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第一章 冒険者に拾われた僕
26 アラン・君のような瞳の者
しおりを挟むザハリアーシュは断られると思わなかったのだろう。青い瞳を見開いてから、首をかしげるようにして言い重ねてきた。
「依頼を? それは魔物討伐より優先すべきことか? どういった物だ?」
「希少な動植物の採取だ」
「ならば違約金を上乗せしてもいい」
先の依頼を蹴ってでも、隊に随伴しないか? ということだろう。
魔物にもただの迷惑な物から、国一つ軽く亡ぼしてしまう物まで様々だ。
その中で討伐の依頼がでるものは、大抵人死にが出るような厄介なヤツだ。だからこそ冒険者なら、いや騎士や剣士といった戦うことのできる者なら、何を置いても魔物討伐を優先する。
同じ迷惑な存在でも、害獣や盗賊退治と魔物討伐とでは、危険度も報酬も桁違いになる。
それを分かっていながら動植物の採取を優先すると言う俺を、不思議に思うのも無理は無い。
「俺は金より信用を優先したいんだ。魔物退治より緊急性は低いかもしれないが、首を長くして待っている依頼者がいる」
「どうしても、とお願いしても?」
「悪いな。それに俺みたいな流れの冒険者が交じっては、隊の規律が乱れちまう。見た感じ戦力は十分だろう。今回は縁が無かったと思ってくれ」
絶対に考えを変えないという毅然とした姿に、ザハリアーシュもあきらめたようだ。「そうか、すまなかった」と呟いて、隊の方に視線を向けた。
俺と立ち話ている様子を見て、兵士を連れた兄、カエターンが騎乗したままこちらに向かって来る。「何かあったのか?」と問う兄に、ザハリアーシュは今のやり取りを簡単に伝えた。
「アーシュ、お前の目利きは信用しているが、此度の討伐は重要な意味を含んでいる。現地で兵を募るのは無し、だ」
「かしこまりました。差し出がましいことを申し訳ありません」
「よい。アーシュの心意気は私も父上も、よく理解している」
アーシュと親し気に呼ばれたザハリアーシュは、兄に詫びてから俺に顔を向けた。
「信用を第一とするアランにも失礼なことを言った。許せ」
「俺みたいな平民に頭を下げる必要なんかねぇよ」
「いや、人として貴族平民に違いは無い。いつの日か、また会いまみえることがあったなら、正式に依頼をさせてほしい。君のような瞳の者は、きっと良い働きをしてくれる」
何だか、お貴族の坊ちゃんに気に入れちまったようだ。
俺は苦笑しながら「また会えたらな」と返して、立ち去る者たちを見送った。思ったより長く立ち話をしていたのか、身体が冷えてしまったようだ。
小隊が村から出立していく。その様子を見送る俺の後ろに、駆け寄る足音があった。
「アラン!」
俺の腕に掴まったサシャは、隣に並んで遠くなっていく小隊に視線を向けた。
「貴族の人たち出発したの?」
「ああ、魔物退治に行くそうだ」
「魔物?」
サシャが首をかしげる。
俺は違和感を確かめるようにサシャに訊ねた。
「樹々や草花たちは、この辺りに凶悪な魔物がいると知らせているか?」
俺の言葉にサシャは首をかしげながらも、暮れ行く空の下の草原に視線を向けた。人には聞こえない精霊たちの言葉に耳を傾けているのだろう。
一つ、二つ……いや、十は数えるだろう間を置いてから、サシャは俺を見上げた。
「えぇっと……人の言う凶悪な魔物の基準は分からないって。でも、アランが倒せないような魔物はいない」
「魔物が全くいないってわけじゃないだろ?」
「うん。僕ぐらいの大きさの、土を食べて地面の下を空洞だらけにしてしまう魔物は、僕の足で三日ほど歩いたあっちの方に数体いるって」
モグリモグだ。
直接人間を襲うことは無いが、穴だらけになった上を歩けば落ちて大怪我をする。家の下に現れたなら、簡単に建物など傾いでしまう。依頼があれば迅速に討伐をしなければならない、危険対象物だ。
だが……サシャの言う通り、地面の下の魔物は厄介でも倒せないほどではない。
事前の準備があれば俺一人でもどうにかなる。
「アラン、その魔物を倒しに行くの?」
草花たちが知らせるよりずっと遠くに、凶悪な魔物がいるのだろうか。
ふ……と考えて軽く頭をふった。
俺は冒険者だ。そういうものは魔物討伐を専門とする騎士や剣士に任せておけばいい。今の俺はサシャを連れ、生活の基盤を整えること。それには俺が冒険者になった町まで行く必要がある。
「行かねぇよ。腹も減ったしな」
「うん。あんまり遅いから呼びに来たんだよ!」
ぎゅ、と俺の腕を抱きしめて、サシャは明るく笑った。
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