【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第2章 届かない背中と指の距離

60 もしかしなくても初恋でしょう

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「すき……?」

 思ってもいない言葉に聞き返す。
 ちょうどその時、給仕が注文の品を運んで来たのを見て俺は身体を固くした。慣れた様子でザックが対応し、受け取った料理をマークが小皿に取り分ける。
 俺の目の前には、香ばしく焼いた肉や野菜がのった皿が置かれた。
 店の人が十分離れて階段を借りていくのを見てから、マークは続ける。

「俺と兄貴は魔法が使えない。剣の腕だけが頼りでずっと貧しかったし身分だって低いのに、リク様は全然気にしないで、友達みたいに接してくれたじゃないですか」
「そんなの当たり前じゃないか」
「リク様にはあたりまえでも、俺たちには違うんです」

 マークに続いて、ザックが微笑みながら言う。

「護衛は盾でもあります。万が一の際はこの身体で剣を受ける。もちろんそうならないよう、訓練は受けていますし危険な場所に行かないよう注意もしています。ですが……そういう僕らを使い捨てにするあるじは多い」
「使い捨て……なんて、そんなことするわけない」
「もちろんです。リク様はそうお人柄ではありません。アーヴァイン様やジャスパー様……そしてギャレット様や俺たちに対する、裏表のない誠実な態度が、俺たちには嬉しいんです」
「リク様。魔法としての魅了と、人柄としての魅力は別のものですからね!」

 マークが笑う。
 以前、ヴァンにもきかれた。「もし、僕に魔法の力が無くて、地位も金も才能も無かったらどうする?」と。
 その時の俺の答えは「別にどうもしない」だ。
 ヴァンの優しさが嬉しくて。ヴァンのぞにいると安心する。そう……俺は言った。彼の人柄が好きだと。

 俺も……好きだ、と。

 なんだろう……ひどく、胸が痛い。

「リク?」

 ゲイブが、俺の心の底を見通すように笑いながら声をかけた。 

「この際、全部吐き出しちゃった方がいいわよ」
「全部……って、何も……」
「いつまでも今の状態を引きずっていられないでしょ?」

 ずっと、今のこの変な気持ちのままではいられない。けれどどう、口にしていいのだろう。考えれば考えるほど混乱して、上手く言葉にできない。
 上手くは言えなくても……もし、聞いてもらうのだとしたら今を置いて他にない。

「その……」
「うん」
「変なんだ……」

 ゲイブが首を傾げる。

「時々……体調がおかしくなる……というか。ひどく胸が痛くなるというか……」

 ジャスパーが身体を起こして俺を見る。
 俺はもう、感じたこと、あったことを、でたらめに並べて口にする。

「ぞくぞくするとか、熱いとか……他のことを考えようとしてもダメで、頭の中がぐちゃぐちゃで。切なくなったり。それなのに時々すごく安心できて。同時に怖いぐらい不安になったりして。感情とか……そういうのが全部、めちゃくちゃになっている……」
「リク、それって……」
「……ヴァンのこと、考えるだけで変なんだ……」

 何が起きているのか理解できない。
 悪い病気なんじゃないかな……という気もしている。

「この間ジャスパーに調整をしてもらって、めまいとか、そういう気分の悪さのはずいぶん良くなったんだけれど、こっちの方は全然変わらなくてさ……せっかく、診てくれたのに」

 どうにもいたたまれなくて「ごめん」と小さく続ける。
 右横で俺を見ていたジャスパーが言葉を失っている。やっぱり、何かよくないものなのだろうか……それ以前に、正直に言わなかったことに腹を立てたのだろうか。
 コップを置いて身を乗り出したゲイブが声をかける。

「リク?」
「……なに?」
「あなた初恋っていつ?」
「は……?」

 え?

「な……なんで……?」
「いいから、初めて人を好きになったのはいつ?」

 テーブルを囲む皆の顔を見渡すと、ジャスパーはまた頭を抱えザックは無表情に俺を見つめ返している。そして左に座るマークは、肉を刺したフォークを持ったまま、ぽかんと口を開けて俺を見ていた。

「そ、それって……今の俺の話と、何か関係があるの?」
「関係ってそのものずばりでしょう?」
「……え、えぇ……?」

 カチン、とマークがフォークを置いてから、怒ったような顔で俺の方に向き直った。

「ほんっと分かってないんですか⁉ リク様はアーヴァイン様が好きなんですよ!」
「うん、ヴァンのことは好きだよ?」
「そーじゃなくて! 慕ってるとか尊敬してるとかじゃなく!」
「うん?」

 斜め前に座るザックが、困ったような笑みを浮かべながら言う。

「恋愛感情として、アーヴァイン様のことを特別に想っている、ということではないのですか?」

 恋愛……感情……?

