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第三章 試練の町カサル
90 マロシュ・面白くない
しおりを挟む冒険者ギルド、狂戦士の爪の二階の渡り廊下からは、一階の入り口から受付カウンターの辺りが一望できる。そこで仲間の冒険者と世間話をしていたボクは、夕暮れ間際に扉を開けて入ってきた小さな姿を見つけて、ぴくりと片眉を上げた。
――サシャ。
将来、ボクの番になる運命のアランと、一緒に暮らしている子供。
戦う力も技術も無い。何の役に立たない、少しばかり顔立ちが可愛いだけの子供だ。アランにただ守られ、飢えも寒さもしらず、ぬくぬくと暮らしている。
アランの腕の中で笑っている、ゴミ虫のような子供だ。
「なんであいつが、ここにたどり着けてるんだ?」
「ん? どうしたマロシュ」
「いや……何でもない。あぁ~そう言えばボク、用事を思い出した」
ふと思い出したという顔で、世間話をしていた冒険者から一歩離れた。
隣に立っていた男が反射的に腕を掴む。そして首筋に口を近づけて来た。
「何だよ、今夜はつきあってくれるんじゃねぇの? 朝まで……」
「大事な用事なんだよ」
「俺より大事なことなんかあるのか?」
しつこい。
ボクは多くの人に囲まれてちやほやされるのが好きだけれど、ボクが要らないって言ったらさっさと身を引いてほしいな。
「アンタの臭いモノを舐めるよりは、大事なこと」
「おまっ!」
「ごめぇーん。怒っちゃった?」
首をかしげて上目遣いに聞き返す。
「アンタの匂い、嫌いじゃないよ。知ってるでしょ? ふふ……ボクって、楽しみは取っておきたいタイプなんだよね。今夜の穴埋めは次の時に……舐める以上のコトも、してあげるからさ」
ふっ、と男の耳に息を吹きかける。
それだけで感じたのか、男は顔を赤くしてぎこちなく笑い返した。
「本当だろうな。最後までヤらせてくれるのか?」
「……ふふふ」
曖昧に笑ってボクは階段を下りて行く。
ほーんと、ボクの可愛い顔と身体を餌にたら、男なんて簡単だね。単純すぎて笑っちゃう。だからこそ、簡単に堕ちないアランは何が何でも手に入れたいんだけれどさ。
ボクの後ろはアランのために取っておいてあるんだ。早く堕ちないかなぁ。
階段を降りてさりげなく柱の影に身を寄せる。
サシャはボクが近くに居るなんてまるで気づく様子もなく、届け物をギルドの受付嬢に渡していた。側にはクレメントもいて、これ以上近づけば匂いで気づかれるかもしれない。
「べドジフたち、上手く最下層に誘い込めたって言っていたのに」
それともあいつを捕まえて、好き遊んでもらう予定だった男たちが取り逃がしたのか。だとしたらホント使えない。
非力で剣も使えないし、逃げ足だってたかが知れている。それなのに……。
「めちゃくちゃに壊れて、路地裏に転がっているの楽しみにしていたのになぁ」
アランだってあの子が汚れて使い物にならなくなれば、きっと飽きて捨てると思う。アランの隣に立つのは、僕みたいに可愛くて強いくて、賢い子が相応しいんだから。
そんなことを思っている内に、サシャはギルドを出ていった。
星が、一つ二つと瞬き始めている。
後を付けられているとは思っていないだろう。街路樹に話しかけながら歩く姿は、警戒心のカケラも無い。今すぐ脇道からナイフを持った強盗が現れたなら、きっと一撃で命を失う。
それも面白いけれど、やっぱりあいつは痛めつけてやりたい。
ボクからアランを奪うということがどういう意味なのか、身をもって教えてやらないと。
サシャは生薬ギルドに戻り配達の鞄を帰してから、また一人で出て来た。
今日こそ、住んでいる場所を突き止めよう。
アランと暮らしている部屋に押し入って、ボクが自ら快楽を教え込んでもいい。そう思い後を付けるが、小さな身体でちょこまかと人込みに紛れ、細い路地に入り、抜け道を通っていく。
苔色の地味な髪色の後ろ姿は、簡単に夕闇に紛れてしまう。
「匂いを辿れば……」
去年、ボクもDのランク持ちになった。近年、この町で十代でランク持ちになったのは、クレメントとアランに続いてボクが三人目。名実ともに、ボクは冒険者としても実力があると認められている。
それなのに……。
「この建物?」
古びた四階建てのアパートだ。こんな小汚い場所に、アランとサシャは住んでいるのか?
朽ちて板が抜けそうな階段を慎重に上り、ひとつのドアの前にたどり着く。匂いを辿り、ここで間違いないはずなのに気配が無い。
鍵はかかっていたが、この程度なら簡単だ。
さほど時間をかけずに鍵を外し、音を立てないようにドアを開いて忍び込む。けれど廊下から感じていたようにやはり人の気配はない。
「何なんだ! あいつ、どこに消えた⁉」
側の古ぼけたイスを蹴り倒す。
くそっ! アランが試験から戻る前に必ず痛い目を見せてやる。
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