28 / 202
第1章 廃ビルの向こうは異世界でした
27 誘拐と逃亡
しおりを挟む頭が……割れるように痛い。気持ち悪い。
「はっ……あ、あ、ぁあ……」
うめき声を漏らして瞼を開けた。
冷たい石の床。少し濡れているのか、土と水の匂い。
暗い場所。
縦に……光がにじんで見える。ドア、かな? 外……ではなさそうだけれど、家の中とも言えないような……。
ここは地下道だろうか。
目がかすんで、ハッキリ見えない。
気持ち悪い。頭が痛い。
吐き、そうだ……。
「……ここは……どこ……?」
何故こんな場所にいるのだろう。
周囲に人の気配はない。起き上がろうと腕に力を入れて気が付いた。両手首を縛られている。足も。紐……というよりは縄のように太くて頑丈なもの。
「……なぜ……」
身体を起こす力が入らず、石の床に横たわった。
激しい頭痛で思考が泥のように溶けていく。けれど、ここで、こんな状態のままでいるのはひどく危険なのだということは、わかる。
「何が……あった……?」
家で留守番していたはずだ。
ヴァンさんは俺が想像するよりずっと広大な、迷宮に湧いた魔物を倒しに行った。危険な仕事になるだろうけれど、剣の師匠のゲイブさんとその仲間と、一緒に行動するから心配はいらないと。
そう説明されて、家で待っているように言われた。
「俺……騙されて、さらわれた……?」
そうだ。
ヴァンさんが怪我をしたと聞いて、一瞬、迷ったくせに知らない人について行った。その結果がこれだ。
怪我が本当なら、今頃俺は、こんな状態でいるはずがない。
馬車に乗った瞬間、額に当てられた石――魔法石の感触が冷たく残っている。
呪文も聞いた。きっと俺の意識を失わせるような、眠らせるような種類の魔法だったのだろう。もしくは強い魔法を当てられたことによる――頭痛と吐き気、意識の喪失。
魔法酔いの状態だ。……きっと。
「ばかだ……」
声を、絞り出すようにして呟いた。
「小学生だって騙されない。こんなバカなこと、やったりしない……」
気持ち悪い。
軽くえづくも、胃に何も入っていないせいか出てこない。
寒い。痛い。怖い……。
この世界で出会った人はみんな優しかったから、悪い人なんていないような気持ちになっていた。電話もメールもない世界で、一度離れ離れになった人と、どんなふうに連絡を取り合えばいいかも分からない。
本当に、もう二度とヴァンさんに会えなくなるのかと思ったら、怖かった。
怖かった。
怖かったんだ。
怖い……。
「ヴァンさん……」
肩で呼吸を繰り返す。
今日まで何の不安も無く過ごせていたのは、いつも側で見守っていてくれたからだ。なのに俺は約束を破った。それどころか誘拐なんて、いい迷惑だ。
本当は何の価値も無い人間なのに。
何も知らない奴らはヴァンさんを強請るつもりだろう。身代金とか、そういうものを……。
「だめ、だ……」
ヴァンさんは優しいから、きっと何かしようとする。お金だけじゃなくて、もっと違うものを取られたり、するかもしれない。
「……にげ、ないと……」
もう手遅れかもしれない。でも、このままでいたらダメだ。助けが来るなんて、思わない方がいい……。
「……っ⁉」
と、その時。
わずかににじんた光の向こうに、人の気配と声がした。
俺は目を閉じて身体の力を抜く。耳だけをすまして、息を潜める。乱暴にドアを開ける音と足音。
「おい、どうだ?」
低い男の声。俺を店に呼びに来た、髭のおじさんの声に似ている気がする。
そう思った瞬間、髪を鷲掴みにされてのけ反った。
「……う……」
息苦しさに声が漏れる。
「なんかこの顔……そそるなぁ」
「お前、こんな青臭いガキが趣味だったか?」
「いや……」
少し若い声の男が口を挟む。
「こいつ……なにか特別な力を持っている。その影響だろう。めちゃくちゃに喰い散らかしたくなってくる」
「うぅ……」
いきなり手を離され、受け身も取れないまま、右のこめかみを石の床に打ち付けた。
「おい、売り物にするかもしれねぇんだから、傷つけんなよ」
「わりぃわりぃ」
悪びれるようすも無く、笑い声を含んだ声で答える。
「このぐらいで意識は戻らねぇよ。あれだけ強い魔法をかけたんだ、三日はまともに動けねぇ」
