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第二章 冒険者ギルド
74 アーシュ・絶対的な力
しおりを挟む宰相の話はなおも続く。
「殿下は当初、自分の存在を知らしめ、彼らを驚かせる程度に留めるつもりであったらしい。村の周囲は頑強な結界に守られ、何人も侵すことができぬ地。その結界から出て来なければ魔物に襲われることも無い――決して森を出るなとの警告である」
「だが、結界は破れた。いや彼らは結界を出て魔物に立ち向かったのか?」
「分からぬ……それは現地を目にした貴公の知るところではないのか?」
父上の言葉を受け、宰相は冷ややかに見下ろした。
重い息を吐いてから父上は呻くように答える。
「モルナシス大森林は枯れ果てておりました。精霊がお怒りになったのです。かの地で何が起ったのか、全て樹々の葉の下に隠されてございました。姫や彼の一族のご遺体はおろか、村の痕跡すら……見つけることは叶いませんでした」
国王陛下が身じろぎをして、水色の瞳を見開く。
陛下自身そのようなことになっていようとは思っていなったのだろう。視線はそのまま私の隣で片膝を折る、龍族の青年ハヴェルに向かう。
「ハヴェル、そちの耳にも精霊は語らぬか」
「大気の精に問いましても……黙して、応えて頂けません」
「陛下。かの地を蹂躙した魔物を探しだすことも叶わず、おめおめと戻りましたこと、お許しください」
ハヴェルに続き、兄上が謝罪の言葉を口にした。
陛下は大きく息を吐き玉座に身体を沈めた。眉間に深い皺を刻み、何をお考えなのか私には想像することすらできない。
父上が呻くように言う。
「まさか……殿下がそのようなお考えになるとは、私には到底信じられません」
オリヴェル王太子殿下は心根のお優しい方だ。
少なくとも殿下が言葉を荒らげたり人を恨むようなお姿を、私は見たことが無い。王というにはあまりにも覇気が薄く、そのことが唯一、家臣の心配の種ではあっても王位に固執し誰かを脅すようなお方には見えなかった。
だがそれは、私が気づかなかったというだけなのだろうか。
心の奥底では、我が王位を脅かすものは何人も許さぬと、そのようなお考えを持っていたのだろうか。
皆、お心の優しい方が王となれば、精霊の加護も厚く国は穏やかであろうと……そうお喜びになっていたというのに。
「……おそらく殿下は王位継承を前にして、魔がさしたのであろう」
宰相は続ける。
「バラーシュ王国は国王陛下が統治されてから、隣国のと諍いも少なく、平和な世が続いている。だが決して安穏としていられる地ではない。強い求心力が無ければ、他国はおろか自国の民すら下すことはできぬ」
絶対的な力を持つのだと、知らしめたかったのか。
「我こそこの国を率いる唯一無二の存在であると。だからこそ、英霊スラヴェナを想起させる御子の存在が恐ろしかった。封じてしまおうと魔物を差し向け、惨劇が起きた。御子の骸を前にして、殿下は己の罪深さにお気づきになられたのだろう」
「その結果としての自害と……」
「従者に己の罪を告白したのち、一言、ご令孫が命を落としたのは、我の責であると……そう呟き毒を飲まれたと聞いている」
あらゆる者たちが殿下を救おうとしたに違いない。だが……命を留めることはできなかった。
私は一通りの説明を終えた宰相と陛下に顔を向け、発言の許しを乞う。
頷く宰相に私は問うた。
「殿下の告白を受けた従者は今どこに? 直接、お話を伺いたく存じます」
「残念ですがザハリアーシュ様、その従者も命を絶っております」
「従者も?」
「殿下をお止できなかったと。ならば黄泉路までお供をすると言い残し、自ら剣を胸に刺し亡くなった。いたわしいことだ」
気の毒だと、不憫でならないと宰相は首を振り息をついた。
……もし、私に精霊の声を聴く力があったなら、殿下の迷いを知ることが出来ただろうか。それともやはり精霊は何も語らず、これらの出来事は人間族が自ら招いたことなのだと、冷ややかに見つめるだけだろうか。
「皆の者」
オレクサンドル国王陛下が、厳かに声を上げた。
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