【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第1章 廃ビルの向こうは異世界でした

27 誘拐と逃亡

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 頭が……割れるように痛い。気持ち悪い。

「はっ……あ、あ、ぁあ……」

 うめき声を漏らして瞼を開けた。
 冷たい石の床。少し濡れているのか、土と水の匂い。
 暗い場所。
 縦に……光がにじんで見える。ドア、かな? 外……ではなさそうだけれど、家の中とも言えないような……。
 ここは地下道だろうか。
 目がかすんで、ハッキリ見えない。
 気持ち悪い。頭が痛い。
 吐き、そうだ……。

「……ここは……どこ……?」

 何故こんな場所にいるのだろう。
 周囲に人の気配はない。起き上がろうと腕に力を入れて気が付いた。両手首を縛られている。足も。紐……というよりは縄のように太くて頑丈なもの。

「……なぜ……」

 身体を起こす力が入らず、石の床に横たわった。
 激しい頭痛で思考が泥のように溶けていく。けれど、ここで、こんな状態のままでいるのはひどく危険なのだということは、わかる。

「何が……あった……?」

 家で留守番していたはずだ。
 ヴァンさんは俺が想像するよりずっと広大な、迷宮に湧いた魔物を倒しに行った。危険な仕事になるだろうけれど、剣の師匠のゲイブさんとその仲間と、一緒に行動するから心配はいらないと。
 そう説明されて、家で待っているように言われた。

「俺……騙されて、さらわれた……?」

 そうだ。
 ヴァンさんが怪我をしたと聞いて、一瞬、迷ったくせに知らない人について行った。その結果がこれだ。
 怪我が本当なら、今頃俺は、こんな状態でいるはずがない。

 馬車に乗った瞬間、額に当てられた石――魔法石の感触が冷たく残っている。
 呪文も聞いた。きっと俺の意識を失わせるような、眠らせるような種類の魔法だったのだろう。もしくは強い魔法を当てられたことによる――頭痛と吐き気、意識の喪失。
 の状態だ。……きっと。

「ばかだ……」

 声を、絞り出すようにして呟いた。

「小学生だって騙されない。こんなバカなこと、やったりしない……」

 気持ち悪い。
 軽くえづくも、胃に何も入っていないせいか出てこない。
 寒い。痛い。怖い……。

 この世界で出会った人はみんな優しかったから、悪い人なんていないような気持ちになっていた。電話もメールもない世界で、一度離れ離れになった人と、どんなふうに連絡を取り合えばいいかも分からない。

 本当に、もう二度とヴァンさんに会えなくなるのかと思ったら、怖かった。
 怖かった。
 怖かったんだ。
 怖い……。

「ヴァンさん……」

 肩で呼吸を繰り返す。
 今日まで何の不安も無く過ごせていたのは、いつも側で見守っていてくれたからだ。なのに俺は約束を破った。それどころか誘拐なんて、いい迷惑だ。
 本当は何の価値も無い人間なのに。
 何も知らない奴らはヴァンさんを強請ゆするつもりだろう。身代金とか、そういうものを……。

「だめ、だ……」

 ヴァンさんは優しいから、きっと何かしようとする。お金だけじゃなくて、もっと違うものを取られたり、するかもしれない。

「……にげ、ないと……」

 もう手遅れかもしれない。でも、このままでいたらダメだ。助けが来るなんて、思わない方がいい……。

「……っ⁉」

 と、その時。
 わずかににじんた光の向こうに、人の気配と声がした。
 俺は目を閉じて身体の力を抜く。耳だけをすまして、息を潜める。乱暴にドアを開ける音と足音。

「おい、どうだ?」

 低い男の声。俺を店に呼びに来た、髭のおじさんの声に似ている気がする。
 そう思った瞬間、髪を鷲掴みにされてのけ反った。

「……う……」

 息苦しさに声が漏れる。

「なんかこの顔……そそるなぁ」
「お前、こんな青臭いガキが趣味だったか?」
「いや……」

 少し若い声の男が口を挟む。

「こいつ……なにか特別な力を持っている。その影響だろう。めちゃくちゃに喰い散らかしたくなってくる」
「うぅ……」

 いきなり手を離され、受け身も取れないまま、右のこめかみを石の床に打ち付けた。

「おい、売り物にするかもしれねぇんだから、傷つけんなよ」
「わりぃわりぃ」

 悪びれるようすも無く、笑い声を含んだ声で答える。

「このぐらいで意識は戻らねぇよ。あれだけ強い魔法をかけたんだ、三日はまともに動けねぇ」

 意識を失っているフリをしたまま、できるだけ身じろぎせず耳を澄ます。

「ホール侯爵の様子は?」
「まだ動きはねぇな。気づいてないんじゃねぇのか?」
「あそこのボンボンがやたら大事にしてるって噂だったのに、ハズレかねぇ」
「まぁ……こんなガキ一人に金なんか出さねぇか」

 声から、三人か四人……とにかく、誘拐犯は複数だってことが分かる。
 やっぱりヴァンさんを強請るつもりだったんだ。

「なぁ、今の内に味見しとこうぜ」

 シャツの襟元を掴み上げる。

「……う、くっ……」
「やめとけ。初物なら多少は値もつく」
「おめぇはすぐにイカレさせちまうだろうが。何人使い物にならなくなったと思ってんだ。下手に壊して死んだら金にならねぇ」
「死んだら死んだで、いい魔法石いしが採れるかもしれねぇぞ。何せこんなに魔力のある黒い髪と瞳のガキはいねぇから、蒐集家コレクターが喜びそうだ」

 男たちの、立ちあがる気配がする。
 そのまま足音は遠ざかって、バタリと、ドアの閉まる音がした。
 その後もドアの向こうで気配が動いていたが、やがて静かになった。出かけたのだろうか。全ての音が消えてから、俺は静かに瞼を開く。深呼吸を繰り返す。

「はあっ……はっ、あっ……はっ……」

 暗い。
 窓の無い部屋のせいか、夜なのか分からない。けれどあの男たちの気配が消えた、今のうちに逃げ出さないと。
 頭が痛い。吐き気も治まらない。

「くそっ……寝て、られるか」

 絶対に悪い奴らの思い通りになんかなってやらない。
 運命に負けて、ぐずぐずになっていくのは嫌だ。どうせ死ぬのなら、逃げ出して、足掻いて、やり切った後で死んでやる。
 両手首の縄はがっちりと喰い込んで、力いっぱい引きちぎろうとしてもビクともしない。足も同じ。運が良かったのは後ろ手に縛られていなかったということ。

「ナイフか……何か……」

 うまく起き上がれず、肘を使って這うように移動する。
 膝立ちでドアノブを探し当て、乱暴にまわすとわずかに隙間が開いた。そこに指を差し込んで、どうにか、人ひとりが通れるぐらいに開ける。
 隣の部屋には、薄汚れたガラスのはまる窓があった。ぼやけた視界でも月が出ているのが分かる。床は同じように石が敷き詰められて、少し離れた場所に赤い火がちろちろと残る暖炉があった。
 夜……ということは、最低でも七、八時間――それ以上の時間が過ぎている。ヴァンさんは地下道から戻ってきているだろうか。

 雑然とした、広くも無い部屋を見渡して刃物を探すも見つからない。
 ぐずぐずしていられない。
 だったら……暖炉の火で、焼くだけだ。





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