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第2章 届かない背中と指の距離

49 新たな訪問者

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 俺に冷ややかな視線を向けるヴァンの甥っ子は、名前をクリフォード・エイドリアン・ホールと名乗った。背後に従者二人を連れている。一人は帯剣もしているいかつい男性で、もう一人は冷たい視線を向けた女性だった。

「店の方に行ったら留守でしてね、探しました」
「事前に来るとわかっていれば、都合をつけたよ」
「お時間をつくってもてなして頂けたのですか? あぁ……ですが叔父様はいつもお忙しく、不意打ちでなければなかなか捕まえるのが難しいので」

 にっこり微笑み答えてから、ちらり、と俺の方に視線を向ける。
 そのまま上から下まで値踏みするかのように眺めて、「ふぅん」と小さく声を漏らした。
 ヴァンとよく似た顔が笑う。
 なのに、あたたかさを感じない。この笑い方は……どこか見覚えがある。そうだ、元の世界で見た学校のクラスの奴に似た、笑いだ。

 相手が自分より上か下かで判断して、態度を変える。
 そして一度見下みくだした相手には容赦しない。
 物で釣って言うことをきかなければ、相手を蹴落とし、噂という情報戦で足を引っ張る。

 いや……でも、ヴァンの親戚なんだ。先入観だけで判断するのは失礼かな。そう思う目の前で、クリフォードは笑顔のまま言い放った。

「こちらの方が、叔父様の手をわずらわせているとう異世界人、ですか?」
「リクはいい子だよ。僕の方が世話になっている」

 ヴァンがゆっくりと立ち上がる。
 合わせて俺も立ち上がり、隣に並んだ。クリフォードの刺すような視線が向けられる。

「叔父様のお世話でしたら、もっと能力の高い、相応しい者がいますよ」
「用件は何かな?」

 ヴァンが静かにたずねた。心なしか声が冷え冷えとしている気がしなくも無い。ヴァンはこの子を、あまり歓迎していない……のだろうか。
 クリフォードはそんなヴァンのようすに気づいているのかいないのか、笑顔を崩さず答える。

「大結界再構築のお勤めのあとは、ホールの屋敷で静養なさると思っておりましたものを、無理を押して帰宅されたと耳にしまして。何か心配事でもあったのかと――」
「一番、心落ちつける場所が良かったのでね」

 クリフォードの言葉をさえぎり、答える。

「それに僕は父上に勘当されている身だ、実家では肩身が狭い」
「お祖父様じいさまは言い渡した手前、体面もあります。ここは叔父様が折れるところではないでしょうか……あれから三年、お祖母様ばあさまもご心配されています。父も多少は、叔父様を擁護ようごすると申しておりました」

 何か込み入った話になっているみたいだ。
 俺は口を挟むどころか、この場に立ち会っていてもいいのか心配になる。

「そう……では兄上に伝えてくれ。僕は擁護されなければならないことは、していない」
「ですが! 侯爵家としての務めをお忘れではないでしょう?」
「さぁ……僕は、できそこないだからね。ホール家の役には立たないだろう」

 にっこり……と、微笑み答える。
 王国で三指に入る大魔法使いの自分を「できそこない」という、ヴァンにいったい何があったというんだ。
 クリフォードは俺の方をチラリとみて、瞳を細めた。

「叔父様の、類稀たぐいまれなるまれる才を継ぐ血を絶やしてはなりません。それ以上に大切な務めは無いように思われますが……何かと瑣末さまつな雑事に手を煩わせているようでしたら、僕が代わりにお引き受けいたします」

 言葉を切り、ヴァンを真っ直ぐに見上げた。

「アーヴァイン叔父様の技能を継ぐ者として、お側にお仕えるのは僕が一番ふさわしいと、ご存知のはずですから」

 意訳するなら、ヴァンは跡継ぎを作れ。それ以外の大したことのない用事は、全部このクリフォードが引き受ける。自分こそが、ヴァンのそばで働くのにふさわしい人間なのだと……。
 そう、マウントを取っている、ということかな?
 ――要するに、俺は邪魔、ということ……なのかな、と。

 ヴァンはそっとため息をついた。

「エイドリアン兄上には、いずれきちんとお話に伺おう。今はまだ時期ではないのでね、時間は頂くが僕の気持ちは変わらない。それだけは言っておく」

 クリフォードの肩に手を置き、ヴァンは静かに言った。
 その顔に嫌悪や苛立ちは無い。ただ、絶対に曲げないという意志だけは感じた。俺にも今まででいろいろな生い立ちがあったように、ヴァンにだって育ってきた家族との間に、様々な出来事があったのだろうと……思う。

 と、ちょうどその時、ギルドの古参メンバーがこちらの方に手を振り、歩いて来た。さっきの手合わせの感想だろうかと思ったけれど、少し様子が違う。

「アーヴァイン、すっかり調子は戻したみたいだな」
「ランドン」

 ここで何度か顔を合わせたことのある人だ。
 確かゲイブと一緒に迷宮探索もする実力派の冒険者。俺にも軽く挨拶をして、見慣れない貴族の青年――クリフォードに口笛を吹く。

「取り込み中だったか?」
「いや、ちょうど話は終わったところだよ」
「そうか。いや実は毎年のことだが、そろそろ迷宮掃除をしないと魔法石やら魔物がひどくてさ。復活したなら大魔法使いの力を借りたい」

 ヴァンが頷いて答える。
 そして僕らの方に振り向いた。

「すまないが仕事の打ち合わせをすることになった。後でまた合流しよう。ザック、マーク、リクを頼んだよ」
「はっ!」
「はいっ!」

 ジョーンズ兄弟がビシッと背筋を伸ばして答える。
 そして俺には、軽く頭を撫でて髪に口づけしてから、ランドンと肩を並べギルドの建物の方へと歩いて行った。
 残った俺たちは、思わず顔を見合わせる。
 ヴァンを見送るクリフォードは冷めた視線のままで、特に感情を見せてはいなかった。

「まぁ……予想の範囲内、かな」

 くるり、と俺の方に顔を向ける。
 
「実は数十年ぶりという異世界人を、見てみたかっただけだからね。けど……なんというか……顔の造りはともかくとして、叔父様の隣に立つにはみすぼらしい……よね」

 これは、宣戦布告……かな?
 それならそれで覚悟もできる。

 優しくされると、どうすればいいのか分からなくなる。

 けれど俺を嫌いで、利用しようとして、排除しようとする奴らとなら戦える。

「気は強そうだ」
「ヴァンは人を見かけで判断する人じゃない」
「内面は外側にも現れるものだよ」

 腕を組みわらう。「まぁ、出直すよ」と呟いて、従者を引き連れ立ち去っていった。俺は姿が見えなくなるまで、視線を外さない。

「リク様……」
「うん、大丈夫だよ」

 心配して声をかけたマークに、俺は答えた。
 ヴァンのそばにいるのなら、これもきっと乗り越えなければならない問題なんだ。





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