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第三章 試練の町カサル

108 アラン・甘えろよ

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 やっと、帰って来た。

 そんな気持ちで三階建て……いや、屋根裏部屋も含めれば四階建てとなる、俺たちの家のドアを開けた。これで気を抜いて、心からくつろげる。それもサシャか俺の手元にいるからこそだ。
 サシャがどこに居るか分からないというだけで、これほど自分が動揺するとは思わなかった。
 この町に来たばかりの小さな子供ではなと分かっているのに。
 サシャが一人でも生活できるよう、あらゆる準備は整えていたというのに。
 これほど自分が心配性だったとは思わず……だからこそ、反省することが多い。

「アラン、朝ご飯は食べた?」
「ああ、軽くな。サシャは?」

 問い返すと曖昧に笑う。

「何だ、食ってないのか? ちゃんと食べないと体が持たないだろ」
「……そう、だね」
「顔色が悪いのも、食ってないからじゃないのか?」

 俺に対してやたらと体調を気遣うくせに、自分のことは手を抜く。まったく困った奴だ。
 サシャは、ふ……と俺を見上げてから、「うん、そだね。食べてないから、かな……」と小さく呟いた。

 サシャが食事を取っていないことも気になるが、それより俺以外の匂いをつけたままでいることも気に障る。俺はキッチンでご飯の準備をしようとする手を取り、くん、と匂いを嗅いだ。

「飯、用意しておいてやるから、湯を浴びて来いよ」
「汗臭い?」
「あぁ……いや、さっぱりしてから飯食った方がくつろげるだろ? その後は一日だらだらしようぜ。正直、まる二ヶ月以上遺跡にこもっていてくたくたなんだ」
「だったら休んで。僕が……」
「いけって、ほら」

 そう言ってサシャの背中を押す。
 どうしても、「他の男の匂いがついているからだ」とは言えずに、俺は食事の準備を始めた。
 几帳面なサシャは、パンや肉、野菜などの食材も、ちゃんと冷温保存できる魔石を備えた保管庫に置いてある。俺の言ったことを守り、日々の生活を送っていたのだと少し安心する。
 掃除や洗濯もマメにしているようだから、俺より生活能力が高いんじゃないだろうか。

 肉と野菜のスープを作り、パンを温める。
 サシャの好きな野菜や果物も忘れない。それを、普段はキッチンの側のテーブルで食べていたのだが、ふと思って暖炉前の絨毯の方へと、トレイに入れて運んだ。

 さすがに温かい季節になって、暖炉に火は入っていない。
 けれど床の上でだらだらと食事をしてみたい。
 飲み物まで、一通りの準備を終えたちょうどいいタイミングでサシャは風呂から戻って来た。タオルで拭きつつ、濡れた髪がピンと跳ねて……妙な可愛らしさがある。

「床に座って、食べるの?」
「ああ……すげぇ、ごろごろしたい気分なんだ」
「アランって、行儀わるいよね」

 やっと笑顔を向ける。
 そんな姿に「知ってるだろ?」と俺も笑い返した。ずっと一人でいた緊張が、やっと解けて来たのだろうか。
 そう思い、俺の隣に腰を下ろすサシャの濡れた髪を撫でる。いつもは隠している綺麗な瞳が顕わになる。

「一人で頑張ってきて、偉かったな」

 声をかけると、見上げる淡い水色の瞳が潤みだす。
 そっと膝にのってシャツを握り、俺の肩に額を押し付けた。そのまま体を震わせる。こいつはいつから、声を出さずに泣くようになったのだろう。

 母親の遺言で、サシャは本当の生い立ちを誰にも話すことができない。
 目立たないように生きていくため、目元を隠し、輝く銀の髪を地味な色にも染めさせている。自立するためとはいえ、生薬ギルドで働き、我慢をさせているのはわかっている。
 それでも……。

 背は伸びても、細い体を抱きしめ俺は囁く。

「……なんだよ、泣いて。辛いことや悲しいことでもあったか?」

 サシャの耳元に唇を寄せて問いかける。
 少しの間を置いて、サシャはちいさく首を横に振った。

「だったら寂しかったのか?」

 泣き声を我慢ながら、サシャはゆっくりと頷いた。
 だったらそう言えばいい。今は俺しかいないんだ。細い肩を掴んで起こす。

「ちゃんと俺は帰って来た。もう寂しくないだろ?」
「……うん……」
「それでも不安なら、甘えろよ」
「アラン……」

 パタパタの涙をこぼしながら、俺を見上げる。
 俺は首を傾げながら、サシャの言葉を待つ。

「いいの? 僕……アランに、甘えても……」
「なんだよ今更」

 早く一人前になれと、言い過ぎただろうか。

「すぐに抱っこ抱っこ、言っていたくせに」

 指の腹で涙をぬぐいながら、俺は囁く。

「遠慮するなよ、いくらでも甘えろよ。それとも、もう俺に甘えるのはもう嫌か?」

 ふるふると首を横に振る。
 そしてまた、きゅっ、と俺にしがみ付く。その腕の強さ、体温、家で使っている石鹸と、俺だけの匂いがついた体に息をつく。

 俺のものだ……と、思う気持ちが頭をもたげる。

 離したくない。
 いずれ俺のもとから離れていく子だと分かっていても、離したくない。俺はいつまで、この気持ちを抑えておけるだろう……。
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