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第3章 成人の儀

102 王子と騎士と父と兄

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 場が一瞬ざわつくほど、ヴァンの一言は迷いが無かった。
 取り囲む来賓者から、「殿下の望みを退けるとは」と囁く声が聞こえる。一国の王族――それも王位継承二位にある者が「欲しい」と言ったものを渡さないなどあり得ない、という雰囲気だ。
 それでもヴァンの表情は変わらない。

「俺には手懐けられないと」
「さようです」
「見くびられたものだ」
「見くびっているのではございません。真実を申したまで。これは、一筋縄ではいかぬ者です」
「正直に、気に入っているから渡したくないと言えばいいだろう」
「仰せの通りです」

 ヴァンの静かな笑みをのせた表情は変わらない。
 俺は声を挟むこともできずに見守る。王子はちらりと俺に視線を流してから、更に食い下がった。

「もし……強引にでも奪うと言ったなら?」
「アールネスト王国の宝玉であられる殿下と剣を交える気はございません。私はこの者と共に尻尾をまいて、国外へ逃亡するのみです。……無論、陛下や殿下以外の方々には、容赦ようしゃいたしません」

 にっこりと、笑うヴァンにルーファス殿下は目を見開いてから、声を上げて笑った。
 俺は……えぇっと、なんか口喧嘩っぽくなっていたけど、どうにかなった、と解釈していいのかな?

「はははは! いや、参った。俺の負けだ!」
「負けなどと、お戯れを」
「偉大な結界術師であるお前がいなくなっては、この国は滅んでしまう。民を人質に取られてまで、お前の宝に手を出そうとは思わん」

 ホール中に響き渡るほどの声で言ってから、王子は立ち上がった。
 そのままひな壇を下りて、俺の目の前まで来る。背は、俺より少し高い程度であまり変わらない。それでもしっかり鍛えている体つきのせいか、一回りも二回りも大きく見えた。

「澄んだよいをしている」
「あの……」
「アーヴァインを慕っているのだろう?」

 何だろう。この人は嘘を見抜く人だ、と感じた。だったら俺も、下手に取り繕ったりしない。

「一番、好きな人だから」

 一番好きな人。
 俺の全てを捧げてもいいと思える人。
 この人のためなら何でもできる。そして……俺も、強くなれる。

「そうか」

 嬉しそうに笑う。

「確かに、俺では手懐けられないな」

 そう呟いて、取り囲む人たちに声を張った。

「このルーファスが望んでいなとした者を、横からさらおうという不埒ふらちな者は、よもや我が民にはいないだろう。だが……もし、手を出したる者がいたならば、それはルーファスへの侮蔑ぶべつとみるぞ」

 その一言で、来賓者はざっと膝を落とし頭を垂れた。鶴の一声という言葉があるけれど、そんな感じだ。
 ……すごい。本当に王子なんだ。

 ルーファスは一度、宮殿の主でもあるヴァンのお父さんに顔を向け頷いてから、俺の肩をぽんぽんと叩き、会場を後にするように歩き出した。
 お付きのナジーム騎士団長もニヤニヤしながら後に続く。
 ヴァンの横をすれ違う間際、いきなり首をタックルして「今度、詳しく話を聞かせろよ」と囁いてから、ひらひらと手を振り歩いて行った。

 ……すごい。ヴァンに問答無用でタックルできる人なんかいるんだ。
 ヴァンはすごく嫌そうな顔をしながら、礼服の襟元を正した。
 からかうようにジャスパーが声をかけてくる。

「リクの能力もだが、面白いことになったな」
「想定内だよ」
「またまたぁ」

 余裕の表情で答えるヴァンに、肘で突っつくジャスパー。
 ゲイブも腕を組みながら、立ち去った王子と騎士団長の後ろ姿を眺め、鼻を鳴らした。

「周囲への牽制けんせいしては、これ以上のことはないわね」
「大結界再構築の場にリクを連れて行けば、必ず陛下や殿下の目に止まる。この場で先手を打てたのは幸運だったな。父上や兄上を経由して報告してもらう必要も無くなった」

 周囲には、やっぱり腰を抜かしていた人がいたみたいで、使用人やパートナーの手を借りながら壁際へと移動する人たちがいる。
 うん、けっこう力、全開で解放したから。ごめんね。
 心の中で謝る俺に、ヴァンが「気にするな」とでも言うように背中に手を添えた。
 王子の隣で一連の出来事を眺めていたお父さんとお母さんは、ゆったりとひな壇を下りてヴァンと俺の前に立つ。

「なるほど。よくここまで育てたものだ」
「数年を要したのも頷けますね」

 そう言って、俺の方を見る。
 ヴァンが俺を見つけて保護しているという話は、もうずっと前にご両親の耳に入っていた。探りを入れるために、ヴァンのお兄さんの息子――甥っ子のクリフォードが訪ねて来たのは、ちょうど二年前のことだ。
 それからちょくちょく顔を見せては、俺の話し相手にもなっていた。
 今も、一歩離れた場所で余裕の表情をしながら、様子を眺めている。 

「リクにとっては異世界という、何もかもが違う場所に来たのです。生まれ直したと言っても過言ではない」

 ヴァンが言葉を切って、父親に言う。

「未来ある者を育てるのは、何も子を持つばかりではないと、ご理解頂けたでしょうか」
「相変わらず生意気な。未だ妻をめとる気は無いと?」
「リクがいるというのに他に何がいりますか?」

 お父さんが渋い顔をする。
 お母さんは妖艶に笑いながら生意気な息子を見つめた。頑として自分の意思を曲げない子を、もう半ばあきらめているようにも見えなくもない。

「あなた、もう、アーヴァインの好きにさせましょう」
「だが……」
「ホールの血筋を受け継ぐ者たちはおります。アーヴァインばかりに固執するのは、他の子たちにも失礼でありましょう?」

 そう言って、「ねぇ」と一歩離れた場所で見守る、ヴァンの兄や甥っ子たちを見た。
 ヴァンにそっくりなお兄さんは、お父さんと同じように渋い顔をしているけれど、その息子のクリフォードは口の端を上げて笑っている。
 お父さんは一つ大きなため息をついてから、ヴァンに言い捨てた。

「ホール家の名に泥を塗るような真似はするな」
「リクが暮らす、アールネストの護りはお任せください」

 ダメ押しのように言うヴァンに、ご両親は頷いてその場を離れた。
 主催者でもある宮殿の主人として、他の来賓者との挨拶があるのだろう。そして俺は「大事な息子に手を出して!」と叱られるのではと、内心ハラハラしていた予想が外れてほっと息をついた……のだけれど。

「お前か、可愛いヴァンをたぶらかしたのは」

 棘のある声をかけてきたのは、ヴァンにそっくりなお兄さん。
 クリフォードが「父だよ」と紹介した、長兄エイドリアン・グラハム・ホールだった。





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