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第二章 冒険者ギルド
73 アーシュ・事件
しおりを挟む王都バランに到着したのは、年の瀬も迫った頃だった。
王城の大扉の前に馬を止めると、身なりを整える間も惜しんで謁見の間へと向かう。既に早馬で、城で起こった事件は私たちの小隊にも知らされていた。
「陛下。只今、戻りましてございます」
小走りで案内する従者に続き、扉を開けるとそのまま進み出た父ヤクプが帰還を告げる。続くベルタ・シュクラバル侯爵と兄上、カエターン。そして私とハヴェル・ラシュトフカが後につき、玉座の前で片膝をついた。
国王――オレクサンドル・バラーシュ陛下は、重い声で「足労であった」声を返した。
「陛下……早馬により報せを受けました。王太子殿下が……」
「自害した」
しん、とした謁見の間に、陛下の声が響いた。
あまりに衝撃に息ができない。今……この場に着くまで嘘であって欲しいと、何かの間違いなのだと願っていた。だが……。
半歩前で兄上が声を上げた。
「信じられません! オリヴェル殿下が自害など!」
「カエターン」
「とても、信じられません……」
父上に窘められるも、兄上は苦々しい声を漏らす。
オリヴェル殿下は御年、二十三。来年の夏至祭に合わせ王位継承の儀を執り行うこと――この国の王となることが決まっていた。殿下を兄と慕う兄上はそれを誰よりも喜び、影に日向にとお力添えをしていたのだ。
だと言うのに。
父上が重い声で陛下に問う。
「何故、自害など……」
陛下の眼差しは暗く、答えは無い。
代わりに隣に立つ宰相クサヴェル・クバーン侯爵が表情を消したまま答えた。
「先のモルナシス大森林に住まうエルフ族の末裔、及びオティーリエ様を殺害せんと魔物を送り込んだのはオリヴェル殿下だったのです」
「まさか! 理由がありません!」
兄上が堪えきれずに叫ぶ。
今度は父上も兄上をお止しなかった。
「理由は……旅人が受け取りし、オティーリエ様のお子である」
今より三ヶ月ほど前、モルナシス大森林の近くを通りがかった旅人が、青い瞳に金の髪の女性から子供を受け取ったという。
曰く。自分はこの森の奥地に住む、古の技を伝える民である。村を魔物が襲い、命からがら子供と二人で逃げて来た。子は魔物の毒を喰らい、一刻も早く治療が必要である。場合によっては王都のスラヴェナ神殿にて、精霊の加護を受ける必要がある。
どうかこの子を、王都まで運んでください――と。
受け取った子供は伝説に謳われたエルフ族の姫、スラヴェナと同じ銀の髪をしていた。
旅人は確かにこの子を王都に運ぶと約束すると、金の髪の女性は「まだ助けなければならない人達がいる」と言い、森の中へ駆け戻っていったという。
旅人は虫の息の子供を抱えながら、休みもとらず平原を行った。
薬草を詰み、与え、できうる限りの治療を施したが、森から一番近いマイナ村まで徒歩で四日の距離である。子供は村にたどり着く前に息を引き取った。
それでも旅人は子供を置き捨てたりせず、遺骸を抱え、途中から馬の足も使いわずかな日数で王都まできた。スラヴェナ神殿に運び込まれた子供の骸は、直ぐに国王陛下の耳にも届き……それが、オティーリエ王女のお子であったことが知れたのだ。
エルフ族は輝く銀の髪に濃い紫の瞳をしているという。
国王陛下はおよそ八年前、お忍びでご息女が嫁がれた森の中の村へと出向き、生まれたばかりのご令孫にお会いしたのだという。その時、御手の中の赤子は、見事な銀の髪と、母オティーリエ様から受け継いだ水色の瞳をしていた。
わずかに紫がかったその瞳の色は、決してお忘れにならなかったと。
此度運ばれて来たお子は死後数日が経っていたため、眼は白く濁り、瞳の色は確認が出来なかった。それでも陛下は、清められた遺骸を前にしてしばし瞑目すると、我が孫であると明言したのである。
その言葉を受け父上と我々は、魔物討伐と王女、そしてエルフ族の末裔たる一族を救出するため、小隊を率いて遠路はるばるモルナシス大森林まで向かったのだ。
「オリヴェル殿下は、姉君オティーリエ様が隣国ではなく、エルフ族の末裔たる者に嫁ぎ、お子を儲けていたことを近年になって知ったそうです。その子供が伝説の英雄であり、神とも崇めるスラヴェナによく似たお姿であることも……」
「だからと言って、オティーリエ様やそのお子を殺害しなければならない理由など……」
「殿下は来年、王位を継承される身でありました。その目の前にもう一人、陛下の血を継ぐ者が現れたなら周囲の者は何と思うでしょう。しかもそのお姿は神とも崇められる英霊と同じ……」
宰相の言いたいことはわかる。
どれほど自分の方に王となる権利があると言っても、陛下の血を継いだ美しき御子が現れれば、家臣も民も心は揺れる。
「国が割れると思われたのか……」
父上の声は重かった。
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