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第三章 試練の町カサル

86 配達の仕事

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 ランクアップ試験のために、アランが町を出てから半月が経った。
 毎日の……時間の流れが遅く感じる。
 やること、やらなきゃいけないことはたくさんあるのに、何となく気持ちが乗らなくて。何より仕事で通っている生薬ギルドで顔を合わせる者たちの、嫌がらせが酷い。

 僕の荷物が勝手に捨てられたりはいつものこと。
 せっかく分別した薬草をまぜられたり、隠されたり。僕が困る以上に、ギルドの人たちが困ってしまう。幸い、命にかかわるような取り扱いの難しい薬草には手を出さないけれど、半日かけて分別した木の実を、一緒の麻袋に入れて倉庫の隅に置かれていた時は脱力した。
 後は注文の品の数を書き替えられたり。読めないように汚されたり。

 ギルマスには、もっと注意しろと僕が叱られる。
 心当たりは無くてもべドジフたちがやったという証拠はない以上、僕は「申し訳ありません」と頭を下げるより他に無かった。

「僕を困らせて、何がおもしろいのかなぁ……」

 誰も居ない温室で植物たち相手に言葉が漏れてしまう。
 草花たちの精霊は、元気を出して、見守っているよ、と励ましてくれる。その声に僕は泣きそうになりながら「ありがとう」と声をかけた。

「君たちがいてくれるから、僕は平気だよ。負けていられないもんね」

 アランが帰って来た時、僕は元気にやっていたよと言えるように。
 それに僕が真面目にやっていれば、今は気に留めていない大人たちもいつか気づいてくれるかもしれない。何よりここで学んだことは将来の役に立つと思う。

 冒険者を続けるアランは怪我が絶えない。
 怪我の治療としての薬だけじゃなく、体力を温存したり回復したりと使用する機会は多いのだから。同じ冒険者になることを許してくれないアランにも、こんな形で僕が助けることができれば、すごく嬉しい。

 温室での仕事を終えて店舗の方に戻ると、ちょうど従業員の一人に声を掛けられた。
 急ぎの配達をしてほしいと言う。この町に何軒かある冒険者ギルドへの、回復ポーションや薬瓶を届ける仕事だ。

 冒険者ギルド……かぁ。

 嫌がらせの邪魔が入らなければ、直ぐに終わるんだけれどな。どちらにしろ僕は直ぐに頷いて、荷物を手にギルドを出た。




 今日も青空のいい天気だ。
 アランは今頃、日の光の届かない遺跡の奥で魔物と戦っているのかも知れないと思うと、僕だけがこんなにのんびりしていていいのだろうかという気持ちになってくる。

「だめだ、だめだ。しっかり集中していないと」

 どこで誰の邪魔が入るか分からないのだから、気を引き締めないと。
 僕は草花たちに、僕を付け狙ったり待ち伏せしている者はいないかと聞いてみる。
 雪解けを終えて日々勢いを増す植物たちは、町の中でも僕を助けてくれる力強い味方だ。けれど彼らからの情報も確実ではない。僕の言う厄介な人たちが、精霊たちには見分けられないこともあるのだから。

 明らかに殺気を放っていたり、普段からちょっかいを出してくるべドジフたちならまだ分かりやすいのだけれど……。

「うん、これはさっさと終わらせてしまおう」

 急ぎの配達だと言われているんだから時間が勝負だ。

 初めてこのカサルの町に来た時は横の広さだけじゃなく、上下に重なった階層の、複雑な町の造りに眩暈めまいがしそうになった。絶対に迷子になって帰れなくなるんじゃないかと怖くもなったけれど、この三年半、アランに丁寧に教えてもらってきたんだ。

 近道や抜け道はもちろん、危険が迫った時の避難場所。替わりダミーの部屋や隠れ場所も。
 僕は草花たちに道を確認しながら、次々と配達を終えていく。
 中には少し休憩して行ったらと声を掛けてくれるギルドのマスターも居るけれど、僕は丁寧に辞退して最後の場所に向かった。

「ラストはギルド狂戦士ベルセルクの爪か。そう言えばクレメントさんたちともずっと会っていないな……」

 最後に会ったのは新年の頃だったかも。
 冬は本宅の家にこもりきりになる僕とアランだけれど、さすがに三ヶ月近く一歩も外に出ないというのも身体に悪い。そう言って、クレメントさんとヨハナさん夫妻のに食事に誘われて久々に会った。
 今年はアランが昇格試験を受けるとなって、その間ギルドの宿で暮らさないかとも声を掛けてくれたのが懐かしい。

「気に掛けてくれるのは……嬉しいんだけどな……」

 そんなことを考えながら歩いていたせいか、僕は草花たちが警告してくれていた声を聞き逃していた。気が付くと、べドジフたちが行く手で待ち構えていた。
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