上 下
185 / 202
第5章 この腕に帰るまで

174 魔物を統べる者と偉大な大魔法使い

しおりを挟む
 


 聖地ヘイストンから西の大森林地帯の地下には、アールネスト王国が誕生する遥か昔から存在していた、広大な迷宮がある。
 すでに誰がどんな目的で築き上げたのかも、明確に伝えられていないほど古い。
 伝承では世界を作り上げた神々が、たわむれに築いた地下宮殿だとか箱庭であるとか……様々な話で残っている。
 そしてそれらの話の終わりは、決まってこういった言葉で締めくくられるという。


 魔物をべる王が現れるその時まで、迷宮に魔物は湧き、ながき闇の中で待ち続けている……と。


 人々はそれを、偉大な大魔法使いが現れる予言だと思っている。そう……俺はヴァンから聞いた。
 偉大な大魔法使い。
 その言葉に当てはまる人物は、一番近くで俺を守り続けてくれるアーヴァイン・ヘンリー・ホール、その人しか思い浮かばない。けれどいつだったか、ヴァンは「僕ではないよ」と短くこぼしていた。

『僕は魔物と戦うことはできても、支配することはできない。それができるとするならば、想像を超えるような魅了の力を持った者ではないだろうか……と僕は最近、思うようになってきた』
『魅了……の力?』
『そう。例えるのなら、人や獣や魔物ばかりでなく、魔法石すら魅了する力を持った異世界人……とか』

 そう言って俺を見つめ、ヴァンは微笑んだ。
 コントロールを覚えていけばいくほど、俺は動物だけじゃく、魔物すら命じて動かせるようになっていった。

 一生一度見ることができれば幸運だと言われる聖獣ウィセルと遊んだり、人には決して服従させられない狂暴な魔物を使役したり……。
 カタミミもそうだ。
 ゲイブですら厄介だと言う魔物は、俺が魔法の訓練をするようになってから度々迷宮の奥から現れて、遠くから見守るようになっていた。そして今回、俺の危機を察知して、遠いヘイストンの地まで駆けつけて来た。

 だとしても、俺が全ての魔物をべる王だなんて……思えない。

 王になりたい……なんてことすら思ったことも無い。

 そんな身分は要らない。けれど……大切な人たちを守るために、力は必要なのだと知った。




「追い詰めた……そのまま、地上へ追い出せ」

 魔物たちが見ているもの、聞いているものがイメージとして俺の中に流れ込んでくる。

「ヴァン、来る……!」
「攻撃は全てかわす、リクはそのまま使役を」
「うん!」

 言うと同時に大森林の一角から土煙が上がり、すさまじい勢いで影が飛び出してきた。
 ストルアンだ。
 続いて幾つもの翼を持った魔物が後を追う。
 魔物は通常、光を嫌う。嫌うが光の下で動けなくなるわけじゃない。ベネルクの郊外の森で魔物に襲われた時のように、絶対に逃さないと狙いをつけた獲物がある時は別だ。

 倒しても倒しても、次々と湧いて襲い掛かる魔物をさばき切れず、地上に逃れたストルアンは、そこで待ち構えていた俺たちに気づいたのか……不意に飛行の向きを変えた。
 と同時に飛来してくる火球。
 俺を背中から抱え込むヴァンから、「ふ……」と笑う息遣いが聞こえた。

「――っ!」

 ぐぅぃいん、と地面が動いた……ように感じたほど急激な飛行で、飛来する火球をかわす。思わずヴァンの腕にしがみ付く俺。
 逃れた先にも火球が撃ち込まれるも、それすら余裕でかわしていく。
 ストルアンは魔物に追われながら、炎と更に風を鋭いやいばに変えた攻撃を向けてきた。

 遠目にも、ストルアンの醜く歪んだ表情が見える。

「無駄なことを」

 ヴァンが囁く。
 左腕で俺を抱えたまま右手を伸ばし、すぅぅ……と横にいだ。
 瞬間、俺の目の前三メールほどの場所に張り巡らされた透明な壁に、火球も風の刃もさえぎられる。顔を引きつらせるストルアン。
 その隙を狙い、雲間から飛来する――多足の不気味な虫に大きな羽をつけたあの魔物がストルアンに襲い掛かっていった。

 この国では滅多に見ない魔物だが、大結界再構築の際に入り込んだ群れの内の数体が、討ち落とし切れずに生き残っていた。
 首に守りの魔法石を付けていた時は、それらの動きを鈍くさせるだけにとどまっていたが、今は違う。俺は魅了の魔力を、魔物の魂……核となる魔法石に魔力を叩きつけた。

「俺の声が聞こえるなら、奴を、ストルアンを捕らえろ!」
「ギシャアアア!!」

 叫び声を上げながら、ストルアンに飛びかかっていく。
 それを必死の飛行と火球で避けるが無駄だ。火も水にも強く、硬い外殻がいかくは簡単にやじりを通さない。唯一の弱点の雷で撃ち落とさない限り。

「おのれえぇぇええ!!」

 ストルアンが叫んだ。
 雷を呼ぶため、辺りに厚い雲が集まり出す。見る間に薄暗くなっていく中で、大気を震わせる雷鳴が響き始めた。
 その瞬間、ヴァンの右手が俺の頭を庇う。
 一撃の巨大な落雷。
 どぉん、と大気が震え、帯電する気配に肌が痺れる。
 ヴァンが咄嗟とっさに防御を張ったんだ。
 直撃を受けた魔物は地上へと落ちていく。

「無事か? リク」
「大丈夫」

 答えた次の瞬間には、いまだ空中に留まるストルアンが魔法石を周囲に散らし、詠唱を始めていた。
 大技おおわざが来る。
 一瞬顔をひきつらせた俺の後ろで、次の攻撃を読み取ったヴァンが鼻を鳴らした。



「星落としか。たわい無い……」



 ヴァンが周囲に魔法石を振りまく。
 それは地上に落ちることなく、まるで最初からその位置に並べていたかのように、魔法円を描き始めた。それも巨大な円を二重、三重に重ね、俺たちを中心に展開していく。
 密度の濃い魔力に、うぉん、うぉん、と唸りを上げる。
 俺は頭上を見上げた。
 そこには……。

 巨大な隕石……か!?
 目算でも数百メートル近くある、巨大な岩石が地上目がけて迫ってくる。

 俺の脳裏を、まるで走馬燈のように、かつての世界の記憶が蘇った。
 自由研究で読んだ本にあった文字。
 四、五メートル以下の隕石は殆どが大気圏で燃え尽きるが、それを越えると地上に被害をもたらす。仮に空中で爆発しても窓ガラスが割れるほどの衝撃波を発し、数十メートルほどで核爆弾以上の爆発になる。
 百メートルを越えれば街ひとつが消滅すると書いてあった。
 更に、八百メートルを越えれば地球規模の影響となる……。

 今……迫る隕石は、聖地ストルアンだけの被害に留まらない巨大さだ。

 思わず俺は背後のヴァンを見上げる。

 ――ヴァンは、口元に笑みを浮かべていた。


「星をも砕く結界術……その目に焼き付けるがいい」





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

欲情列車

ソラ
BL
無理やり、脅迫などの描写があります。 1話1話が短い為、1日に5話ずつの公開です。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

処理中です...