61 / 202
第2章 届かない背中と指の距離
60 もしかしなくても初恋でしょう
しおりを挟む「すき……?」
思ってもいない言葉に聞き返す。
ちょうどその時、給仕が注文の品を運んで来たのを見て俺は身体を固くした。慣れた様子でザックが対応し、受け取った料理をマークが小皿に取り分ける。
俺の目の前には、香ばしく焼いた肉や野菜がのった皿が置かれた。
店の人が十分離れて階段を借りていくのを見てから、マークは続ける。
「俺と兄貴は魔法が使えない。剣の腕だけが頼りでずっと貧しかったし身分だって低いのに、リク様は全然気にしないで、友達みたいに接してくれたじゃないですか」
「そんなの当たり前じゃないか」
「リク様にはあたりまえでも、俺たちには違うんです」
マークに続いて、ザックが微笑みながら言う。
「護衛は盾でもあります。万が一の際はこの身体で剣を受ける。もちろんそうならないよう、訓練は受けていますし危険な場所に行かないよう注意もしています。ですが……そういう僕らを使い捨てにする主は多い」
「使い捨て……なんて、そんなことするわけない」
「もちろんです。リク様はそうお人柄ではありません。アーヴァイン様やジャスパー様……そしてギャレット様や俺たちに対する、裏表のない誠実な態度が、俺たちには嬉しいんです」
「リク様。魔法としての魅了と、人柄としての魅力は別のものですからね!」
マークが笑う。
以前、ヴァンにもきかれた。「もし、僕に魔法の力が無くて、地位も金も才能も無かったらどうする?」と。
その時の俺の答えは「別にどうもしない」だ。
ヴァンの優しさが嬉しくて。ヴァンのぞにいると安心する。そう……俺は言った。彼の人柄が好きだと。
俺も……好きだ、と。
なんだろう……ひどく、胸が痛い。
「リク?」
ゲイブが、俺の心の底を見通すように笑いながら声をかけた。
「この際、全部吐き出しちゃった方がいいわよ」
「全部……って、何も……」
「いつまでも今の状態を引きずっていられないでしょ?」
ずっと、今のこの変な気持ちのままではいられない。けれどどう、口にしていいのだろう。考えれば考えるほど混乱して、上手く言葉にできない。
上手くは言えなくても……もし、聞いてもらうのだとしたら今を置いて他にない。
「その……」
「うん」
「変なんだ……」
ゲイブが首を傾げる。
「時々……体調がおかしくなる……というか。ひどく胸が痛くなるというか……」
ジャスパーが身体を起こして俺を見る。
俺はもう、感じたこと、あったことを、でたらめに並べて口にする。
「ぞくぞくするとか、熱いとか……他のことを考えようとしてもダメで、頭の中がぐちゃぐちゃで。切なくなったり。それなのに時々すごく安心できて。同時に怖いぐらい不安になったりして。感情とか……そういうのが全部、めちゃくちゃになっている……」
「リク、それって……」
「……ヴァンのこと、考えるだけで変なんだ……」
何が起きているのか理解できない。
悪い病気なんじゃないかな……という気もしている。
「この間ジャスパーに調整をしてもらって、めまいとか、そういう気分の悪さのはずいぶん良くなったんだけれど、こっちの方は全然変わらなくてさ……せっかく、診てくれたのに」
どうにもいたたまれなくて「ごめん」と小さく続ける。
右横で俺を見ていたジャスパーが言葉を失っている。やっぱり、何かよくないものなのだろうか……それ以前に、正直に言わなかったことに腹を立てたのだろうか。
コップを置いて身を乗り出したゲイブが声をかける。
「リク?」
「……なに?」
「あなた初恋っていつ?」
「は……?」
え?
「な……なんで……?」
「いいから、初めて人を好きになったのはいつ?」
テーブルを囲む皆の顔を見渡すと、ジャスパーはまた頭を抱えザックは無表情に俺を見つめ返している。そして左に座るマークは、肉を刺したフォークを持ったまま、ぽかんと口を開けて俺を見ていた。
「そ、それって……今の俺の話と、何か関係があるの?」
「関係ってそのものずばりでしょう?」
「……え、えぇ……?」
カチン、とマークがフォークを置いてから、怒ったような顔で俺の方に向き直った。
「ほんっと分かってないんですか⁉ リク様はアーヴァイン様が好きなんですよ!」
「うん、ヴァンのことは好きだよ?」
「そーじゃなくて! 慕ってるとか尊敬してるとかじゃなく!」
「うん?」
斜め前に座るザックが、困ったような笑みを浮かべながら言う。
「恋愛感情として、アーヴァイン様のことを特別に想っている、ということではないのですか?」
恋愛……感情……?
