保たせる者がいなくなるぞ」

 死をも恐れない言葉に無言で返す。
 この老婆がいったい幾つなのか……本当の年齢は誰も知らない。
 だが違法な魔法を繰り返し、そうとう長い間生きているのは確かだ。もう人間とは呼べないほど……魔物と呼んだ方がいいぐらいに。
 そんな老婆の魔法を受けて生き延びたボクも、まともな獣人ではない。

 見かけはただの獣人に見えても、この皮の下は、限りなく魔獣や魔物に近い性質を帯び始めている。それを「魅力チャーム」に変換して、気づかれないようにしているだけだ。
 老婆の魔法を受ける度に魔物としての性質は強まり、同時に魅力もあがるという仕掛け。

 皆は、ボクのとりこになっていく。

「どうしてアランは、ボクに夢中にならないのだろう。言いなりにならないのだろう……」

 やっぱり、手に入れたい。アランの心も身体も。
 そして彼がなかなか堕ちなかった理由を、突き止めなければ……。 
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