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第一章 冒険者に拾われた僕
01 生き延びなさい
しおりを挟む樹々の焼ける匂いがする。
逃げ惑う人の中で僕を抱きかかえた父さまから血の匂いがして、僕は必死にシャツを握りしめていた。一度後ろを振り返った母さまが、「もぅ、これ以上は……」と声を漏らす。
父さまがよろめいて、抱き上げられていた僕は枯草の上に投げ出された。
「あなた! サムエル、大丈夫?」
「ぼ、ぼくは……平気……」
肩で大きく呼吸を繰り返す、父さまの顔が苦しそうに歪んだ。
背中には刺さったままの矢が何本も見える。
「僕、走るよ! 自分で!」
「……いや……」
血に濡れた銀糸の髪の向こうから、濃い紫の瞳が僕を見つめた。
「隠れるんだ……サムエル」
「でも……」
「奴らはどこまでも追って来る。子供をさらって他は皆殺しにするつもりだ」
少し離れた場所にも、息絶えた親子がいた。
子供の背格好は僕と同じくらい……あれは、リボルおじさんとレオだ。開いた瞳が白く濁り始めている。僕の顔が恐怖に引きつる。母様の方を見ると、苦し気な表情で頷いた。
母様の金の髪にも血はついていて、淡い水色の瞳から涙が溢れる。
「すぐそこのオークの根元にある洞に身を隠しなさい。よく隠れんぼで使っていたでしょう?」
僕がどこに隠れていても、父さまと母さまは直ぐに僕を見つけてしまう。魔法が使える父さまは森の樹々の声を聴くことができて、だから、僕の隠れ場所は全部すぐにバレてしまうんだって……。
僕はいやいやをするように首を横に振る。
「あの洞は小さいから僕しか入れないよ! 父さまも母さまも一緒に隠れるなんて、できない!」
「あなた一人だけ、隠れるのです」
母さまは毅然とした声で言った。
「危険が去るまで、そこでじっとしているのです。あの者たちが去ったなら、森を出なさい。サムエルの名前は捨てるのです」
「どういう……こと?」
「この森のことも何もかも忘れ、誰にも語らず、生きていくのです」
母さまの手のひらが僕の頬を包む。
「大丈夫、あなたは強い。精霊の加護もある」
「嫌だ……」
「生き延びて、そして心から愛する人を見つけるのですよ」
僕の腕を取り、オークの根元にある洞へと僕を連れて行く。僕一人がぴったりとおさまる大きさの穴に押し込められると、後ろから父さまが呪文を唱えた。と同時に目の前に見えない壁ができて、僕は洞から出られなくなる。
「嫌だ! 置いて行かないで! 父さま! 母さま!」
見えない壁をどれほど叩いてもびくともしない。僕は解除の呪文を唱えるが、父さまの魔法の方が強くて壁は消えてくれない。
母さまはリボルおじさんに「ごめんなさい」と呟いて、死んだレオをまるで自分の子供のように抱きかかえると、よろめく父さまに肩を貸す。そしてもう一度だけ僕の方を振り向いてから、父さまと一緒に森の奥へと歩き始めた。
「嫌だ! 嫌だ、嫌だ! 僕も連れて行って!」
悲鳴のよう叫ぶ僕の声は聞こえているはずだ。
それなのに、もう父さまも母さまも僕の方を振り向いてくれなかった。どんどん小さくなっていく二人の後ろ姿を見つめながら、僕は声が嗄れるまで叫び続ける。
「お願い、僕も……連れて行って……一人に、しないで……」
森の樹々が焼かれていく。
父さまの魔法の守りで、僕に炎の熱は届かない。だから、目の前の光景はまるで夢の中のように見えた。
昨日まで、平和で幸せな毎日だったんだ。
レオと魚釣りの競争をしたり、木登りをしたり、楽しいことばかりだった。母さまから歌を教えてもらって、父さまからは弓矢を習った。八歳の僕にはまだ難しくて、ウサギ一匹捕まえることが出来なかったけれど。
それなのに……。
突然森の奥に現れた盗賊たちは、小さな村を焼いて片っ端から奪い始めた。父さんたちは魔法や弓矢で応戦したけれど、一人、また一人と殺されていった。
老人や子供を含めて、十数人がひっそりと暮らす小さな集落だ。
皆、やられてしまうのはあっという間だった。
夜になり、夜が明けて、陽が西に傾く頃になってやっと父さまの魔法は消えた。
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