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第三章 試練の町カサル
87 奪われた荷物
しおりを挟むしまった、と思った時にはもう遅かった。
前と後ろを囲まれて、僕は肩からかけた、荷物の入った鞄の紐をぎっとにぎる。ニヤニヤと笑うべドジフたちは、一歩一歩僕の方に近づいてきた。
「姿が見えないから、どこに行っていたのかと探したんだぜ」
「こんなところでサボってるの?」
べドジフに続いて、赤毛のモイミールが僕の顔を覗き込んで来る。
生薬ギルドの鞄を持っているんだ、誰が見ても配達の途中だと思うだろうに。ただの難癖なのは分かっている。
僕は背筋を伸ばして言い返した。
「どいて下さい。先を急いでいるんです」
「どこまで行くんだよ。一緒について行ってやるよ」
「俺たちがちゃんと見張ってないとな」
要りません。そう言う間もなく、更に一歩近づいて肩を掴んで来た。
僕はすっと足を運んで身体をよじる。
この足の運びもアランに教えてもらったものだ。力で敵わない相手はとにかく逃げる。身を守ることを最優先にして、下手に立ち向かって行ったりしない。
僕を捕まえそこなったべドジフは、僕の思いがけない抵抗にイラついた顔を向けた。
「一人で十分です。放っておいてください」
「なんだよ。俺たちの親切を受け取れないって言うのかよ」
「酷いな……僕たち、サシャと仲良くしたいのに」
そう言って来たのは、くるくるとした癖っ毛のミランだ。
いつもべドジフとモイミールの後ろに隠れるようにしながら、それでも一緒になって笑っている。この人たちは仲良くしたい相手に、泥をかけたり荷物を隠したりするのが普通なのだろうか。
僕は無視して歩き出そうとした。
その目の前をべドジフがまた封じる。
「無視すんなよ」
「通してください」
「だったらその荷物よこせ」
ニヤニヤ笑っている。これでは泥棒。盗賊と同じだ。
ギルドに所属する人たち……特に、冒険者ギルド所属の人は、悪事を犯せば資格を失うはずだ。何をやってもいいなんてことは無い。
そう思うと同時に、子供の頃の記憶が蘇ってきた。
村に火を放ち、逃げる人たちを切りつけていく。
凶悪な人相の盗賊たちが、友達を、村人を、父さまと母さまを殺した。森をめちゃくちゃにして行った。その恐怖に身体が固くなった。
「お仕事の手伝いをしてやる、って言ってんだよ」
「けっこうです」
「遠慮するなよ」
伸ばしてきた手を逃れる動きが一歩遅れた。
二人がかりで腕を掴まれ、鞄を奪われる。「返せ!」と叫ぶ僕に、べドジフは笑い返した。
彼らはアランを慕って冒険者ギルドに入っていたはずだ。それなのに、アランが嫌うような行為をするなんて。そこまで僕のことが嫌いだっていうことなのか。
「ポーションと薬瓶かぁ。一個でも無くなれば、お前が盗んだと思うだろうな」
「えぇぇ? 配達の荷物を盗むなんて悪いんだぁ」
「ドジだからどこかに置いて無くしちゃったんじゃない?」
くすくす笑うのはモイミールか。
「鞄を返せ。こんなこと、アランが知ったら悲しむよ!」
「アランさんに告げ口するの?」
背の伸びたミランが、見下ろすようにして言う。
続くべドジフが鼻で笑った。
「やっぱりお前は一人じゃ何もできないんだな。アランさんに泣きついて、僕はいい付けられたお使い一つできませんでした、って言うのかな」
「いつまで経っても、アランさんのお荷物だね」
ズキリ、と胸が痛む。
そんなふうに言われれば、僕はアランに何も言えなくなる。
「返せ」
「だったら自力で取り返してみろよ」
笑うベジドフがはくるりと背を向けて走り出す。追いかける僕。
あともう少し、という所でモイミールに投げ飛ばし、次はミランへと鞄が行く。彼らは階段を駆け下り、カサルの町の階層を下へ下へと下りて行く。
アランに、町の下層へは行くなと言われている。
昼間でも日差しの届かない下層は、犯罪者や移民、家や行き場を失った者たちの巣窟だ。治安は最悪で下手に捕まれば生きて帰れない。
僕を助けてくれる草花たちも少ない。
けれど、奪われた鞄を諦めるなんてこともできない。
届けられる薬を待っている人たちがいるのだから。
「くそっ!」
「おーっと、あぶない」
もう少しで届く、というところで鞄はべドジフたちの手から手を飛んで、更に下の階層へと張り出した棒へと引っかかった。階段の手すりから身を乗り出して、どうにか手が届くかどうか、の距離。
僕の後ろでべドジフが声を漏らした。
「あぁーあ、中身、無事かなぁ」
くすくす笑いながら離れていく。
僕を置き捨て上の階層へと帰っていく三人を見上げながら、僕は一人、大きくため息をついた。
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