「えっと……ヴァンは、男、だよ?」
「そうねぇ、そしてリクは男の子よねぇ。でも、ヴァンのことを考えると頭の中とかぐちゃぐちゃになって、胸も痛くなるんでしょう?」
「はぁぁ……乙女だぁぁ……すげぇぇ……しんじられねぇ……」
ゲイブとマークが続けて言う。
俺は軽くコンランしている。
「性別、越えちゃってるってことですよ、リク様っ!」
「本当に無自覚だったのか? けっこう態度でバレバレだったが」
マークに続いてジャスパーがため息交じり呟いた。
「態度でバレバレって……いつ?」
「キスしてほしい、とか」
瞬間、俺の顔がカッと熱くなった。
夏の初めにジャスパーにきいたことがあった話だ。
「だ、だってソレ、挨拶だろ? この世界の!」
「まぁ……挨拶でもあるけれど、誰彼構わずキスしまくることはしないぞ。そういう性癖の奴でもないかぎり。特に同性に対してはな……」
「ヴァンは……髪とかおでことか、ほっぺたとか……する、よ?」
「そりゃああいつは……」
ジャスパーの言葉が止まる。
「……リクを大切にしているからさ」
今の間は何だろう。
戸惑う俺に、ゲイブが続ける。
「まぁ……とにかく、それならいろいろ心当たりがあるでしょう? それとも、そういう風に誰かを好きになったのも初めて?」
にっこり微笑むゲイブに、俺は両手で顔を覆ってうつむく。
分からない。
この世界に来るまでは生きるだけで精一杯だった。明日がどうなるか分からない、何でも自分一人でやっていかなければという不安がつきまとっていた。
唯一親しくしていたのは幼馴染みだれど、好きだったか? ときかれると違う。
同じような境遇なのに、すごく仲のいい親子だった。それが羨ましくて、同時に俺は人に好かれる価値なんかないんだってことを……強く感じるしかなかった。だからいつも、独りなのだと……。
目の奥が熱くなってくる。
ヴァンが、俺を大切にしてくれている。
毎日、穏やかに暮らせる場所と、俺を守るための魔法石と人をつけてくれてた。俺が魅了の影響で、ヴァンをおかしくしないかと避けても、見守ってくれていた。
この世界に残ると決めた時、俺は何でもするし、どんな人間にもなって見せると言った。ヴァンは「リクは、リクのままでいていいんだよ」と言って、指先で俺の涙を拭った。
髪を梳いて額に口付けた。
やさしい声で、「……今のリクも、これから変っていくだろうリクも、どちらも私のたいせつな人だから」と言った。
ヴァンの俺に対するそれは恋愛感情じゃなかったしても、俺を特別に扱ってくれていた。そんなヴァンに対して俺は――。
「初めて……かも……」
初めてなのかも。こんなふうに何もかもがぐちゃぐちゃになるほど、その人のことで頭も心もいっぱいになってしまうのは。しかも一方的な片思いだ。
「……どうしたら、いいんだ……」
ジャスパーが頭を撫でる。
励ましてくれるその仕草はヴァンと同じはずなのに、全然違う。ヴァンが触れると想像しただけで、身体の奥がじくじくと痛む。
瞳が潤んできて、どうしていいか分からない。つらい。
「恋愛って……でも俺男だし、男に好かれても困らせる……よ」
ふつーは好かれるなら、やっぱり女性の方がいんだと思う。柔らかいし可愛いし。ヴァンの隣に並んでもすごく合う。
「好かれるだけなら、イヤな人はいないんじゃない?」
「そんな、思っているだけで済むわけないだろ」
ゲイブが明るく答えたのに、ジャスパーがため息をつく。
「……え? だけ……って?」
「好きになったらいずれ我慢できなくなるだろ……健全な青少年なら」
「それ以前にリクは相手が男でも平気なの?」
「我慢……って、平気って、何が?」
ゲイブにたずねられて聞き返す俺に、ザックが「契りです」と短く答えた。
10
お気に入りに追加
339
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる