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第一章 冒険者に拾われた僕

11 傷痕

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 逃げたくて、力いっぱい噛み付いた。
 ふと、口の中にアランの血の味が蘇ってきそうで、僕はまだ熱いスープに口をつける。アランの身体はあちこちが傷だらけだけれど、だからと言って、相手を傷つけていいわけじゃない。

「それ……」
「あん?」
「痕……残っちゃうかな……」

 僕の視線の先を見て、アランがふんと鼻を鳴らす。

「こんな程度、子猫に噛まれたのとかわらねぇよ」
「でも痛かったでしょ?」
「あぁ、痛くて痛くて、夜の間ずっと泣いていたな」
「うそ」
「ああ、嘘だ」

 そう言ってまた笑う。
 もぅ……僕は本気で心配しているのに、直ぐにからかうんだから。

「ちゃんと手当てしないと、治りが遅くなっちゃうんだよ」
「そんなお上品な身体じゃないから、放っておいても死なねぇよ」
「でも……」

 言いよどむ僕に、アランは顔を向けて、じっと見つめた。
 僕はカップを両手て握ったまま、何を言われるかと身構える。と、不意にアランは簡易鎧を外したかと思うと、薄汚れたシャツの襟を大きく開いた。

「……っ!」

 しっかりと鍛えられた筋肉。その首の付け根から左肩の辺りに、ひどく引きった古い傷がある。まるで刃物で切り付けられたようだ。いや……火傷だろうか。
 薄暗い焚き火と灯りの精の灯火と、月明かりだけではハッキリ見えない。
 でもあんな傷……僕がうけたら絶対に死んじゃう。

「ろくすっぽ治りもしないうちに、何度も切りつけられたって肩は動いている」

 そして次は腹をめくり上げる。右胸の辺りから脇腹まで、肉を抉ったような傷がある。その赤黒い傷痕を目にして、僕は思わず地面に座ったまま膝を立て口を手で覆った。

「こいつはカドラドスに喰われた時の物だ。毒のある邪竜……知ってるだろ? 大人でも一飲みにしちまう大型の魔物だ。こいつの毒にやられたら十日の間苦しみぬいて死ぬ。だが、俺は生き延びた」

 シャツを着直して、アラン新しい枝を焚き木にくべる。

「さすがに一ヶ月は枕から頭を上げられなかったし、一人で歩けるようになるまで半年かかった。けれど今、俺はちゃんと冒険者として戦えるまでに回復している。サシャに噛まれたぐらい、子猫どころか羽虫みたいなもんだ」
「今も、痛む……の?」
「あぁん? まぁ、調子の悪い時はな」
「無理しちゃ……ダメだよ……」

 血の気が引く思いで口にする。
 そんな僕を見てか、アランはガシガシと頭を掻いた。

「そんな顔するなよ。怯えさせるために見せたんじゃねぇぞ」
「分かってる……」
「俺は人より身体が頑丈で回復も早いし運もいい。周りの奴らが死ぬような状況でも、生き延びてきた。信じられないって言うならもっと見せようか? 背中も脚も似たようなモンがいっぱいあるぜ」
「もういいよ!」

 怒ったような声で言い返すと、アランはふんと鼻を鳴らして返した。

「運がいいのは本当だ」

 ぽつり、と視線を小さな炎に向けて呟く。

「さっきの邪竜の傷を喰らった時は、近くに腕利きの冒険者がいて直ぐに毒抜きと応急処置を受けられた。更に一年の間、スラヴェナ聖教の修道院で養生もできたんだ」

 言葉を切る。
 その瞳にほの暗いものを感じながらも、僕は目が離せない。

「……俺は、自分のことを不死身だとは思ってねぇ。不死身だとは思っていないから、死ぬ時が来たら死ぬだろう。けれど何度も死にそうな場面で生き延びてきたのは、俺がいずれデカいことをやらかす役目があるからだ」
「アラン……」
「神や守護英霊を信じてるわけじゃないが、死神に嫌われているのは確かだ。お前もそうだろう? サシャ」

 じっと僕を見つめ返す。
 突然襲って来た盗賊。燃える森。強い魔法を持った大人たちが次々と殺され、父さまと母さまも亡くなった。
 盗賊たちから逃げ延びたとしても、森の中やこの広大な草原で行き倒れてもおかしくなかったのに、アランと出会った。そして今、温かい飲みものと雨露をしのぐ最低限の寝床がある。

 ――僕は今、ここで生きている。

「死神に嫌われてるなら堂々と生きていけばいい。自分はきっと将来大物になるから、死の方が逃げていくんだってな」
「僕は……」
「噛み付ついたことから、ずいぶん話がれたな」

 急に余計な話までしたというようにアランが視線を外した。
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