【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第5章 この腕に帰るまで

177 魔王リク

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 季節は初夏から夏の盛りへと移り変わっていく。
 元の世界なら、酷暑という言葉通り、湿気と熱でゆっくり休んでなんかいられない時期なのだけれど、この世界……もとい、このアールネスト王国の聖地、ヘイストンの気候は穏やかだ。

 朝早くから窓を大きく開けて、薄い絹地のカーテンをひく。
 ゆらゆらと揺れるそよ風を感じながら眩しすぎない部屋のベッドの上で、召使いの人たちが用意してくれた朝食を頂く。
 柔らかなパンと、鶏のようなさっぱりした塩茹での肉。少し甘くしたスクランブルエッグ。豆やイモ類。生野菜と果物、ブイヨンが効いている深みのある味のスープ。
 ひとつひとつの量は多く無いけれど、すっごい、贅沢ぜいたくだ。

 最初は寝室の隣にある部屋で食事を取っていた。
 でも、酷い魔法酔いの中、無理に動き回った反動で昏々こんこんと眠り続けるヴァンが心配で、気をきかせてくれた召使いたちが寝室に小さなテーブルとイスを用意してくれた。
 やがてヴァンが意識を取り戻してからは、一緒にベッドの上にトレイを置いて食べるようになったのだけれど……。最初はベッドを汚しそうで、すごく慣れなかった。それでも手の上げ下げすら億劫がるヴァンに食事を食べさせている内に、そんな食事も普通のことになってしまったから不思議だ。

 小さな子供みたいで恥ずかしい……と思いながら、とにかくヴァンのそばに居たくて。

 ゆっくり休めばヴァンは回復する。
 その為に、ジャスパーを始めとした上級の治癒術師がこまめに様子を見に来てくれていた。それでもこのまま目を覚まさなかったらどうしようと、不安でならなかった。
 七日ほど経ってやっと目を覚ました時は、思わず泣いてしまった。
 そのまま泣き疲れて眠るまで、ヴァンはずっと俺の肩や頭を撫でてくれていた。

 今、首の守りの魔法石は力の殆どを使い果たし、俺の手元に無い。
 王宮の奥深く、魔法石を休ませる聖地でしばらく眠らせておくのだという。その間、昼は元クリフォードの護衛の二人がついて、夜はどこからともなく現れる黒いライオンの姿の魔獣、カタミミがずっと見守ってくれていた。
 ヴァンが動けなくても俺の守りは堅い。
 だからそう言う意味では心配することは無かったのだけれど……。

「リク様、お迎えにあがりました」

 ゆっくり取った食事を終えた頃、杖をついたマークが顔を出した。
 俺はヴァンの前に置いていた食器のトレイを持って、続いて入室してきた召使いに渡す。それも本来は全部やってくれるのだけれど、何となく手伝いたくなるのは俺のクセだ。

「おっ、全部食べましたね」
「残したらもったいない」
「食欲が戻ったのはいいことです」

 ニッと明るく笑うマークの横で、召使いがにこやかにたずねる。

「魔王様、デザートはどちらにお持ちしますか?」
「え? あぁ……」

 そっか、食後にデザートもあるって言っていたっけ。
 体調が悪くないのに、あんなに美味しいご飯を残すなんてできない。
 そんなことを以前口にしたら、「魔王様は食べ物を大切にされて、調理師たちを労って下さった」と城の人たちに並んでお礼を言われてしまった。
 中には「魔王様のお口に合うとは、感無量です」と涙まで流されて困った。

 ――そう、あのストルアンを捕らえた一件以来、俺はローランド国王陛下に命名された「魔王」と……呼ばれるようになってしまった。恥ずかしい。

 いやまぁ確かに、あれだけの魔物を操るのは……なかなか無いこと、だろうけれど、けど……でも、魔王はやめて。そもそも王じゃないし。ただの一般市民だし。ちょっと魅了の力があるだけの。
 襲われたらあっという間にさらわれるような、かなりのへたれだし。

「リク様……」
「あ、いや……これから、ルーファス殿下やナジームさんとお話があるんだよね?」
「はい、既に西の執務室でお待ちです」
「わぁ……じゃあ急がないと……ヴァン」
「うん、行っておいで」

 マークにこれからの予定を聞いてから、ベッドの上で上半身を起こしてくつろぐヴァンに振り返る。もう部屋の中を歩けるぐらいにヴァンは回復したけれど、まだ無理はしないで一日の大半をベッドの中で過ごしていた。
 その間、大結界の経過報告などを聞いて来て伝えるのも、俺の役目だ。
 本人たちは直接ここまで言いに来てもいいと言っていたのだけれど、寝室にまで仕事の話は持ち込みたくないとヴァンが嫌がったというのもある。
 それにそうでもしないと俺も部屋から一歩も出ない……というのもあって、半ばリハビリ代わりに仕事を任された。

「デザートは戻ってからでも……いい?」
「もちろんでございます。どうぞいってらっしゃいませ、魔王様」
「あぅぅ……」

 ヴァンが肩を震わせて笑っている。
 俺はとりあえず軽く身なりを整えると、マークに続いて部屋を出た。背後にはナジームさん並みに大柄で厳つい顔の護衛がついている。




 マークは……あの命を落としてもおかしくないほどの大怪我から復活した。
 とはいっても完全では無くて、片足を軽く引きずるようになった。内臓損傷の治癒を優先したため、足の方の治療が遅れたのだという。
 もう、以前のようには走れない。
 護衛……としては働けなくなったという彼に、俺は頼み込んで側仕えになってもらった。彼の記憶力や様々な場面での機転、それに明るい性格が、ついつい落ち込みがちな俺にとって無くてはならない人になっていたからだ。

 すでに日常生活なら支障が無いぐらいに回復したけれど、念のためにと杖を手にしている。俺の視線に気づいたのか、マークは杖を軽く掲げてそっと耳打ちした。

「これ、アーヴァイン様が新しく贈って下さった杖なんです」
「だよね? 柄の部分にある魔法石、すごい力を感じる」
「緊急事態に備えて、直ぐに報せが行くようになっています。魔力が無くて魔法が使えない俺でも扱える魔法具ですよ」
「へぇぇぇ……」

 ずっとベッドで休んでいたのに、いつの間に手配したのだろう。
 感心している俺に、マークがにやっと笑う。

「実はそれだけじゃないんです。ほら……」

 言って、くっと角度をつけて柄の部分を引くと、中からレイピアのように細く鋭い刃が現れた。

「仕込み杖です」
「す、すごぉい、カッコイイ!」
「リク様もこういうの、好きですか?」
「好きって言うか、武器とか、カッコイイよ!」
「やっぱりリク様も男の子ですねぇ」
「……マーク、俺を何だと思ってる……」
「ゴホン」

 背後の護衛が咳払いした。
 周囲に人はいないとはいえ、こんな廊下で武器の仕掛けを見せるなとたしなめたのだろう。俺たちは並んで肩をすくめる。
 マークは刃をしまい、何事も無かったように歩き出した。

「兄貴のようには走れませんが、まだまだ護衛としても働けますよ」

 明るく笑うマークに俺はほっと胸を撫で下ろす。
 俺を守るのが役目で、その務めを果たしたからこその怪我だと分かっていても、申し訳ないという気持ちが消えることは無い。

「そういえば……ザックは……今、どうしている?」
「それは、ナジーム様に直接お伺いするといいですよ」

 そう言って、マークは執務室のドアを開けた。






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