魔法師は騎士と運命を共にする翼となる

鳴海カイリ

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探ってみるか【ダニエル】

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 呟いた言葉に、俺は思わず顔をしかめた。

「気づいたか?」
「ふふん、ダニエル・アシュクロフト公爵様の片翼、このリオン・エイミスが気づかないわけないだろ?」
「前に一回使ったことあるもんな」
「その話はやめてぇ~!」

 まだガキだった頃、好奇心から手を出して二人で大変なことになった。
 早々に、長兄クリフォードに見つかり、アシュクロフト家に仕えていた魔法師の解毒で大事には至らなかったが、後でこっぴどく叱られた。以来、二度と手を出していない。
 もちろん、両親や真面目なエヴァン兄上には内緒の話だ。

「しかし……だとすると、良くないな」
「うん、常習性もあるしあまり繰り返し使うと心を壊す。どうせこんな場所で手に入れるなら、粗悪品だろうし……」

 リオンが嫌悪感を露わにして呟く。
 王都といえど極悪な奴らはいる。民を食い物にして、金を稼ぐような悪党だ。それらを取り締まるのは町の自衛団だが、団の中にも悪事に手を染めている者はいる。人が多ければ、全てを監視管理できない。

 そしてリオンは、そういった悪党共に苦しめられてきた庶民の出だ。
 今はエイミス侯爵家の養子となり貴族の位を持っているが、人々を守りたいという気持ちは人一番強い。俺が、家族の他に誰よりも信頼する魔法師だ。

「媚薬を求めているのは、セシル本人かそれとも片翼の騎士か……」
「モーガンだっけ? セシルの片翼は、評判悪いそうじゃない」
「ああ、第六騎士団の中でも何度かいさかいを起こしているらしい」

 違う所属のため詳細までは知らないが、どうもトラブルが多いらしい。田舎で自由奔放、我がまま放題に育ってきた貴族にはよくある話で、騎士団の規律に耐えられないというものだ。

 陛下直属の騎士団はただの名誉職じゃない。
 命がけで国や民、そして王家を守護する者たちだ。
 紳士としての教養や礼儀正しさ、誠実さ、何より正義の心を求められる。
 四六時中、品行方正でいろとは言わないが、少なくとも悪事に手を染めるような奴は追放となる。

「下町に移り住みたい……なんて言うのは、ヤバい事に手を出しやすいってのもあるんだろうね」
「……ああ、団の寮に居ては媚薬など所持できないからな」

 これは早く手を打った方がよさそうだ。

「エヴァン様は本気なの? あの、セシルに」
「本人はまだ無自覚かもしれないがな。腹の中から一緒だった双子の弟の直観だ。兄上はきっと、セシルを自分のものにしたがるだろう。これは……クリフォード兄上や母上も動くぞ」
「だったから、決まりだね」

 すくっと、まるで重さを感じさせない動きで、リオンは馬の背に立った。
 馬も慣れたことだから驚く様子を見せない。

「セシルの身辺を詳しく調べてみるよ」
「気をつけろよ。新人とは言え相手は魔法師だ、どんな反撃があるか分からない。ヤバいやつらに操られている可能性もある」
「もちろん、慎重に」

 そう言って俺の方に向かって身を屈め、額にキスをする。

「まずは使い魔で見張らせて、ボクは町の人たちの証言を集めるよ。諜報は得意だからね」
「頼りにしてるぜ。俺はモーガンの身辺を」
「ダニーこそ返り討ちに合わないでよね」

 ふふっ、と愛らしい顔で微笑んでから、影に溶けるように消えた。
 リオンお得意の魔法だ。この力のおかげで、あいつに探れないことなどない。とはいえ……相手が魔法師ともなれば反撃だってあるだろう。絶対の安全は無いからこそ慎重に事を運んでくれと願い、俺は団の方に馬を向けて足を速める。
 モーガンが所属する第六騎士団は、数日前の討伐から戻り今は休暇中のはずだ。
 それでも志を高く持つ者は、既に自主的な訓練に参加している。その中にモーガンは居るか居ないか。

「居ない、だろうな」

 居れば顔を拝んでやるさ。
 あの控えめな眼差しで微笑む魔法師を、苦しめる騎士など王都には要らない。


   ■


 ダニエル様と別れ粗末なアパートのドアを開けると、そこにモーガンの姿は無かった。

 思わず、ほっと息をつく。
 私の片翼の騎士なのに、居ないことで安心するなんて……。
 パートナーとして良いことではない……と思っても、媚薬を使われた昨晩を思い出すと、どうしても気を張ってしまう。何より公爵様の馬で帰ってきた姿を見られでもしたなら、どんな追求があるか分からない。
 追求だけで済めばいいのだけれど……。

「何も……悪いことはしていない……」

 そう、やましいことはしていないはずだ。
 私の身を案じて送ってくださっただけで、ダニエル様は部屋の中に入りもせずお帰りになった。だから、ここまで気を張る必要などないのに。

 私の中で、何かが変わり始めている予感がする。

 今まですべて自分一人の力で乗り越えてきた。
 痛みも苦しみも、悲しみも。
 頼る者などどこにもいなかった。

 片翼のモーガンは仕える相手であって、頼る人ではない。だからこそ……。


 あんなに優しく、大切にされるなんて……。


 窓辺の机に本を置いて、外套を椅子の背にかける。
 この窓からアパートの前が見下ろせる。薄暗く汚れた狭い道に、馬とダニエル様の姿は無い。もう……お帰りになったのだろう。

「ずいぶん遅い帰りだな、セシル」

 突然の声にびくりとして振り向いた。
 そこには、バスルームのドアに寄りかかる半裸のモーガンがいた。
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