【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第3章 成人の儀

106 護衛として

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 ストルアン・バリー・ダウセットを見送った俺は、小さくため息をついた。
 豪華な調度品に囲まれて、きらびやかな衣装や贅沢ぜいたくな料理を出されても、簡単に気を許してはいけない場所だ……ということを、改めて再認識させられた。
 ヴァンがこれでもかと守りを施していたのも、決して大げさじゃなかったということ。

「毒だなんて……万が一、死んじゃったりしたらどうするんだよ」
「まぁ、時にはそういうこともあるけれど、そこまで本気なら徹底的に返り討ちされる覚悟もしているだろうし。こういった場では悪戯いたずらに留めるのがマナーかな」
「そんなのが……マナーとか……」

 甥っ子のクリフォードは全然気にしている様子が無い。
 食事に薬や毒を盛られても、それを「ちょっとの悪戯」程度に捉える感覚が俺には分からない。やっぱり俺は、庶民の暮らしの方が好きかも。
 そう思う心を見透かすように、クリフォードは冷ややかな視線を向けて来た。

「ある程度の地位にある者なら、多少の手出しは自衛してしかるべきだからね。むしろそれで相手の力量を探ったりもする。罠にはまる方がマヌケだといわれかねない。アーヴァイン叔父様が暮らしてきたのは、そういう世界だよ」
「うん……」

 ヴァンと一緒に居たいのなら、あざむき合う貴族の世界のことも知っていかなければならない。
 ……そう思っても、いろいろなことが一度に起りすぎて、頭の中がいっぱいいっぱになり始めている。

「成人したとはいえリクは少し特別だからね。今しばらくは叔父様に守ってもらうより仕方がない。その点でも、リクの護衛君はまずまずの評価かな」

 そばで控える護衛のザックとマークに視線を向けた。
 ザックがグラスを取り上げなかったら、今頃俺はどうなっていたのだろう。数歩離れた場所で手を出さずに見守っているゲイブは、「よしよし」という感じで頷き返している。

「二人は本当に頼りになるよ。いろんな人と挨拶したけれど、俺には誰がどのぐらい気をつけなくちゃいけない相手なのか分からないし……それどころか、たくさんいすぎて、もぅ誰が誰だったか覚えきれていない……」

 ヴァンが俺のそばを離れて来賓者と挨拶をしている間、俺の方にもいろんな人たちが挨拶に来た。皆、軽く会話を交わす程度で次々と入れ替わり立ち代わりしていくから、ほとんど名前を覚えていない。

「後で、お披露目会で挨拶した者です……なんて言われても、分からないかも」
「それなら大丈夫ですよ」

 肩を落とす俺に、マークが笑いながら言った。

「リク様に近づいてきた人たち全員の顔と名前、覚えていますから」
「えっ……?」

 自慢げな顔のマークに、俺は目を瞬かせる。

「って、十人とか二十人って数じゃなかったけれど」
「そういうの、俺、得意なんですよね。さすがに使用人の顔と名前はまだ半分くらいしか覚えてないですけど、来賓者は一通り」
「へぇ……確か二人は兄弟だっけ?」

 クリフォードがザックとマークに興味を持ったような顔を向ける。

「はい。ギャレット様のギルドで修錬を積んできました。兄のザックは周囲の動きを読んだり、危機を察知するのが上手くて、俺はそれがどんな奴だったのか覚えているのが得意なんです。剣の技能ばかりじゃないですよ」
「すごい……二人とも、いつの間に……」

 ゲイブの所で日々、いろいろと鍛錬を積んでいたのは知っていたけれど、そんな特技まで伸ばしていたなんて。

「リク様がアーヴァイン様の元で学んでいる間、俺たちも護衛としての技能を伸ばそうと頑張ってたんですよ。いざって時に役に立たなかったら、リク様をずっと守らせてもらえなくなりますから、なぁ? 兄貴?」
「あ……まぁ……」

 視線を逸らしたザックの頬が赤くなる。
 能力も高くてこんなに信頼できる人たちが更に努力していたなんて。もし二人を外すなんてヴァンが言ったら、俺は絶対嫌だって言う。

「大切な友人でもあるんだ。護衛っていうだけじゃなくて、ずっといて欲しい」
「もちろんですよ、リク様!」

 マークがニッと明るく笑う。

「ザックも!」
「……リク様がお望みであれば、俺は、生涯お守りいたします」
「あはは、そんな固く考えないで――」
「来賓者との歓談は落ち着いたかな?」

 やっと緊張がほぐれて来た気持ちで笑い返した時声がした。一瞬、ヴァンかと思って振り向いたそこにいたのは、クリフォードのお父さんでもある、一番上のエイドリアンお兄さんだ。
 何だろう、改めて間近で見るとヴァンに似すぎてドキドキする。

「父上の方は、もうよろしいのですか?」
「ハルに任せてきた」

 あの明るい二番目のハロルドお兄さんと、ヴァンは一緒にいるのか。

「そうでしたか。こちらはあまりに次々と来て煩かったので、てきとうなところで追い返していました」
「そう。リク君は、疲れていないかね」
「え……あ、はい。大丈夫です……」

 十歳以上歳が違うから、見ればヴァンと間違ったりはしないのに、顔つきとか、ふとした瞬間が似すぎていて変に緊張してしまう。というか、将来ヴァンはこんな感じの素敵なイケおじになるのかと思うと、たまらない。
 ヤバイ。どうしよう。
 ……顔がまた熱くなってきた。

「そろそろ、休んだ方がよさそうだね」

 エイドリアンお兄さんが、そっと俺の背……というか腰の辺りに手を添えた。こういう気遣うような仕草もヴァンに似ていて気恥ずかしくなる。

「ヴァンの方の挨拶が終わらなくてね、もう少しかかりそうなんだ。ここずっと疎遠そえんでいたから、貴族たちばかりでなく、昔の学友にも掴まっていてね」
「王都の学院の人たちですか?」

 クリフォードが父親にたずねる。

「そう……彼はひときわ優秀だったから、先輩や後輩たちにも慕われている。今日のことはあちこちに噂が広がっていたようで、リク君への興味もそうだが、ヴァンに会って話を聞きたいとね……ヴァンの所に行きたいかい?」

 エイドリアンお兄さんの視線の先を見ると、さっきから全然減らない人だかりが、入れ代わり立ち代わりで囲っている。
 俺がそばに行けばヴァンは嫌な顔ひとつしないで、皆に紹介してくれるだろう。けれどそれだと周りの人たちが俺を気にして、気軽な話ができなくなる――と、思う。
 少し寂しくはあっても、ヴァンにはヴァンの付き合いを大切にしてほしい。

「いえ、俺はここで」
「そう……」

 また一組、二組と、タイミングを見払っていた来賓者が俺に声をかけて来た。
 さっきはつい「大丈夫」と答えたけれど、うん、やっぱり少し疲れて来たかもしれない。まだしばらく、ヴァンは俺の所に戻って来れないと分かって、気を張り続けているのがしんどくなってきたというか。

 そんな俺にエイドリアンお兄さんは気づいていたらしい。宮殿の主人でもあるヴァンのご両親に挨拶をしてから、一足先に今夜泊まる部屋へと案内された。





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