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第一章 冒険者に拾われた僕
12 互いを知る……けれど、たくさんの秘密もある
しおりを挟む僕は冷めかけたスープの飲み干してカップを返す。受け取ったアランは、「お前、幾つだ?」と聞いてきた。
「八歳。風待ち月、夏に至る満月の夜に生まれたって」
「へぇ……もっとチビガキかと思った」
「酷い! アランこそ何歳なのさ」
「十六だそうだよ」
「……十六? なんだ……もっと大人かと思った。アランも子供じゃないか」
「あぁん? 俺はお前の倍は生きてんだぞ」
睨み返される。
だから僕は慌て小さな天幕の中に逃げ込んだ。擦り切れた毛布を頭までかぶって、顔だけ出す。アランは焚き木の前から動かず、火を絶やさないよう新しい枝を足した。
「いきなり腕を掴まれて、怖かったんだろ?」
ぽつり、とアランが言う。
だから僕は頷いた。
「うん……」
「また腕を掴まれたら噛み付けよ」
「もう乱暴に掴まないでよ」
「さぁ、時と場合によるからな。もうやらないっていう約束はできねぇ」
こちらに背中を向けるアランがどんな顔をしているか分からない。
だから、僕はその大きな背中を見つめながら言い返した。
「約束……できないなら、また噛む」
「そうだ。それでいい。簡単に他人を信用するな」
どうしてそんなことを言うのだろう。
誰かに、騙されて来たのだろうか。
「僕は……アランのことも……信じちゃ、ダメ?」
「あぁ?」
「アランは他人じゃ、ないよ」
ちら、と僕の方に顔を向ける。
影になって表情はよくわからない。だから怒っているのかどうかも分からないけれど、僕は続けて言う。
「名前を知っているし、歳も知った。死にかけた傷を負ったことも知って、それから……流れの冒険者で力持ちなのも知ってる。鼻も利いて、道の無い草原だって歩ける」
「サシャ」
「それからお宝が好きで……えぇっと、他には……目立つのが嫌い?」
道々染めてきた僕の髪は、すっかり緑がかった茶の苔色に染まった。指先も同じ色で、これも簡単には消えないんだろうな……と思ったりする。
「ねぇ、アランのことも信じちゃダメ?」
「信じすぎない方がいいな」
ふい、とまた背中を向けてしまった。
僕は大きく息を吐いて、ちろちろと燃える焚き木の炎と大きな背中を見つめる。
――アランは不思議な人だ。
すごく乱暴で、言葉も悪いし人使いも荒い。最初、盗賊かと思ったぐらいだもの、全然優しくない。今も時々、怖いと感じる。
けれどふと……時々、言葉にできない寂しさが見える。
家族の話を聞かない。
僕が話せないから話してくれないのか……それとも、居ないのか。
大怪我をして修道院で暮らしていた……ということは、家族はいないのかも知れない。それか、とても遠い所に住んでいて会えないのか。
寂しく……無いのだろうか。
寂しく……。
森での暮らしが遠い昔のことのように思える。
思い出せば哀しみがあふれて来るのに、今は……悲しむ余裕も無いほど疲れた体に、僕は瞼を閉じる。
うとうとと……少し手を伸ばせば届く距離に、大きな背中を見つめながら。
大丈夫だ。
僕のそばにはアランがいる。
そう思うと体中の力が抜けて、僕は眠りの中に落ちていく。明日もまたいっぱい、歩かなくてはいけない。この背中を追いかけるようにして。
今夜の夢にアランは出てくるだろうか。
夢の中でなら、アランに聞けるだろうか……。
僕らは……家族になれるだろうか……と。
母さまの言葉が蘇る。
――生き延びて、そして心から愛する人を見つけるのです。
その人は……どこに、いるのだろう。
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