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第5章 この腕に帰るまで
174 魔物を統べる者と偉大な大魔法使い
しおりを挟む聖地ヘイストンから西の大森林地帯の地下には、アールネスト王国が誕生する遥か昔から存在していた、広大な迷宮がある。
すでに誰がどんな目的で築き上げたのかも、明確に伝えられていないほど古い。
伝承では世界を作り上げた神々が、戯れに築いた地下宮殿だとか箱庭であるとか……様々な話で残っている。
そしてそれらの話の終わりは、決まってこういった言葉で締めくくられるという。
魔物を統べる王が現れるその時まで、迷宮に魔物は湧き、永き闇の中で待ち続けている……と。
人々はそれを、偉大な大魔法使いが現れる予言だと思っている。そう……俺はヴァンから聞いた。
偉大な大魔法使い。
その言葉に当てはまる人物は、一番近くで俺を守り続けてくれるアーヴァイン・ヘンリー・ホール、その人しか思い浮かばない。けれどいつだったか、ヴァンは「僕ではないよ」と短くこぼしていた。
『僕は魔物と戦うことはできても、支配することはできない。それができるとするならば、想像を超えるような魅了の力を持った者ではないだろうか……と僕は最近、思うようになってきた』
『魅了……の力?』
『そう。例えるのなら、人や獣や魔物ばかりでなく、魔法石すら魅了する力を持った異世界人……とか』
そう言って俺を見つめ、ヴァンは微笑んだ。
コントロールを覚えていけばいくほど、俺は動物だけじゃく、魔物すら命じて動かせるようになっていった。
一生一度見ることができれば幸運だと言われる聖獣ウィセルと遊んだり、人には決して服従させられない狂暴な魔物を使役したり……。
カタミミもそうだ。
ゲイブですら厄介だと言う魔物は、俺が魔法の訓練をするようになってから度々迷宮の奥から現れて、遠くから見守るようになっていた。そして今回、俺の危機を察知して、遠いヘイストンの地まで駆けつけて来た。
だとしても、俺が全ての魔物を統べる王だなんて……思えない。
王になりたい……なんてことすら思ったことも無い。
そんな身分は要らない。けれど……大切な人たちを守るために、力は必要なのだと知った。
「追い詰めた……そのまま、地上へ追い出せ」
魔物たちが見ているもの、聞いているものがイメージとして俺の中に流れ込んでくる。
「ヴァン、来る……!」
「攻撃は全てかわす、リクはそのまま使役を」
「うん!」
言うと同時に大森林の一角から土煙が上がり、すさまじい勢いで影が飛び出してきた。
ストルアンだ。
続いて幾つもの翼を持った魔物が後を追う。
魔物は通常、光を嫌う。嫌うが光の下で動けなくなるわけじゃない。ベネルクの郊外の森で魔物に襲われた時のように、絶対に逃さないと狙いをつけた獲物がある時は別だ。
倒しても倒しても、次々と湧いて襲い掛かる魔物を捌き切れず、地上に逃れたストルアンは、そこで待ち構えていた俺たちに気づいたのか……不意に飛行の向きを変えた。
と同時に飛来してくる火球。
俺を背中から抱え込むヴァンから、「ふ……」と笑う息遣いが聞こえた。
「――っ!」
ぐぅぃいん、と地面が動いた……ように感じたほど急激な飛行で、飛来する火球をかわす。思わずヴァンの腕にしがみ付く俺。
逃れた先にも火球が撃ち込まれるも、それすら余裕でかわしていく。
ストルアンは魔物に追われながら、炎と更に風を鋭い刃に変えた攻撃を向けてきた。
遠目にも、ストルアンの醜く歪んだ表情が見える。
「無駄なことを」
ヴァンが囁く。
左腕で俺を抱えたまま右手を伸ばし、すぅぅ……と横に薙いだ。
瞬間、俺の目の前三メールほどの場所に張り巡らされた透明な壁に、火球も風の刃も遮られる。顔を引きつらせるストルアン。
その隙を狙い、雲間から飛来する――多足の不気味な虫に大きな羽をつけたあの魔物がストルアンに襲い掛かっていった。
この国では滅多に見ない魔物だが、大結界再構築の際に入り込んだ群れの内の数体が、討ち落とし切れずに生き残っていた。
首に守りの魔法石を付けていた時は、それらの動きを鈍くさせるだけにとどまっていたが、今は違う。俺は魅了の魔力を、魔物の魂……核となる魔法石に魔力を叩きつけた。
「俺の声が聞こえるなら、奴を、ストルアンを捕らえろ!」
「ギシャアアア!!」
叫び声を上げながら、ストルアンに飛びかかっていく。
それを必死の飛行と火球で避けるが無駄だ。火も水にも強く、硬い外殻は簡単に鏃を通さない。唯一の弱点の雷で撃ち落とさない限り。
「おのれえぇぇええ!!」
ストルアンが叫んだ。
雷を呼ぶため、辺りに厚い雲が集まり出す。見る間に薄暗くなっていく中で、大気を震わせる雷鳴が響き始めた。
その瞬間、ヴァンの右手が俺の頭を庇う。
一撃の巨大な落雷。
どぉん、と大気が震え、帯電する気配に肌が痺れる。
ヴァンが咄嗟に防御を張ったんだ。
直撃を受けた魔物は地上へと落ちていく。
「無事か? リク」
「大丈夫」
答えた次の瞬間には、未だ空中に留まるストルアンが魔法石を周囲に散らし、詠唱を始めていた。
大技が来る。
一瞬顔をひきつらせた俺の後ろで、次の攻撃を読み取ったヴァンが鼻を鳴らした。
「星落としか。たわい無い……」
ヴァンが周囲に魔法石を振りまく。
それは地上に落ちることなく、まるで最初からその位置に並べていたかのように、魔法円を描き始めた。それも巨大な円を二重、三重に重ね、俺たちを中心に展開していく。
密度の濃い魔力に、うぉん、うぉん、と唸りを上げる。
俺は頭上を見上げた。
そこには……。
巨大な隕石……か!?
目算でも数百メートル近くある、巨大な岩石が地上目がけて迫ってくる。
俺の脳裏を、まるで走馬燈のように、かつての世界の記憶が蘇った。
自由研究で読んだ本にあった文字。
四、五メートル以下の隕石は殆どが大気圏で燃え尽きるが、それを越えると地上に被害をもたらす。仮に空中で爆発しても窓ガラスが割れるほどの衝撃波を発し、数十メートルほどで核爆弾以上の爆発になる。
百メートルを越えれば街ひとつが消滅すると書いてあった。
更に、八百メートルを越えれば地球規模の影響となる……。
今……迫る隕石は、聖地ストルアンだけの被害に留まらない巨大さだ。
思わず俺は背後のヴァンを見上げる。
――ヴァンは、口元に笑みを浮かべていた。
「星をも砕く結界術……その目に焼き付けるがいい」
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