魔法師は騎士と運命を共にする翼となる

鳴海カイリ

文字の大きさ
上 下
14 / 25

探ってみるか【ダニエル】

しおりを挟む
 

 呟いた言葉に、俺は思わず顔をしかめた。

「気づいたか?」
「ふふん、ダニエル・アシュクロフト公爵様の片翼、このリオン・エイミスが気づかないわけないだろ?」
「前に一回使ったことあるもんな」
「その話はやめてぇ~!」

 まだガキだった頃、好奇心から手を出して二人で大変なことになった。
 早々に、長兄クリフォードに見つかり、アシュクロフト家に仕えていた魔法師の解毒で大事には至らなかったが、後でこっぴどく叱られた。以来、二度と手を出していない。
 もちろん、両親や真面目なエヴァン兄上には内緒の話だ。

「しかし……だとすると、良くないな」
「うん、常習性もあるしあまり繰り返し使うと心を壊す。どうせこんな場所で手に入れるなら、粗悪品だろうし……」

 リオンが嫌悪感を露わにして呟く。
 王都といえど極悪な奴らはいる。民を食い物にして、金を稼ぐような悪党だ。それらを取り締まるのは町の自衛団だが、団の中にも悪事に手を染めている者はいる。人が多ければ、全てを監視管理できない。

 そしてリオンは、そういった悪党共に苦しめられてきた庶民の出だ。
 今はエイミス侯爵家の養子となり貴族の位を持っているが、人々を守りたいという気持ちは人一番強い。俺が、家族の他に誰よりも信頼する魔法師だ。

「媚薬を求めているのは、セシル本人かそれとも片翼の騎士か……」
「モーガンだっけ? セシルの片翼は、評判悪いそうじゃない」
「ああ、第六騎士団の中でも何度かいさかいを起こしているらしい」

 違う所属のため詳細までは知らないが、どうもトラブルが多いらしい。田舎で自由奔放、我がまま放題に育ってきた貴族にはよくある話で、騎士団の規律に耐えられないというものだ。

 陛下直属の騎士団はただの名誉職じゃない。
 命がけで国や民、そして王家を守護する者たちだ。
 紳士としての教養や礼儀正しさ、誠実さ、何より正義の心を求められる。
 四六時中、品行方正でいろとは言わないが、少なくとも悪事に手を染めるような奴は追放となる。

「下町に移り住みたい……なんて言うのは、ヤバい事に手を出しやすいってのもあるんだろうね」
「……ああ、団の寮に居ては媚薬など所持できないからな」

 これは早く手を打った方がよさそうだ。

「エヴァン様は本気なの? あの、セシルに」
「本人はまだ無自覚かもしれないがな。腹の中から一緒だった双子の弟の直観だ。兄上はきっと、セシルを自分のものにしたがるだろう。これは……クリフォード兄上や母上も動くぞ」
「だったから、決まりだね」

 すくっと、まるで重さを感じさせない動きで、リオンは馬の背に立った。
 馬も慣れたことだから驚く様子を見せない。

「セシルの身辺を詳しく調べてみるよ」
「気をつけろよ。新人とは言え相手は魔法師だ、どんな反撃があるか分からない。ヤバいやつらに操られている可能性もある」
「もちろん、慎重に」

 そう言って俺の方に向かって身を屈め、額にキスをする。

「まずは使い魔で見張らせて、ボクは町の人たちの証言を集めるよ。諜報は得意だからね」
「頼りにしてるぜ。俺はモーガンの身辺を」
「ダニーこそ返り討ちに合わないでよね」

 ふふっ、と愛らしい顔で微笑んでから、影に溶けるように消えた。
 リオンお得意の魔法だ。この力のおかげで、あいつに探れないことなどない。とはいえ……相手が魔法師ともなれば反撃だってあるだろう。絶対の安全は無いからこそ慎重に事を運んでくれと願い、俺は団の方に馬を向けて足を速める。
 モーガンが所属する第六騎士団は、数日前の討伐から戻り今は休暇中のはずだ。
 それでも志を高く持つ者は、既に自主的な訓練に参加している。その中にモーガンは居るか居ないか。

「居ない、だろうな」

 居れば顔を拝んでやるさ。
 あの控えめな眼差しで微笑む魔法師を、苦しめる騎士など王都には要らない。


   ■


 ダニエル様と別れ粗末なアパートのドアを開けると、そこにモーガンの姿は無かった。

 思わず、ほっと息をつく。
 私の片翼の騎士なのに、居ないことで安心するなんて……。
 パートナーとして良いことではない……と思っても、媚薬を使われた昨晩を思い出すと、どうしても気を張ってしまう。何より公爵様の馬で帰ってきた姿を見られでもしたなら、どんな追求があるか分からない。
 追求だけで済めばいいのだけれど……。

「何も……悪いことはしていない……」

 そう、やましいことはしていないはずだ。
 私の身を案じて送ってくださっただけで、ダニエル様は部屋の中に入りもせずお帰りになった。だから、ここまで気を張る必要などないのに。

 私の中で、何かが変わり始めている予感がする。

 今まですべて自分一人の力で乗り越えてきた。
 痛みも苦しみも、悲しみも。
 頼る者などどこにもいなかった。

 片翼のモーガンは仕える相手であって、頼る人ではない。だからこそ……。


 あんなに優しく、大切にされるなんて……。


 窓辺の机に本を置いて、外套を椅子の背にかける。
 この窓からアパートの前が見下ろせる。薄暗く汚れた狭い道に、馬とダニエル様の姿は無い。もう……お帰りになったのだろう。

「ずいぶん遅い帰りだな、セシル」

 突然の声にびくりとして振り向いた。
 そこには、バスルームのドアに寄りかかる半裸のモーガンがいた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
勢力争いに負けた異国の貴族の子供であるレイナードは、人質としてアドラー家に送り込まれる。彼の目的は、内情を探ること。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイどころか悪役令息続けられないよ!そんなファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 真面目で熱血漢。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。 受→レイナード 斜陽の家から和平の関係でアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

処理中です...