冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

文字の大きさ
上 下
20 / 281
第一章 冒険者に拾われた僕

20 アラン・握る強さ

しおりを挟む
 


 昨夜も深く眠らないまま朝を迎えた。
 夜中に天幕に運んで、そのままぐっすり眠っているサシャを、いつものように軽く蹴ろうとして足を止める。起こす時は声をかけろと言われていた。

「めんどくせぇな」

 誰かに起こされる時、優しく声を掛けられたことなんか無い。いつも足蹴にされて、それが普通の感覚のまま同じことをしていた。よくよく考えてみればあまり一般的では無かったかもしれない。
 もちろん蹴る力はかなり加減していたが、サシャにしてみれば強さの問題ではなかったのだろう。

「おい、サシャ、朝だぞ」
「んぅ……」

 もぞり、と頭が動く。そのまま枕代わりにしていた鞄に額をこすりつけてから顔を上げて、眠そうにパチパチと瞬きをした。

 朝日の下、透き通った……紫がかった水色の、綺麗な瞳が見開かれる。
 柔らかくぷっくりとした白い肌。
 薄紅色の、花びらのような頬と唇。整った目鼻立ち。
 髪を苔色に染めてもサシャの愛らしさは隠せない。あどけない表情で俺を見上げ、周囲を見渡し、そしてもう一度俺を見上げてからほわりと笑顔になる。
 俺は思わず口を押えて視線を逸らした。

 何なんだ、この生き物は。

「起きろよ。声を掛けるだけで起きられるんだろ?」
「起きたよぉ」

 もぞもぞと天幕から出てくると、すくっと立ち上がって腕を伸ばした。
 小さな肩に、細い手足。頭も小さくて、時々、こんなに何もかも小さいのに色んなことを考えて話して動く姿が、不思議に思えてならない。

「おはよう、アラン。蹴らなくても起きられるだろ?」
「おぅ。ほら、朝飯したらすぐに出発するそ」
「うん!」

 元気に返事をして、いつも通り朝の準備を進める。
 火の始末をして荷物を整え、干し肉をかじりながら歩き出す頃には、朝焼けから雲の多い空へと移り変わっていた。

「ずっといい天気だったが、今日は崩れそうだな」
「うん。草花たちも言ってる。夜には雨になるって」
「なら急ぐぞ」

 今までサシャのペースに合わせていたが、気持ち早歩きになる。サシャにしてみれば小走りの状態だ。息が切れ始めるまでは、この速度で行こう。
 そう思う俺の隣に駆け寄ってきたかと思うと、不意に指を掴まれた。
 驚いて見下ろすも、サシャは真っ直ぐ前を向いている。

 手を、繋がれただけだ。

 それも手のひら全部ではなく、指の三本だけを握るという。
 俺とは手の大きさが違うのだから、その方が握りやすいのかもしれないが……こんな風に手を繋がれたのは初めてだぞ、おい。
 温かさと、信じられないほどの柔らかな感触が俺を戸惑わせる。

「マイナ村には、たくさん人がいるの?」
「あ? あぁ……いや、まぁ……」
「百人くらい?」
「そのぐらいかな。この辺りでは最果ての村になるから、意外と物はある」
「どういうこと?」
「村を拠点として、そこから探索や狩りに出る者たちがいるということだ」

 これから訪れる村の説明をしながら、その先の話を続ける。
 夕べは――サシャが俺を置いて行くことばかり考えていたというのに、今こうして手を握られていると、ずっと一緒にいるんじゃないか……と勘違いしそうになる。

「サシャ、俺は冒険者として依頼があれば遠出する」
「うん」
「お前はその間、家を守ることになるだろう」
「家を守る? アランの家?」
「あぁ……いや、今はまだ無いが、いずれ部屋を借りることになる」

 カサルの町までいけば、ずっと宿暮らし、とはいかないだろう。

「新しい部屋?」
「まぁ……そうだな」
「僕とアランの家だね!」

 キラキラした瞳が俺を見上げる。
 根無し草のようにあちこちを旅し続けてきた俺が、家を持つことになるとは考えたことも無かった。……けれど、このままいけばそうなる。なんだか不思議だ。

「まぁ、住処が定まったらサシャは家を守り、暮らしに余裕が出てきたら何か仕事を見つけて金を溜めていけ」
「僕はアランと一緒に、冒険はできないの?」
「あぁん?」

 置いて行かれる子犬が子猫のような瞳で、俺を見上げる。
 俺は視線を逸らして前を向く。

「剣も握れないお前を、連れていけるわけがないだろ」
「僕、草花や樹の声が聞こえるよ。見張りぐらいにはなるよ」
「う……」

 サシャの言う通り、この道中では一度も魔物や野獣に遭遇していない。俺が念入りに魔物避けの薬草を焚いていたせいもあるが、サシャが時々知らせる警告で、遭遇を避けて来たというのもある。

「僕も冒険者になれるかな」
「そんな簡単になれるわけがないだろ」
「でも……魔物や盗賊を倒すばかりじゃなくて、遺跡の探索や動植物の採取もあるんだろ? それならきっと役に立つよ」

 きゅっと強く手を握る。
 その力がサシャの決意の強さを表しているようで、俺は上手く答えることができない。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。

石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。 雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。 一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。 ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。 その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。 愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

恋人が出て行った

すずかけあおい
BL
同棲している恋人が書き置きを残して出て行った?話です。 ハッピーエンドです。 〔攻め〕素史(もとし)25歳 〔受け〕千温(ちはる)24歳

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

番が見つけられなかったので諦めて婚約したら、番を見つけてしまった。←今ここ。

三谷朱花
恋愛
息が止まる。 フィオーレがその表現を理解したのは、今日が初めてだった。

処理中です...