魔法師は騎士と運命を共にする翼となる

鳴海カイリ

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私の主人となる人 ※

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 薄暗い部屋に、たったひとつの小さな明りが灯っていた。
 窓辺に置かれたロウソクの明りが、私と彼の影を大きく伸ばしている。
 日の暮れた窓はぴったりと閉じられて、外の様子を知ることはできない。けれど春の終わりの心地いい季節、通りではこれから飲みに行こうとする人々が陽気な声をあげているだろう。

「おい、もっと力を抜けよ」

 一人で眠るには広くとも、二人で乗るには狭いベッドの上で、男の冷たい声が降る。
 私はうつぶせになりながらシーツを握りしめ、短く息を吐いて力を抜くように努めた。けれど、何度繰り返されても慣れることは無い。

 男が――私のパートナーであるモーガン・イングリスが背中から覆いかぶさるようにして、耳元で囁いた。

「セシル、お前のあるじは誰だ?」

 いら立ちを隠しもせず低く言う。
 私はもう一度息を吐いてから、かすれた声で答えた。

「モーガン……様、です……」
「そう、俺だよな。その俺が力を抜けを言っているんだぜ。入らねぇだろ。それとも……」

 ふ、と鼻で笑う。

「乱暴にやってくれ、っていうことか?」
「ちが……」
「だったらさっさとヤれるようにしろよ。できないなら、お願いするんだ」

 いつもの、この展開すら楽しんでいるように鼻で笑い続けながら言う。

「いつもの薬で気持ちよくしてくれ……って」

 彼が使う媚薬はとても強くて、完全に抜けるには数日かかる。
 その間、体はほてり続けうずく気持ちを抑え続けなくてはならない。浄化の魔法を使えば少しはましになるが、魔力をとても消費する。そんな状態で万が一戦闘招集がかかっては、魔法師としての務めを果たせなくなってしまう。
 そのことは、彼も分かっているだろう。

「どうなんだ? 乱暴にされたいのか薬で気持ちよくなりたいのか。俺はお前に選ばせてやっているんだぜ。優しいからな」

 分かっていて言うのだから、しばらく戦いは無いのかもしれない。
 それどころか休暇をもらって、この部屋にこもるということだろうか。
 私は、彼の公私を共にした唯一のパートナーであるはずなのに、彼の予定を何も知らされていない。いつも突然出かけ、突然帰ってきて、思うがままに扱う。

 それも仕方のないこと。彼は地方領主の伯爵令息で、私はどこの誰とも知らない旅人が連れていた子供なのだから。

「き……気持ちよく……して、ください」
「最初からそう言えばいいものを」

 ギシリと音を立てて彼がベッドから降りる。
 私は硬く瞼を閉じて、唇を噛む。

 ずっと昔、行き倒れた旅人のそばにいた私を、山あいの村人が見つけ保護した。
 旅人は私の名前を伝えただけで息を引き取ったという。見かけから親子のようではなかったことから、どこかで見つけ拾ったのか、それても盗んできたのか……。どちらにしろ素性の知れない私を手厚く保護するのに、村はあまりに貧しかった。
 当時、村に来た人買いに売ってしまおうという話もあったという。

 それでも捨てられず、売られずにもいたのは、私に魔法の力があったせいだ。
 王都の騎士団の手がなかなか届かない辺境では、魔物や野獣の被害は深刻だ。ぎりぎりのところで自衛しながら生きていた村人は、私の魔法を当てにすることで引き取り、育てることにしたのだという。

 それから……村はずれの小さな小屋で最低限の食事と寝床を与えられ、一人で暮らしてきた。魔法の技術は、時々村を訪れた商人や旅人、魔法師から学び育った。
 私の魔法はほぼ独学だったため大きな力は無かったが、多くの魔物を退くことができた。やがて私の噂は地方領主、イングリス伯爵家の耳に止まることとなった。
 伯爵家には王家の騎士を目指す令息、モーガン――今、私と共にいる彼がいた。

「ほら、もっと腰を上げろよ」

 うながされ、私は彼の言葉に従う。

 彼は私のパートナー、対となる者。
 魔法師は戦う騎士のすべてをサポートし、騎士は魔法師を護る。
 運命を共にする片翼として。
 そして騎士は魔法師と契約してはじめて、一人前とされる。

 彼が王都の騎士団に入るためには、魔法師が必要だった。
 たとえそれが家族もなく、身分も何もない者だったとしても。

 私には恐れ多いことだ。
 野山に捨てられそのまま死んでも仕方がないような者だというのに、伯爵令息のひざ元に置かせていただいているのだから。
 初めて私を必要としてくれて嬉しかった気持ちもある。
 心からお仕えしようと決めたはずだ。だから……不平や不満など口にしてはいけない。
 そう……思うのに……。

「ふ、う……ぅ」

 彼の指が私の奥深くに入り、体の内側に媚薬を塗りこめていく。
 意思に関係なく、体がほてりうずき始めてくる。

 うつ伏せの私には彼の顔が見えない。それでもどんな表情かわかる。舌なめずりをしながら、悶える私を見下ろしているのだと。

「さぁて、じっくり楽しませてもらおうか……」

 笑いを押し殺す声で、彼が深く入り込んできた。
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