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第三章 試練の町カサル
102 アラン・だから、心配というか……
しおりを挟む生薬ギルドのマスターの話では、最初から泊りを予定しての採取ではなかった。
必要最低限の薬草だけ採ったなら直ぐに帰れる。ラクムの丘は町からそれなりに距離のある場所たが、昼前に出たのなら夕刻の閉門までには十分間に合うタイミングだ。
だが、それでも間に合わなかったのなら、何かアクシデントがあったか、採取に夢中になって時間を忘れたかだ。
「サシャのことだ、時間を忘れて採っていた可能性の方が高い」
もともと真面目で、与えられた仕事は一生懸命こなそうとする。
俺と一緒に採取に出た時も、「あともう少し」というサシャを抱えて帰ることがあった。責任感も強いし、自分にできることがあるというのが、嬉しいのだろう。
警護についたカレルが時間を見ていたとしても、もう少しと言ううちに、ギリギリの時間になって間に合わなかったのでは、と読んでいる。
だとするなら、野営の準備をして出たとは思えない。
俺はカサルの町を囲む壁の外、東の門の近辺に並んでいる露店に向かった。そこには閉門に間に合わなかった商人の一団や旅人たちが集まり、露店にほど近い場所で野営の準備を始めている。
それらひとつひとつを訪ねていては時間が足りないが、幾つかの露店の親父たちは顔見知りだ。用意が無ければ現地で調達するしかないサシャとカレルが、利用した可能性が高い。
「よぉ、アランじゃないか? いつこっちに戻ったんだ?」
「今日の夕方だ」
「試験に行ってたんだろ。帰還早々、依頼でも受けたか?」
「いや、実は人を探しているんだ」
かいつまんで薬草採取に出たサシャが、この辺りの露店を利用していないか尋ねる。親父はサシャとも顔見知りだ。店を利用しなかったとしても、見かけたなら覚えているだろう。そう期待したのだが……。
「いやぁ、サシャは見てないなぁ。お前のところは?」
「こっちの方にも来ていないぜ」
俺の周囲に数人の露店商たちが集まり、「何か知らないか?」と言葉が行きかう。
飯屋や毛布を貸し出す店。温かくなってきた季節でも夜は冷えるため、薪売りもいる。更に武具を簡易修理する工房職人まで、「何があった?」と顔を覗かせた。
その誰もが、サシャを見ていないという。
「閉門に間に合ったか、ラクムの丘の方で野宿してるんじゃないのかねぇ」
「時間ぎりぎりに、馬で駆け込んだ奴らがいたよな?」
「ああ、顔までは見てないから、その中にサシャがいたかどうかは分からんが」
町の中で行き違いになったのだろうか。
無事、閉門に間に合っていればサシャのことだ、ちゃんと家に帰っているだろう。だがラクムの丘の方で野営していたなら、周囲には誰も居ない。それこそ二人きりということになる。
何があっても、声が届くことも無い。
「大事な子が自分の手を離れて不安になってるのか?」
「何だよアラン、子離れできないぞ」
「そういう……わけでは……」
俺の肩を抱いて親父たちは陽気に笑う。
確かに子供の頃から面倒を見ているが、サシャは俺の子供じゃない。
「護衛がついているのなら大丈夫だよ。ここ数日、魔物がこの辺りをうろついている気配もないし、盗賊の噂も聞かない。今夜は風も穏やかだ。のびのび羽を伸ばして冒険しているのだろうさ」
こんな状況でなければ、満天の星空を見上げ酒でも飲んでいただろう。
「サシャが一人でないことは分かっている。だから、心配というか……」
思わず呟いた言葉に、露店商たちは顔を見合わせてから、声を押し殺して笑い始めた。
俺は本気で心配しているんだ。笑い事じゃないというのに。
「そうかそうか、そっちの意味か」
「どっちの意味だ」
「いやいや、サシャは大きくなったもんな」
くすくす笑い続けている。
どちらにしろ、外壁東門の周囲にサシャが要る様子は無い。俺は馬を借りて、可能な限りラクムの丘の方へと足を延ばしてみた。だが、どれほど耳を澄まし匂いを辿っても、サシャが近くにいる気配は感じない。
やはりぎりぎりで閉門に間に合って、俺とは行き違いになったのだろうか。
「俺も精霊の声が聞こえたならな」
もし町に戻っていたなら、精霊が俺の戻りをサシャに伝えて探しているかもしれない。
俺は馬を返して、門番と約束していた場所へと向かった。
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