意識を失っているフリをしたまま、できるだけ身じろぎせず耳を澄ます。
「ホール侯爵の様子は?」
「まだ動きはねぇな。気づいてないんじゃねぇのか?」
「あそこのボンボンがやたら大事にしてるって噂だったのに、ハズレかねぇ」
「まぁ……こんなガキ一人に金なんか出さねぇか」
声から、三人か四人……とにかく、誘拐犯は複数だってことが分かる。
やっぱりヴァンさんを強請るつもりだったんだ。
「なぁ、今の内に味見しとこうぜ」
シャツの襟元を掴み上げる。
「……う、くっ……」
「やめとけ。初物なら多少は値もつく」
「おめぇはすぐにイカレさせちまうだろうが。何人使い物にならなくなったと思ってんだ。下手に壊して死んだら金にならねぇ」
「死んだら死んだで、いい魔法石が採れるかもしれねぇぞ。何せこんなに魔力のある黒い髪と瞳のガキはいねぇから、蒐集家が喜びそうだ」
男たちの、立ちあがる気配がする。
そのまま足音は遠ざかって、バタリと、ドアの閉まる音がした。
その後もドアの向こうで気配が動いていたが、やがて静かになった。出かけたのだろうか。全ての音が消えてから、俺は静かに瞼を開く。深呼吸を繰り返す。
「はあっ……はっ、あっ……はっ……」
暗い。
窓の無い部屋のせいか、夜なのか分からない。けれどあの男たちの気配が消えた、今のうちに逃げ出さないと。
頭が痛い。吐き気も治まらない。
「くそっ……寝て、られるか」
絶対に悪い奴らの思い通りになんかなってやらない。
運命に負けて、ぐずぐずになっていくのは嫌だ。どうせ死ぬのなら、逃げ出して、足掻いて、やり切った後で死んでやる。
両手首の縄はがっちりと喰い込んで、力いっぱい引きちぎろうとしてもビクともしない。足も同じ。運が良かったのは後ろ手に縛られていなかったということ。
「ナイフか……何か……」
うまく起き上がれず、肘を使って這うように移動する。
膝立ちでドアノブを探し当て、乱暴にまわすとわずかに隙間が開いた。そこに指を差し込んで、どうにか、人ひとりが通れるぐらいに開ける。
隣の部屋には、薄汚れたガラスのはまる窓があった。ぼやけた視界でも月が出ているのが分かる。床は同じように石が敷き詰められて、少し離れた場所に赤い火がちろちろと残る暖炉があった。
夜……ということは、最低でも七、八時間――それ以上の時間が過ぎている。ヴァンさんは地下道から戻ってきているだろうか。
雑然とした、広くも無い部屋を見渡して刃物を探すも見つからない。
ぐずぐずしていられない。
だったら……暖炉の火で、焼くだけだ。
10
あなたにおすすめの小説
溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら執着兄上たちの愛が重すぎました~
液体猫(299)
BL
毎日AM2時10分投稿
【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸に、末っ子クリスは過保護な兄たちに溺愛されながら、大好きな四男と幸せに暮らす】
アルバディア王国の第五皇子クリスが目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。
巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。
かわいい末っ子が過剰なまでにかわいがられて溺愛されていく──
やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな軽い気持ちで始まった新たな人生はコミカル&シリアス。だけどほのぼのとしたハッピーエンド確定物語。
主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ
⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌
⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。
⚠️若干の謎解き要素を含んでいますが、オマケ程度です!
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる