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第二章 冒険者ギルド
56 新しい家
しおりを挟む三軒目の家は、とても不思議な造りをしていた。
外から見るとごくごく普通の三階建ての家。石造りで頑丈そうというだけで、他の家と同じような……むしろ地味なぐらいに感じる。たぶんとても古い家なんだ。
家の前に大きな樹が、まるで門番のように聳え立っていた。今は葉を落としているけれど、もう少し早い時期なら、すごくいい匂いのする黄色い小さな花が咲く。たしか香油の原料にもなるんじゃなかったかな。
壁には、やっぱり葉を落としていても分かる蔦が、三階の壁の窓近くまで枝を伸ばしていた。
「緑に守られた家だね!」
中に入る前に僕はわくわくした気持ちで声を上げる。
頷いたアランは預かっていた鍵を取り出して、僕を招き入れた。
ずっと使われていなかったのか、家の中は少し埃っぽい匂いがした。それでも西に傾いた窓からの光で、薄暗い感じは無い。
一階は客室。それから物置き。使用人部屋。何かの作業場だったのか、工房のような造りの部屋がある。途中に小さな踊り場のある、折れ曲がった階段を上っていった二階が暮らしの場所になっていた。
居間と台所、奥に寝室。思ったより広い。そしてその更に奥に浴室。湯浴びだけじゃなく、小さいけれど浴槽まである。
窓も大きくて、光がたくさん入ってきそうだ。
暖炉の造りもしっかりしていて、きっとここでも煮炊きができる。
「すごーい、すごい。素敵だよ」
「ああ……」
そう言いながら、アランはここでも細かく壁や床をチェックする。
もしかすると秘密の通路があるんだろうか。そう思った通り、寝室にあった衣裳棚の奥に隠し扉があって、そこから先が三階に続く階段になっていた。
三階は屋根裏部屋だ。
奥に小さな扉があって細い廊下に続いていた。その先は、二軒隣の外階段に繋がっている。屋根裏部屋はもう一つ、テラスになった窓があった。
部屋から覗いただけでは分からないけれど、テラスに出てみると奥まった所に細い橋が架かっている。その先は先程の通路と反対側の建物の屋上で、別の小道に続く階段があった。
「出入り口が三つもなんて、すごいね」
「いや、他にもあるな」
アランが匂いを確認しながら、もう一つの隠し扉を探す。
見つけ出したのは台所の食器棚だ。いや、棚だと思っていた奥が扉になっていて、一階の工房室と物置きに繋がっていた。更に物置きには客室と地下に続く階段の隠し通路があって、階段は下の階層の裏道に出た。
家の中まで迷路みたいだよ。
「ま、迷子になりそう……」
「何も無い時に、隠し通路に入る必要は無い」
ははは、と軽く笑うアランに、僕は「そうだね」と胸を撫でる。
けど……この家に住み慣れたら、まるごとかくれんぼに使えそうだ。面白い。
「ねぇ、アランはここ、気に入った?」
「そうだな、逃げ道が数カ所あるというのがいい。扉を魔石で封じて、俺とサシャにしか開けられないようにすれば、更に安全性も上がる」
「悪者は絶対入って来られないね」
「そうだ」
二階の居間まで戻って、アランが頷く。
僕とアラン、二人で暮らすには少し広すぎるように思うけれど、ここに居れば絶対に安全なんだって感じがする。
それって……すごく安心する……。
「サシャはどうだ?」
「気に入ったよ。ここがいいな」
「だったら決まりだな」
台所の窯や、水を引いた管の具合を確認したアランが答える。
すごい、僕らの暮らす家が決まったんだ!
「あ……でも……」
「どうした?」
「こんなに大きな家、家賃、だっけ? 借りたら高いんでしょう?」
僕、その辺りのこと何も考えないで言っちゃった。
今の僕にお金を稼ぐ力は無い。食事も宿のお金も、全てアランが命懸けで魔物を倒したり、いろいろな依頼を受けて手に入れたものだ。
少しずつ森の外のことを教えてもらってきても、この家にいったいどれだけのお金が必要なのか、僕には想像もつかない。
……それなのに。
「ばぁか、ガキは金の心配なんかするな」
「でも」
「冒険者になってから稼いだ金を溜めてある。金が無くて飯も食えない、なんてことにはならないから安心しろよ。それともサシャは、俺にそんな力は無いって思っているのか?」
「そんなこと無いよ!」
「だったらお前は、ここでのんびり過ごせばいい。そして季節が良くなったら、やりたいことを始めればいいんだ……」
そう言って窓の外を眺める。
陽はずいぶん西に傾いて、空はほんのりオレンジ色になっていた。
「……だから熱を出すほど、無理するなよ」
そう言った静かな声は、少し泣いているように聞こえた。
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