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第一章 冒険者に拾われた僕
13 知らない仕組み
しおりを挟む――翌朝。
やっぱり背中を蹴られて起きた僕は、この数日で日課となったことを繰り返す。
荷物を整え、温かいお茶を飲んで干し肉を齧り、焚き木の後を片づけたら出発だ。道々アオニ草を摘んで髪を染めながら、ひたすら一番近い、と言われている村を目指す。
既にアレンと出会ってから四度目の朝だ。
夕べ、なんだか不思議な気持ちになりなが眠ったのに、朝はいつも通りじゃないか。
「ねぇ、今日には村に着けるの?」
「はぁ? んなわけ無いだろ」
「え……だって、森の外で出会った時、百ルイぐらいだから徒歩四日の距離だって」
「それは一日、二十五ルイ歩けた場合だ。お前の短い足に合わせていたから、二十ルイも歩けてねぇよ」
えぇぇぇ⁉ あんなに早歩きで、朝から晩まで歩いてきたのに?
「じゃあ、後どのぐらい?」
「早くて明日の午後だな」
「明日……まだまだ、先かぁ……」
背負っていた毛布が、急に重くなったように感じる。
「ちょうどいい。サシャ、お前、森の外に出たことは無いのか?」
「う……それは、その……」
「人の暮らす町に行ったことは無いのか、ってことだ。村でもいい」
あの森から出たことは無い。
生まれて初めて、僕ら一族以外の人たちが暮らす場所に行くんだ。
「無い……よ」
「じゃあ、金の価値をどのぐらい理解している?」
「……カネ?」
言われて一瞬何のことか分からず、アランが「お金だ。物と交換するための道具だ」と言われて思い出した。
「えぇっと、小さくて丸くて平べったい、銅とか銀でできた絵や数字が彫ってある物?」
「潰れた石ころみたいなソレだ」
「価値……って?」
お金と言われる物を見たことはあるけれど、「価値」と訊かれてもピンと来ない。
こてん、と首を傾げた僕に、アランは大きくため息をついた。
「なるほどな。じゃあ、貴族は?」
「キゾク? 人のこと?」
「そう」
「どこに住んでいるかは知らない。有名な部族なの?」
「ぶふっ!」
アランが吹いた。僕、おかしなことなんか言ってないんだけれど。
「部族ねぇ……まぁ、そんなもんだが。貴族ってのは、俺たちみたいな平民を支配している奴らだ。名目上は民の暮らしを守り豊かにする……まぁ、広大な領地を治める長だな」
「領地の、長……」
「たまに守ると言ってるだけで何もしないヤツがいる。お前らを守るための税という金はよこせって言いながら、贅沢して遊んでいる奴」
「ダメじゃないか!」
「まったくだ」
あはは、と笑うアランに僕は顔を顰めた。
皆を守らないのに長を名乗っているなんて、どうして皆、そんな人を許しているのだろう。
「ちなみにこのバラーシュ王国で一番偉いのが、オレクサンドル・バラーシュっていう王様だ。王太子はオリヴェル殿下。確か今、二十二か二十三ぐらいだったはずだ。そろそろ王位を継ぐんじゃないかなぁ」
「王様……」
それは村長から聞いたことがある。
王はその地の要となる、精霊に愛されし命の柱……とか、なんとか。
「地方の村には作物や家畜を育てる農民がいて、それを運んで売る商人がいる。町には武器や物を作る職人がいて、金持ちの子供たちが通う学校もある。教会には修道士。病院には医師」
「皆、役割が決まっているの?」
「サシャが居たところでは決まってなかったのかよ」
「う……」
余計なことは言えなくて、とりあえず頷いておく。
「アランは冒険者、なんでしょう?」
「そう。魔物や盗賊退治。薬草や獣など貴重な動植物の採取。遺跡調査。商人の護衛はまた別に騎士や剣士、護衛官とかまぁいろいろいるが、腕の立つ冒険者が依頼を受けることもある」
「何でもやるんだ」
「そう、何でも屋だ」
新しい世界に足を踏み入れる。
僕の知らない仕組みを、アランはひとつひとつ教えていく。
「皆、役割が決まっていることが多い。自分のできねぇことは、できる奴にやって貰って金と交換する。わかるか? 金が無いと食い物も手に入らないってことだ」
「え……?」
言われて僕は思わず足を止めてしまった。
「僕、お金持っていないけど、アランからたくさん干し肉貰っちゃったよ」
お茶もスープも……どうしよう……。
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