【完結】魔法師は騎士と運命を共にする翼となる

鳴海カイリ

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迷宮の中へ

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 わずかに湿った空気をまとう迷宮の空気は、何度訪れても好きになれない。
 埃やカビ臭さ。獣の匂い。そして血の匂い……。

 故郷の山で暮らしていた時、魔物や野獣から身を守るためには音や気配ばかりでなく、匂いも重要な手がかりだった。風が流れれば匂いの変化で、危険な物との距離を計ることができる。
 だから空気の流れが無いような淀んでいる場所は、それだけで緊張する。

「魔物はいないかなぁ~」

 のんきな声を上げて、モーガンと第六の騎士が呟く。
 続く片翼の魔法師も気楽な足取りでいる。今回は討伐が目的ではない、という話と、事前の打ち合わせから適当なところで終わらせて迷宮を脱出するつもりでいるのだろう。
 仲間としてつるむ二組は、どちらも地方領主の子息だ。モーガンと同じように何年か騎士団に所属すれば、故郷に戻りのんびりと領主として暮らすことになる。

 もちろん領主として領民を守る意識が全くないわけではないが、自分が先頭に立って戦う必要は無い。
 そんな心づもりが手に取るように分かるのだから、エヴァン様やダニエル様たちも当然気づいているだろう。時々目が合うたびに、苦笑いで返される。

 ため息をつく。

 モーガンと契約を解消できない以上、私も考え方を改めた方がいいのかもしれない。
 私は……人々のために国を護る魔法師ではなく……モーガンの、奴隷なのだと。




 ふ、と嫌な気配に顔を上げた。
 魔物だ。
 今私たちのいる場所は、やや広さのある薄暗い廊下。あちこちに脇道が伸びて、前後左右、どこから奇襲されてもおかしくない地形だ。
 まだ気配に気づかない前方モーガンたちに対して、数歩後ろからついてきていたエヴァン様達は既に気配を察知し、戦闘態勢に入っていた。もちろん試験の一部である今回の遠征で、彼らから警告を発することはない。

「モーガン様、魔物の気配です」

 杖を構え、警戒した私の声にモーガンたちは立ち止まり振り向いた。
 そして「やっとか」という顔で、剣を抜き始める。

「何体だ?」
「おそらく数は十体以上。足音と気配から、大型の魔物ではありません」
「ゴブリン系か?」
「おそらく……」

 微かに、キーキーと鳴く声が聞こえる。
 私はすぐさま体力や攻撃力増強、防御強化の魔法をかける。同時に、後方のエヴァン様たちにも防御魔法が必要かと思い振り向くと、リオンが「僕らには必要ない」と手で合図した。

 私が補助をする必要がないほど、第一や第二の方たちは完璧に整えられている。
 それは敵が片手で殲滅できるような弱い相手であっても、決して油断はしないという表れのように見えた。

 実際、最初に遭遇した敵は弱くても、その気配に釣られてより上位の魔物が現れたり、時には上位の魔物が先発隊として利用している場合もある。
 ある程度、使い捨ての魔物で襲わせて人間側の体力を削ったところに、本陣が襲い掛かるというかたちだ。
 そういった敵の戦法も、今までの戦いの中で経験してきたのだけれど……。

「わぁあ! デカいのが来たぞ」

 予想した通りゴブリンとの戦いの半ばに現れた数体のオークを見て、第六の仲間が声を上げた。
 もう一人の魔法師が防壁を巡らせる。
 間違いでは無いけれど、魔法攻撃をしてこない相手には魔力の無駄遣いだ。そう思う私の予想通りに、さっそく一人の魔法師が魔力切れを起こした。
 彼は元々、魔力が豊富な方ではない。
 片翼の騎士が魔法師の防御に徹しし始めたため、残りの敵を私たちともう一組だけで対処することになった。

 呼吸を合わせうまく合わせ連携すれば、倒せない相手ではない。けれど残るもう一組は、私たちの様子を見るエヴァン様たちの助力を期待して、集中を欠いている。
 これは……長引きそうだ。
 私の魔力も、多く残っていないのに。
 そう、思った瞬間。

「危ない!」

 リオンの声が響いた。
 オークが投げつけた巨大な岩が柱を砕き、私たちの方に倒れてきた。とっさに皆に防御壁をかける。轟音が響く。
 その隙を狙っていたかのように、モーガンが私の耳元で命じた。

「セシル、今だ。気配を消せ。離脱するぞ」
「え……!?」
「さっさとやれ!」

 強い口調で命じられ、私は私とモーガン、そばにいたもう一組の仲間に気配消しの魔法をかける。と同時にモーガンは私の腕を取り、脇道に向かい走り始めた。
 通路にはまだ数体のゴブリンやオーク、魔力切れを起こした第六の一組と、エヴァン様たちを残して。

「モーガン様!」
「残りの敵なら、第一の奴らが倒すだろ」

 確かに彼らなったあっという間に殲滅できるだろう。
 けれど、そうではない。
 本気で……本当に、仲間を置き捨てて戦線離脱するなんて。

 とんでもないという思いがあるのに、私はモーガンの腕を振り払えない。
 片翼を置き捨てて、戻ることができない。




 もう一人の魔法師が魔物のいない道を示し、私たちは迷宮の奥へ奥へと入っていった。
 そこで適当に時間を潰し、先ほどの魔物が倒されただろう頃合いを見て、迷宮を脱出するという。迷宮の外に設営した本陣に戻ったなら、適当な理由をつけて報告するのだろう。
 私には……なんと言っていいのか言葉が見つからないのだけれど。

 モーガンたちは「うまくいったな!」と笑いながら、湧き水のある場所まで来て腰を下ろした。
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