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第三章 試練の町カサル
109 アラン・細い腕、小さな口
しおりを挟む俺の膝の上で、泣き続けたサシャがようやく息をつく。
気づけばもう昼近い時間になっていた。
「ごめん……せっかくのご飯、冷めちゃった」
「温め直そう」
「うううん。いい……」
そう言って赤い目でパンに手を伸ばす。
その細い手を俺は捕まえて、代わり俺はパンを手に取った。
「アラン?」
「食わせてやるよ」
そう言って、膝の上に乗せたまま、一口に千切ったパンを口の前に持って行ってやる。
サシャは顔を真っ赤にして俺の手を押しのけた。
「じ、自分で食べれる、よぉ……」
「いいからいいから。ほら。泣き過ぎて目がしばしばしてるんじゃないのか?」
「冷やせば……治るもん」
「じゃあまず、食べないとな」
言いながら、ほら、と口元に持って行く。
頬を赤くしたサシャは困ったような顔をしながらも、あきらめてぱくり、と口にした。そのまま、もぐもぐと口を動かす。小さな頃はこうやって、よく甘えて来たというのに。
……というか、俺が今、すごくサシャを甘えさせたいモードに入っているみたいだ。
「スープつけるか?」
「う、ん……」
「……ほら」
ぱくり、と小さな口に入れる。
ちゃんともぐもぐする、ほっぺたの動きが可愛くて仕方がない。こう……小さな生き物を餌付けしているような気分だ。
スプーンにスープを取り、こぼさいないように口に入れる。
見上げるサシャの瞳が、恥ずかしそうにしている。
「……アラン、どうしたの?」
「何が?」
「その、今日はすごく……優しいというか、なんというか……」
「俺はいつも優しいだろ?」
冗談っぽく言うと、狼狽えたようになる。
いつもなら「そーですねぇ」なんて軽口をたたくというのに。本当に、二ヶ月ちょっと側にいなかっただけで、こんなに他人行儀になるなんて。
そんな態度が俺を余計、駆り立てる。
「お前が寂しかったみたいに、俺も早く会いたかっただけだ」
唇ついたスープを親指でぬぐって、ぺろり、と舐める。
恥ずかしそうに視線をそらすサシャが可愛くて、俺はよけいイタズラをしてみたい気持ちになる。とはいえ、今はサシャに食べさせるのが先だ。
飲み物を与えてから、「果物は?」と訊くと、こくりと頷いた。
「お前が美味しそうに食べるのが、面白いんだよ」
「へ、変なの……」
「そうか? か……」
一瞬、「可愛いぞ」と言いそうになり言葉を飲み込む。
心の中で思うのは俺の自由だが、本人にはあまり言わない方がいいような気がする。いや……今まで散々言って来た気もするが、いつまでも子供扱いをしては、機嫌を損ねそうだ。
膝にのせたまま食べさせている時点で、子供扱いも何も無いが。
自分の矛盾した考えをごまかすように、小さく切った果物を摘んで口に持って行く。
あきらめたようにサシャは俺の手に自分の指を添えて、小さく口を開けた。そのまま俺の指ごと口に入れた。
サシャの温かく柔らかな舌が、指先に触れる。
ぞくり、と甘い感覚が走る。
「んっ……」
鼻を鳴らすようにして口を動かし、飲み込む。
淡い桃色の唇と、俺を見上げる瞳がやけに色を含んでいるように見える。その瞼に、唇に、自分の唇を合わせたくなる衝動が、突き上がっていく。
「……アラン?」
「いや……」
視線をそらした。
俺は今、何を考えかけた?
サシャは俺が守ると決めた子供だ。高貴な生まれを隠して生きているが、いつか俺とは違う世界に帰って、身分にふさわしい暮らしをするだろう。
俺みたいな人間が汚していい子じゃない。
「アラン……」
サシャの指が俺の顎に触れた。
そのまま、そらした顔をサシャの方に向けさせる。真っ直ぐ俺を見つめ、そっと囁くように言葉を漏らす。
「ねぇ……アラン……キス、して……」
不安に揺れる視線で、俺を見つめ続けていた。
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