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第4章 たいせつな人を守りたい

132 キス、好きだよね ※

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 ホテルのスイートのような部屋に戻ると、そこには迎える召使いと一緒に食事からお風呂、部屋着まで完璧に準備されていた。 
 手を貸しながら先にヴァンが湯あみをして、俺も埃だらけの身体を洗って出る。くつろいだ格好に着替えたヴァンは、ソファでジャスパーに魔力の調整を受けていた。その表情を見れば大丈夫そうだ。

「うん、悪くないな。今回は軽いだろ?」
「そうだね。大抵は一日目から歩くのも辛いところだけれど、今回の魔法酔いは想像以上に軽い」
「リクのおかげなんだろうな」

 ヴァンに答えたジャスパーが俺の方をチラリと見る。
 俺は濡れた髪を拭きながら、柔らかなルームシューズをぺたぺたと鳴らして二人のもとに駆けよった。

「ヴァン、調子いい?」
「あぁ、今回は吐かずにすみそうだな」
「吐く……」

 魔法酔いの典型的な症状の一つ。
 頭痛と吐き気、めまいに倦怠感。発熱。強引に強い魔法をかけられたり、自分の限界を超える強い魔法を使い続けた時に出るもの。
 一昨年、俺を心配して身体を休めずに急ぎ帰宅したヴァンが、その状態だった。

 便利な魔法にはリスクもあるのだと言って、決して無理をしてはいけないと何度も言われた。そのリスクを負ってでも、ヴァンはこの国を護る大結界を再構築しなければならない。
 辛い仕事でも、あんな恐ろしい魔物を防いでいるのだと思うと、辞めるわけにはいかないと俺でも分かった。

「ヴァン、気持ち悪くなったらすぐに言ってね」
「もちろんだよ、リクも」
「俺?」
「魔物の動きを封じるために、ずいぶん魅了を使っていただろう?」

 お見通しだよ、という顔でヴァンが微笑む。
 頷くジャスパーは俺の魔力の流れを見るために、額とうなじに手を当てた。俺のケアをするためだからか、首の守りの魔法石はジャスパーを弾くような反応はしない。

「んー……ちょっと、上がり気味かな」
「俺、まだそんなに気持ち悪くは……ない」
「けどハイテンションになっていた自覚はあるだろ? 無理するなよ」
「う……」

 最初は加減しながら力を使っていた。けれど俺の魅了が思った以上に魔物の動きを妨害する効果が高いと分かって、夢中になっていたかもしれない。

「ほい、リクの調整も終わり。ま、明日の昼過ぎまでまた二人でゆっくりしなよ」
「うん……」

 俺が風呂に入っている間に、クリフォードは部屋に戻ったみたいだ。ザックとマークはそれぞれ隣の部屋で控えている。従者を連れたジャスパーも、「何かあればすぐに呼べよ」と言葉を残して部屋を後にした。
 今まではヴァンの体調にすぐ対応できるようにと、召使いが一人か二人、ずっと部屋に常駐していたらしいけれど今年は俺一人だ。

「おいで……」

 ヴァンが手を伸ばす。
 俺は嬉しさを隠せない気持ちで、ヴァンがくつろぐソファに膝をついた。

「僕たちを守るためにたくさん働いてくれたね。安心して背中を預けられた」
「……俺に出来る範囲のことだよ。でも、嬉し……」

 照れ隠しするように笑う。
 ヴァンの親指が俺の唇のをなぞるの合図に、そのまま引き寄せられるようにして唇を重ねた。
 柔らかくて、優しい……そしていつもより少し体温の高い、熱い唇。

「ヴァン……ん……」

 この優しいキス……好きだ。
 舌でめちゃくちゃにされる激しいキスも好きだけれど、俺のこと、とても大切にしたいって気持ちが伝わってくる……おだやかなキス。

 瞼を閉じて、啄ばむようなキスを繰り返す。
 ヴァンの手が俺の腰や背中に回って、この捕まえられている感がたまらなく安心する。俺も両手の平でヴァンの頬をそっと包んだ。

 頭痛とか……無いといいな。

 ……これから休むのに熱いと、寝苦しいよね。

 手のひらを少し冷やすぐらいの魔法なら、石が無くてもできるかな……。

 キスを繰り返しながら、ほんの少し、一度が二度ぐらいの感覚で指先を冷やす。そのまま首筋とか頭の後ろを包み込んでいく。熱っぽい時に冷やしてると心地いい場所。
 ヴァンが気持ちよさそうに声を漏らす。
 瞼を開くと、鼻先が触れるほどの近くに綺麗な緑の瞳があった。

「……キスをする時の顔、とても可愛いね」

 カッ、と顔が熱くなった。

「……ヴァン、もしかして見てた?」
「もちろん。こんなに可愛い顔を見ないなんて、もったいない」

 は……恥ずかしすぎる。
 いや、いつも見られているような感覚はあったけど……まさか、ガン見されていたなんて。俺、どんな顔でいたのかと思うと、恥ずかしさで死にそうだ。

「キスする時は目を閉じてよぉ……」
「嫌だ」
「そんな……じゃあ、お、俺も見るぞ!」
「どうぞ」

 ぐっ、と肩や背中を抱きしめられてそのまま深いキスが来る。
 舌が絡まってなぶられこすられ、くらくらする思いでヴァンを受け入れると、もう、目なんか開けていられない。

「んんっ、ん……ぅ、ん……んっく……ぅ」

 溢れる唾液が口の端を伝って流れ落ちそうで、思わず喉を鳴らした。
 そんな俺を見てから、ヴァンは満足そうに唇を離す。長い間じゃなかったのに、俺の息はあっという間に上がってしまった。
 もう……ヴァンは魔法酔いの状態じゃなかったのかよ。

「リクはキス、好きだよね」
「う……ん……」

 好き。
 額とか頬とか、ヴァンとこんなふうに抱き合う前からずっと唇のやさしさを感じていて、キスしたい……って思っていた。
 いつでもできる関係になってから毎日しているのに、もっと欲しいと思うぐらい気持ちいい。

「ヴァンとのキス、好き……」
「他の奴とのキスなんか許さないよ」
「あ、当たり前だ」

 少し怒った声で言うと、微笑み返された。
 そしてまたキスを繰り返す。
 食事して少しでも早く休まなくちゃ、と思うのに、肩や背中に回した腕を解いてくれない。ヴァンも……俺以上にキス、好きなんじゃないかな……って思うとなんだか可笑おかしい。

「俺の唇は、ヴァンだけのものだから……」

 誰にも触らせない。
 この身体も、心も、全部、全部、ヴァンのものだ。



 そう思う俺に、あんな呪いをかけられるなんて……この時は想像もしていなかった。





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