冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

文字の大きさ
上 下
73 / 281
第二章 冒険者ギルド

73 アーシュ・事件

しおりを挟む
 


 王都バランに到着したのは、年の瀬も迫った頃だった。
 王城の大扉の前に馬を止めると、身なりを整える間も惜しんで謁見の間へと向かう。既に早馬で、城で起こった事件は私たちの小隊にも知らされていた。

「陛下。只今、戻りましてございます」

 小走りで案内する従者に続き、扉を開けるとそのまま進み出た父ヤクプが帰還を告げる。続くベルタ・シュクラバル侯爵と兄上、カエターン。そして私とハヴェル・ラシュトフカが後につき、玉座の前で片膝をついた。
 国王――オレクサンドル・バラーシュ陛下は、重い声で「足労であった」声を返した。

「陛下……早馬により報せを受けました。王太子殿下が……」
「自害した」

 しん、とした謁見の間に、陛下の声が響いた。
 あまりに衝撃に息ができない。今……この場に着くまで嘘であって欲しいと、何かの間違いなのだと願っていた。だが……。
 半歩前で兄上が声を上げた。

「信じられません! オリヴェル殿下が自害など!」
「カエターン」
「とても、信じられません……」

 父上にたしなめられるも、兄上は苦々しい声を漏らす。
 オリヴェル殿下は御年、二十三。来年の夏至祭に合わせ王位継承の儀を執り行うこと――この国の王となることが決まっていた。殿下を兄と慕う兄上はそれを誰よりも喜び、影に日向にとお力添えをしていたのだ。
 だと言うのに。

 父上が重い声で陛下に問う。

「何故、自害など……」

 陛下の眼差しは暗く、答えは無い。
 代わりに隣に立つ宰相クサヴェル・クバーン侯爵が表情を消したまま答えた。

「先のモルナシス大森林に住まうエルフ族の末裔、及びオティーリエ様を殺害せんと魔物を送り込んだのはオリヴェル殿下だったのです」
「まさか! 理由がありません!」

 兄上が堪えきれずに叫ぶ。
 今度は父上も兄上をお止しなかった。

「理由は……旅人が受け取りし、オティーリエ様のお子である」

 今より三ヶ月ほど前、モルナシス大森林の近くを通りがかった旅人が、青い瞳に金の髪の女性から子供を受け取ったという。
 いわく。自分はこの森の奥地に住む、いにしえの技を伝える民である。村を魔物が襲い、命からがら子供と二人で逃げて来た。子は魔物の毒を喰らい、一刻も早く治療が必要である。場合によっては王都のスラヴェナ神殿にて、精霊の加護を受ける必要がある。
 どうかこの子を、王都まで運んでください――と。

 受け取った子供は伝説に謳われたエルフ族の姫、スラヴェナと同じ銀の髪をしていた。
 旅人は確かにこの子を王都に運ぶと約束すると、金の髪の女性は「まだ助けなければならない人達がいる」と言い、森の中へ駆け戻っていったという。

 旅人は虫の息の子供を抱えながら、休みもとらず平原を行った。
 薬草を詰み、与え、できうる限りの治療を施したが、森から一番近いマイナ村まで徒歩で四日の距離である。子供は村にたどり着く前に息を引き取った。

 それでも旅人は子供を置き捨てたりせず、遺骸を抱え、途中から馬の足も使いわずかな日数で王都まできた。スラヴェナ神殿に運び込まれた子供のむくろは、直ぐに国王陛下の耳にも届き……それが、オティーリエ王女のお子であったことが知れたのだ。

 エルフ族は輝く銀の髪に濃い紫の瞳をしているという。
 国王陛下はおよそ八年前、お忍びでご息女が嫁がれた森の中の村へと出向き、生まれたばかりのご令孫れいそんにお会いしたのだという。その時、御手の中の赤子は、見事な銀の髪と、母オティーリエ様から受け継いだ水色の瞳をしていた。
 わずかに紫がかったその瞳の色は、決してお忘れにならなかったと。

 此度こたび運ばれて来たお子は死後数日が経っていたため、まなこは白く濁り、瞳の色は確認が出来なかった。それでも陛下は、清められた遺骸を前にしてしばし瞑目すると、我が孫であると明言したのである。
 その言葉を受け父上と我々は、魔物討伐と王女、そしてエルフ族の末裔たる一族を救出するため、小隊を率いて遠路はるばるモルナシス大森林まで向かったのだ。

「オリヴェル殿下は、姉君オティーリエ様が隣国ではなく、エルフ族の末裔たる者に嫁ぎ、お子を儲けていたことを近年になって知ったそうです。その子供が伝説の英雄であり、神とも崇めるスラヴェナによく似たお姿であることも……」
「だからと言って、オティーリエ様やそのお子を殺害しなければならない理由など……」
「殿下は来年、王位を継承される身でありました。その目の前にもう一人、陛下の血を継ぐ者が現れたなら周囲の者は何と思うでしょう。しかもそのお姿は神とも崇められる英霊と同じ……」

 宰相の言いたいことはわかる。
 どれほど自分の方に王となる権利があると言っても、陛下の血を継いだ美しき御子が現れれば、家臣も民も心は揺れる。

「国が割れると思われたのか……」

 父上の声は重かった。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

恋人が出て行った

すずかけあおい
BL
同棲している恋人が書き置きを残して出て行った?話です。 ハッピーエンドです。 〔攻め〕素史(もとし)25歳 〔受け〕千温(ちはる)24歳

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。

石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。 雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。 一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。 ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。 その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。 愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...