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第二章 冒険者ギルド
61 クレメント・ヤバイ話
しおりを挟むアランが何か考えるように視線を遠くする。
その様子をじっと見つめながら、俺は次の言葉を待った。
「その王女とやらは、やはり……金の髪に青い瞳なのだろうか」
「んん? あぁ……そうじゃないのか? 俺は直接王女殿下のご尊顔を拝したことは無いが、庶民と同じような姿だったと聞いたことは無い。王族で毛色が違えば、噂ぐらいにはなるだろうよ。国王陛下の弟君であられるヤクプ卿は金髪碧眼だったろ?」
「あぁ……カエターン様もザハリアーシュ様も……遠目だったがヤクプ卿もそのお姿だった。一目で分かるぐらいにな」
マイナ村で見かけた姿を思い出したのか、アランが呟く。
「王妃の不貞や、陛下が側妃に産ませた子でもなければ……か」
「何だよ、見かけの姿がそんなに気になるか?」
「あぁ……いや……」
喉の渇きを覚えたのか、アランが杯の酒を飲み干し自ら注ぎ足す。
視線はぼんやりと、町の灯りが滲む窓の外に向けたままだ。
「十年ほど前に行われたクバリ地方で精霊召喚の儀式。携わったのは王家の姫オティーリエ王女……か。それとは別に、昔……大平原の果てにある広大な森の奥には、失われた民が隠れ住んでいるという噂を……耳にしたことがある」
「それもずいぶん前の話だな。五大英雄の一人にして数多の精霊に愛されたエルフの姫、スラヴェナ。そのお姿によく似た民の話だろ?」
その噂を生前の親父から聞いたのは、いつだっただろう。
「道に迷った旅人が、決して他言しないという約束で助けられた。だがある夜、酒に酔って寝床を共にした娼婦にぽろりとこぼしたという。もう一度会ってみたいとな……」
「会えたのか?」
「まさか。銀の髪と濃い紫の瞳。長く尖った耳をして肌は雪のように白い民なんてよ、目にするだけで眼福だ。噂を聞きつけて何人もの冒険者が居所を探したが、ついに見つけたなんて話は一度も聞いていない。あれは旅人の見た幻だったというオチだよ」
「だが……絶対にいないとも限らない」
「アラン?」
俺に視線を向けて、アランは囁く。
「マイナ村で俺に声をかけたザハリアーシュ様はこう言ったんだ。凶悪な魔物が、ここより遥か東にある森で暴れているという。森には隠れ里があり、古の技を伝える村人が被害に遭っている――ってな」
「隠れ里?」
「俺は……モルナシス大森林の外れで、森が焼ける匂いを嗅いだ。魔物の気配は無かったから、おそらく盗賊が何かやらかしているのだろうと思ったよ。伝説の民かどうかは別として、魔物に追われた人々が隠れ住んでいた……ということはあるだろうし」
「そいつは……」
「直接森に入って確かめたわけじゃない。だが……様々な出来事の断片が、嫌に引っかかるだけだ。警戒しろ……ってな」
ギシリ、とアランはイスを鳴らして背にもたれた。
真っ直ぐに視線を向ける金の瞳。俺は今の会話の断片を繋ぎ合わせ、思考を巡らせる。
公爵の不自然な遠征。森の噂。
オティーリエ王女。
金の髪に青い瞳。
突然、肉親を見つけて戻ってきたアラン……。
「アラン、サシャの瞳の色はたしか、水色だったな?」
それもわずかに紫が入った、この国の人間には珍しい色だ。
アランは俺の問いには答えず、もう一度、念を押すようにして言う。
「クレメント、サシャは俺の甥っ子だ。いいな、俺の、甥っ子、なんだ。隣国から連れ帰った、親を亡くしたばかりの小さな子供だ。自分で自分の身を守ることもできない。里親を探すにしても、本当に信用できるところで無ければ預けることはできない」
そう強く言い切るアランに、俺は軽く口の端を上げた。
「なるほど。ダミーの家を幾つも用意して、迷宮探索用の魔石でドアを封じるほど用心しているのは、そいういわけか」
他人が耳にすれば何のことだと思うだろう。
だが、言葉の裏に何を伝えたかったのは分かった。アラン自体の執着だけじゃない。こいつはとびきり、ヤバイ話じゃないか。
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