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第一章 冒険者に拾われた僕
20 アラン・握る強さ
しおりを挟む昨夜も深く眠らないまま朝を迎えた。
夜中に天幕に運んで、そのままぐっすり眠っているサシャを、いつものように軽く蹴ろうとして足を止める。起こす時は声をかけろと言われていた。
「めんどくせぇな」
誰かに起こされる時、優しく声を掛けられたことなんか無い。いつも足蹴にされて、それが普通の感覚のまま同じことをしていた。よくよく考えてみればあまり一般的では無かったかもしれない。
もちろん蹴る力はかなり加減していたが、サシャにしてみれば強さの問題ではなかったのだろう。
「おい、サシャ、朝だぞ」
「んぅ……」
もぞり、と頭が動く。そのまま枕代わりにしていた鞄に額をこすりつけてから顔を上げて、眠そうにパチパチと瞬きをした。
朝日の下、透き通った……紫がかった水色の、綺麗な瞳が見開かれる。
柔らかくぷっくりとした白い肌。
薄紅色の、花びらのような頬と唇。整った目鼻立ち。
髪を苔色に染めてもサシャの愛らしさは隠せない。あどけない表情で俺を見上げ、周囲を見渡し、そしてもう一度俺を見上げてからほわりと笑顔になる。
俺は思わず口を押えて視線を逸らした。
何なんだ、この生き物は。
「起きろよ。声を掛けるだけで起きられるんだろ?」
「起きたよぉ」
もぞもぞと天幕から出てくると、すくっと立ち上がって腕を伸ばした。
小さな肩に、細い手足。頭も小さくて、時々、こんなに何もかも小さいのに色んなことを考えて話して動く姿が、不思議に思えてならない。
「おはよう、アラン。蹴らなくても起きられるだろ?」
「おぅ。ほら、朝飯したらすぐに出発するそ」
「うん!」
元気に返事をして、いつも通り朝の準備を進める。
火の始末をして荷物を整え、干し肉をかじりながら歩き出す頃には、朝焼けから雲の多い空へと移り変わっていた。
「ずっといい天気だったが、今日は崩れそうだな」
「うん。草花たちも言ってる。夜には雨になるって」
「なら急ぐぞ」
今までサシャのペースに合わせていたが、気持ち早歩きになる。サシャにしてみれば小走りの状態だ。息が切れ始めるまでは、この速度で行こう。
そう思う俺の隣に駆け寄ってきたかと思うと、不意に指を掴まれた。
驚いて見下ろすも、サシャは真っ直ぐ前を向いている。
手を、繋がれただけだ。
それも手のひら全部ではなく、指の三本だけを握るという。
俺とは手の大きさが違うのだから、その方が握りやすいのかもしれないが……こんな風に手を繋がれたのは初めてだぞ、おい。
温かさと、信じられないほどの柔らかな感触が俺を戸惑わせる。
「マイナ村には、たくさん人がいるの?」
「あ? あぁ……いや、まぁ……」
「百人くらい?」
「そのぐらいかな。この辺りでは最果ての村になるから、意外と物はある」
「どういうこと?」
「村を拠点として、そこから探索や狩りに出る者たちがいるということだ」
これから訪れる村の説明をしながら、その先の話を続ける。
夕べは――サシャが俺を置いて行くことばかり考えていたというのに、今こうして手を握られていると、ずっと一緒にいるんじゃないか……と勘違いしそうになる。
「サシャ、俺は冒険者として依頼があれば遠出する」
「うん」
「お前はその間、家を守ることになるだろう」
「家を守る? アランの家?」
「あぁ……いや、今はまだ無いが、いずれ部屋を借りることになる」
カサルの町までいけば、ずっと宿暮らし、とはいかないだろう。
「新しい部屋?」
「まぁ……そうだな」
「僕とアランの家だね!」
キラキラした瞳が俺を見上げる。
根無し草のようにあちこちを旅し続けてきた俺が、家を持つことになるとは考えたことも無かった。……けれど、このままいけばそうなる。なんだか不思議だ。
「まぁ、住処が定まったらサシャは家を守り、暮らしに余裕が出てきたら何か仕事を見つけて金を溜めていけ」
「僕はアランと一緒に、冒険はできないの?」
「あぁん?」
置いて行かれる子犬が子猫のような瞳で、俺を見上げる。
俺は視線を逸らして前を向く。
「剣も握れないお前を、連れていけるわけがないだろ」
「僕、草花や樹の声が聞こえるよ。見張りぐらいにはなるよ」
「う……」
サシャの言う通り、この道中では一度も魔物や野獣に遭遇していない。俺が念入りに魔物避けの薬草を焚いていたせいもあるが、サシャが時々知らせる警告で、遭遇を避けて来たというのもある。
「僕も冒険者になれるかな」
「そんな簡単になれるわけがないだろ」
「でも……魔物や盗賊を倒すばかりじゃなくて、遺跡の探索や動植物の採取もあるんだろ? それならきっと役に立つよ」
きゅっと強く手を握る。
その力がサシャの決意の強さを表しているようで、俺は上手く答えることができない。
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