魕ガ棲厶島

YasuAki

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上陸 #3

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 基子が宿を出てここに至るまで、おじさん以外の島民を一人も見かけていない。しかし、こんなに天気が良い日に、まして、建物が見えるところで迷うはずがない。おじさんの話を右から左に流しながら、基子は再びペダルを漕ぎ始めた。

 緩やかな坂道を登り、前方に信号機と横断歩道が見えてきた。その手前で右に曲がる道と、そのまま前進する道とがある。
 左側の歩道を走っていた基子は、右に曲がる道に興味をそそられた。反対側に渡ろうとして縁石の切れ目を探し、丁度、歩行者信号が赤に変わったので横断歩道手前でキュッと停止する。

——なんか勢いで止まっちゃったけど、そもそも車いなくない?

 右を見ても、左を見ても、車の影も形もない。しかし、車がいようがいなかろうが、信号は守るもの。歩行者用の押しボタンを押して、青に変わるのを待って横断歩道を渡る。
 右の道は少しキツい坂道になっていた。ペダルを漕ぐ足に体重を乗せる。ひいひいと唸りながら坂道をまっすぐ進むと、右手には先ほど遠くから見えた大きな建物が目の前に現れた。建物の前にグランドのようなものがある。おそらくここは学校なのだろう。生徒たちは教室内で勉強しているのか、外に人影は見当たらなかった。
 さらにしばらく進むと、左側に石台の上で右手を上げた謎の青い像が現れた。この当時は服がなかったのだろうか。褌一枚で手を挙げてる様が、いささか滑稽に見えた。基子は自転車を止め、その像の下に書かれていた説明を読んだ。

『環住像 佐々木小次郎太夫の碑』

 その昔、火山の噴火で無人島になった藍ヶ島。約半世紀後に島民の先頭に立って環住を果たした英雄の像だそうだ。

——石垣島にある具志堅用高の像のようなものかな。

 多分違うと思いつつもの、なんとなくそんな感じがしたので一人納得してみた。
 再び象を仰ぎ見る。すると……

「ひっ!」

 びっくりして思わず声が漏れた。条件反射で体が後ろに仰反る。
 いつの間にかカラスが象の頭に乗ってこちらの様子を伺っていた。首を傾げ、トントンと器用にステップを踏んでいる。

「ちょ、ちょっと。向こう行ってよ」

 背を屈めながらしっしと手を振るが、一向に逃げる様子がない。
 カァカァと威嚇しているのか、ステップもより早くなる。
 基子が後ろに逃げるように下がると、ガタンと自転車にぶつかった。
 カラスはその音にびっくりしたのか、バサバサと飛び立って逃げていく、と同時に——ゴトンと何かが地面に落ちた。
 その音で肩がビクッと跳ねる。

「えっ! な、なんで?」

 そこに落ちてきたものは銅像の頭部だった。
 本体の方を仰ぎ見ると、首から上がなくなっている。

「え? なんで頭が?」

 転がっている頭部を再び見ると、首のところに何か突起があった。
 基子は不思議に思い、それを手にとってまじまじ眺める。

「あれ? これって……もしかして」

 像の本体を見る。首のところが真ん中で凹んでいた。

——一体、なんのために?

 その凸凹を合わせるように取り付けると、ピッタリと嵌った。
 象の首が取れる意味。
 基子は首を傾げ考えてみる。しかし、ついさっきこの村に来たばっかりでなんの情報もない基子がわかるわけがない。
「うん」と小さく頷き深く考えないことにする。
 そして、再び自転車に乗りペダルを漕ぎ出した。
 次第に緩やかになってきた道をのんびり進んでいると、今度はT字路にぶつかった。右も左も道幅は狭く、どちらに行くか悩む。

——よし。左だ!

 直感で選んでみたものの、基子はこちらの道にしたことを後悔した。先程よりも上り坂がキツくなってきたこともそうなのだが、何より、やたらとお墓が増えてきたのだ。

「こういうの苦手なんだよなぁ……」

 気分重く独りごちりながら進む。さっさと通り過ぎたいが、坂のせいでペダルも重い。
 やっとのことでお墓地帯を抜けると、今度は道がY路に別れていた。左の道は下り坂になっていたが、明らかに今までよりも道幅が狭い。これは行ってはいけないやつだと本能的に判断をして、素直に右に曲がる。
 いつのまにか緩やかになった道を進んでいると、今度は次第に視界が拓けてきた。何かの設備なのだろうか。左右の地面に緑色のシートが敷かれている。しかも、かなりの広さにそのシートは敷かれていて、中に入れないように道脇には有刺鉄線が張られていた。悪いことをしているわけではないのに、なんとなく入ってはいけないところに入ってしまった面持ちになって、胸の奥がキュッとなる。お墓地帯とは違った緊張感が漂い、早く通り過ぎたいと思いながらペダルを漕ぐ。しかし、基子はすぐにキュッと急ブレーキをかけた。続く道の先には行き止まりが見える。ただ、そこにたどり着くにはスキーのジャンプ台のような坂を下りなければならなかった。
 視界良好、左右に有刺鉄線。先へ進む道は急な下り坂。一歩間違えたら、血塗れ必至だ。
 基子は「うん」と頷くと、くるりと踵を返して来た道を戻り始めた。
 ふわりと柔らかい海風が基子の前髪を揺らした。目線を少し上に上げ、飛び込んできた景色にはっと息を飲む。結構な高さを上ってきたのだろう。空と大地の間に海が混ざっていた。
 しばらく自転車をカラカラと押しながら歩いていると、左側に道をみつけた。

——あれ? 確かこの道を通って来たはずだけど……

 きっと、自転車を必死に漕ぎすぎていて見落としたのかもしれない。別れ道の手前で止まり、考え込む。ちらっと腕時計を見ると、もうすぐお昼だった。意識がお腹に向かう。なんとなく空いてる気がする。
 基子は「よし!」と小さく呟き、自転車に股がって元来た道を引き返した。
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