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第三章 試練の町カサル

106 アラン・獣人なのだから

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 ギルドに併設された宿の部屋で久々に汗を流し、ベッドに横になった。
 正直、頭はサシャのことでいっぱいで、とても落ち着いて眠れそうもない。……と思っていたのに、気を失ったように眠ったのか、気が付けば夜が明けていた。
 地階の飯屋に顔を出す。
 朝早い時刻に関わらず馴染みの給仕、ダリナが俺を見つけて声を掛けて来た。

「ちょっと、夕べの騒ぎ聞いたよ」
「悪かったな」
「くくくっ、いやぁ……アランらしいというか。元気で何よりだわ」

 そう言うと、軽い朝食を持ってくる。
 そいつを手早く腹に収めてから、俺は一階のギルド受付カウンターに向かった。そこでもクレメントから話を聞いていたのだろう、つがいのヨハナ姉さんが笑いを押し殺しながら俺に声を掛けて来た。

「夕べは死にそうな顔をしていたって聞いたけど、少しさっぱりしたみたいね」
「騒がせて悪かったよ。カレルは?」
「ここに宿を取ったからまだ寝てるんじゃないかしら。アランと同じように、この町を拠点にするらしいわよ。家を見つけるまでは、ここにいるんじゃないかしら」
「そうか。ならあいつの宿代は俺の払いにしておいてくれ」
「あら、太っ腹」

 くすくすと笑う。
 俺の勘違いで殺しかけたのだから、この程度は当たり前だ。
 それでもまた同じようなことがあれば、あいつを締め上げないとも限らない。自分でもサシャのことになると抑えが利かなくなる自覚はあるのだが、どうにもできなかった。

「アラン、今回のことで、あまり自分を責めちゃダメよ」

 俺の心の内を見透かしたように、ヨハナ姉さんが微笑む。

「自分以外の者に番の匂いがついていれば、冷静でいられなくなるのが獣人なのだから。ある意味、あなたは本能に突き動かされただけ……ということ」

 周囲の者に聞かれないよう、耳元に口を寄せて囁く。
 特に秘密にしていることではないが、獣人特有の耳や尾を持たない俺は、人間族として見られている。見かけはそうでも鋭敏な嗅覚や並外れた体力と治癒力、そして何より、気になる相手への執着や独占欲は間違いなく獣人の特性だ。
 俺は顔をしかめてヨハナ姉さんにを見つめ返した。

「サシャは、俺の番じゃねぇ」
「あら、まだそんなこと言っているの? まぁいいわ。そういうことにしておいてあげる」

 呆れたように笑ってから、ほら行ったと手を振って追い払う。
 俺はもやもやした気持ちを抱えながら冒険者ギルドを出た。

 動き始めた朝の町は、今日も活気づいた人たちが行き来している。
 生薬ギルドもちょうど店を開けたぐらいの時間だ。時間はちゃんと守るサシャなら、既に生薬ギルドにたどり着いている頃だろう。何も、問題が無ければ。
 俺は再び不安と期待に足を急がせる。

 サシャは夕べ、どこに居たのだろう。
 精霊から、俺の帰還を聞かなかったのだろうか。
 寂しい思いはしていなかったのだろうか。

 元気でいて欲しいという気持ちと、俺を寂しがっていて欲しいという感情が俺の中で渦巻く。早く一人立ちさせなければと考えているのに、いつまでも俺に甘えていて欲しいとも思っているんだ。
 この夏で二十歳になろうという男が、情けない。

 サシャのことばかり考えてあるいていたせいか、気が付けば生薬ギルドの前にたどり着いていた。店の前で掃除をしていた元冒険者のモイミールが、ホウキを手に俺に挨拶する。
 こいつは確か、サシャを毛嫌いしていた奴らと、ついもつるんでいた。
 俺は軽く挨拶をして、ギルドのドアを開けた。

 受付近くにいたギルマスのヨゼフさんが、俺に気づいて声をかけた。

「よぉ、どうした?」
「サシャは来ているか?」
「んん?」

 不思議そうな顔をしてから、ギルドの奥に顔を向けた。

「ああ、いつも通り来ているが。何かあったのかね?」

 来ている!
 あぁ……良かった! サシャはここに居るのか。
 一瞬足から力が抜けそうになるのを堪えて、身を乗り出す。

「あ……いや、実はちょっと行き違いがあった。顔を見たい。いいか?」
「構わんよ。奥の温室で薬草の手入れをしているはずだ。今日は顔色が悪くて気になっていたんだが……」

 呟くギルマスに会釈だけして、俺はギルドの奥にある温室に向かった。
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