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第4章 たいせつな人を守りたい

114 ひとりの夜更け ※

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 薄く開いた窓から、初夏の夜風が流れ込む。
 俺は「うぅ……ん」とくぐもった声を漏らして寝返りを打った。

 今夜、大魔法使いのアーヴァインことヴァンは、ゲイブのギルドの冒険者たちと、この街の地下道の更に下にある迷宮の探索に出ている。俺が十八で成人したあの日から、初めての一人の夜だ。
 耳元で「リク……」と俺の名前を囁く人は今、居ない。

 この一ヶ月近く、ヴァンは朝も昼も夜もずっと一緒に居てくれた。
 視線が合えばキスをして、指が触れれば抱き合う……という。どろどろに、それこそ蜂蜜みたいに甘い時間を過ごして、つい先日、ヴァンの実家でのお披露目会を終えたばかりだ。
 次は毎年の勤めでもある大結界再構築の仕事が、ヴァンには待っている。
 これだけは絶対に外すことができない。
 同時に、この街の地下にある迷宮の、魔物を狩る仕事も本来なら外すことはできない仕事だ。
 それなのにヴァンは、「リクの方が大切だから」とか「他にも魔物を封じる冒険者はたくさんいるよ」と言って、家にいてくれた。

 耳元で「そばで、ずっと触れていたいんだ」と甘く囁きながら抱き寄せられたら、それだけで俺の自制は簡単に飛んでしまう。

 触れるだけの優しいキスも、貪るようなキスも、ちょっと意地悪な焦らすようなキスも全部が甘くて、飽きるということを知らない。ヴァンに触られる全部の場所が、熱く痺れるように気持ちよくて、切なくなる思いといっしょにとろけてしまう。
 ヴァンもそれは同じなのだと、俺が大人になるまで手を出さずに我慢していた反動だというけれど、きっとそれだけじゃない。

「今夜は、嫌な夢……見ないといいな……」

 何故かヴァンに抱かれて眠った朝は、元の世界の夢をよく見た。それも子供の頃に住んでいた団地の薄暗い廊下や部屋の悪夢で、真っ暗な穴に落ちたり、知らない腕に捕まえられたりする。
 怖くて苦しくて、死にそうな思いでもがく。
 もがきながらきっと、うなされてもいるのだと思う。そんな時はいつもヴァンが起こしてくれたから、俺は夢なのだと安心して、また優しい腕の中で眠ることができた。

 成人してようやくヴァンの役に立てると思ったのに、俺の弱い心が足を引っ張るのは嫌だな……と思う。ジャスパーから、辛い記憶に向き合えるようになったからだよ、と言われていても。
 だから俺のことは心配しないで、迷宮の探索にも行ってきてよとヴァンの背中を押した。
 大結界再構築の仕事が始まったら、一ヶ月以上帰って来られないのだから。

 俺の戦闘熟練度では、魔物の力が弱まる昼間ならまだしも、夜の探索はまだ危険すぎる。一緒に行くにはもっと鍛錬を積んでからじゃないとダメなんだ。

「うぅん……やっぱり、眠れない」

 ダブルサイズぐらいのベッドは、俺の身体が小さかった頃こそ広く感じていたけれど、背が伸びた最近はちょっと狭いかな……と思う。
 いや、狭いならくっついて眠れるから不自由は感じていないんだけれどさ。
 それが……今日は広すぎる。
 最近、姿を見せなくなっていた守りの聖獣ウィセルが珍しく現れて、さっきまで枕元で遊んでいたけれど、今はまたどこかに行ってしまった。そうなると……しん、とした部屋の静けさを余計に感じてしまう。

 俺はのそり、と起きて、ヴァンが子供の頃から愛用していたというブランケットを手に、ベッドに戻った。

 ばふっ、と頭からブランケットを被って大きく深呼吸をする。
 柔らかな肌触り。
 あたたかい気持ちになる色合いと――。

「ふふっ……ヴァンの、匂いだ」

 微かな汗と薬草というか香草のすごくいい香りと重なって、世界に一つだけの、すごく安心できる匂いになる。
 って……俺、やっぱり変だよね。
 成人男性の匂い――と言ってもヴァン限定だけど、そんな匂いで嬉しくなるとかどんな性癖をしているんだろう。でも……気持ちいいと思う感覚はごまかせない。

 そう言えば昔、似たようなことあったな……。

 ヴァンが大結界再構築の勤めに出て、一ヶ月近く一人で留守番していた頃のことだ。
 まだ自分に魅了の力あるとか知らないうえに、ヴァンのことが大好きでも、それが恋愛感情的な好きという自覚も無かった。
 寂しくて、寂しくて、切なくて、ヴァンの匂いから手のあたたかさや感触を思い出そうとしていた。

 背中をさする指。
 抱きしめる腕。
 ……囁く、低く甘い声。

 耳に触れる熱い吐息や、髪を梳く優しい動き。額に触れる唇……。

「んっ……」

 あ……やばい、俺の変なスイッチ、入ったかもしれない。

 胸の奥がじんじんと痺れてきて、身体の芯に熱がこもり始める。切なくて、胸が詰まる感覚と、甘い記憶と、力が抜けていくような気怠さ……。

 自分で慰めることって……ほとんどやったことがないから、な。

 そんなふうに思いながら、俺は自分の指先を胸の方へと持っていく。
 ぷっくりと主張している胸の尖りを触ってみても、あぁ……自分の胸だな、と感じるだけで、特に気持ちいいとは思わない。乳首で感じる人は、自分で触っても気持ちよくなるのかな……。

 俺では感じないのに……ヴァンが指先で触れたら、ほんの少しの刺激でも背筋まで甘く痺れて気持ちよくなってしまう。
 舌で転がして、甘く噛む。

「……ふ……」

 息や触れる髪が……少しくすぐったくて、ヴァンも興奮しているのかな……と思うと、たまらなく嬉しくてぞくぞくする。

「ヴァン……んん……」

 そろそろと下肢の方に手を持っていく。
 ゆるく芯を持ち始めている俺がいる。

 もぞ、とひざを丸めて、ゆっくり呼吸を繰り返した。
 肩を抱くヴァンの腕を、背中を撫でてくれる手のひらを想像してみる。
 優しい声で「リク……」と囁く、軽くかすれた低い声を……思い出してみる。あの唇で、肉厚な舌で、俺のものを舐めて、絡めて、口の奥まで咥えて飲み干してくれた夜を……。

「んっ、ぁ……ヴァ、ン……」

 びく、と身体が震えた。





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