「えっと……ヴァンは、男、だよ?」
「そうねぇ、そしてリクは男の子よねぇ。でも、ヴァンのことを考えると頭の中とかぐちゃぐちゃになって、胸も痛くなるんでしょう?」
「はぁぁ……乙女だぁぁ……すげぇぇ……しんじられねぇ……」

 ゲイブとマークが続けて言う。
 俺は軽くコンランしている。

「性別、越えちゃってるってことですよ、リク様っ!」
「本当に無自覚だったのか? けっこう態度でバレバレだったが」

 マークに続いてジャスパーがため息交じり呟いた。

「態度でバレバレって……いつ?」
「キスしてほしい、とか」

 瞬間、俺の顔がカッと熱くなった。
 夏の初めにジャスパーにきいたことがあった話だ。

「だ、だってソレ、挨拶だろ? この世界の!」
「まぁ……挨拶でもあるけれど、誰彼構わずキスしまくることはしないぞ。そういう性癖の奴でもないかぎり。特に同性に対してはな……」
「ヴァンは……髪とかおでことか、ほっぺたとか……する、よ?」
「そりゃああいつは……」

 ジャスパーの言葉が止まる。

「……リクをしているからさ」

 今の間は何だろう。
 戸惑う俺に、ゲイブが続ける。

「まぁ……とにかく、それならいろいろ心当たりがあるでしょう? それとも、そういう風に誰かを好きになったのも初めて?」
 
 にっこり微笑むゲイブに、俺は両手で顔を覆ってうつむく。
 分からない。
 この世界に来るまでは生きるだけで精一杯だった。明日がどうなるか分からない、何でも自分一人でやっていかなければという不安がつきまとっていた。
 唯一親しくしていたのは幼馴染みだれど、好きだったか? ときかれると違う。
 同じような境遇なのに、すごく仲のいい親子だった。それが羨ましくて、同時に俺は人に好かれる価値なんかないんだってことを……強く感じるしかなかった。だからいつも、独りなのだと……。

 目の奥が熱くなってくる。

 ヴァンが、俺を大切にしてくれている。

 毎日、穏やかに暮らせる場所と、俺を守るための魔法石と人をつけてくれてた。俺が魅了の影響で、ヴァンをおかしくしないかと避けても、見守ってくれていた。

 この世界に残ると決めた時、俺は何でもするし、どんな人間にもなって見せると言った。ヴァンは「リクは、リクのままでいていいんだよ」と言って、指先で俺の涙を拭った。
 髪を梳いて額に口付けた。
 やさしい声で、「……今のリクも、これから変っていくだろうリクも、どちらも私のたいせつな人だから」と言った。

 ヴァンの俺に対するそれは恋愛感情じゃなかったしても、俺を特別に扱ってくれていた。そんなヴァンに対して俺は――。

「初めて……かも……」

 初めてなのかも。こんなふうに何もかもがぐちゃぐちゃになるほど、その人のことで頭も心もいっぱいになってしまうのは。しかも一方的な片思いだ。

「……どうしたら、いいんだ……」

 ジャスパーが頭を撫でる。
 励ましてくれるその仕草はヴァンと同じはずなのに、全然違う。ヴァンが触れると想像しただけで、身体の奥がじくじくと痛む。
 瞳が潤んできて、どうしていいか分からない。つらい。

「恋愛って……でも俺男だし、男に好かれても困らせる……よ」

 ふつーは好かれるなら、やっぱり女性の方がいんだと思う。柔らかいし可愛いし。ヴァンの隣に並んでもすごく合う。

「好かれるだけなら、イヤな人はいないんじゃない?」
「そんな、思っているだけで済むわけないだろ」

 ゲイブが明るく答えたのに、ジャスパーがため息をつく。

「……え? だけ……って?」
「好きになったらいずれ我慢できなくなるだろ……健全な青少年なら」
「それ以前にリクは相手が男でも平気なの?」
「我慢……って、平気って、何が?」

 ゲイブにたずねられて聞き返す俺に、ザックが「契りです」と短く答えた。





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