ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

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第四章 ボクと白犬と銀狼と

怒れる蒼竜

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「騒がしいと思って見に来てみれば……お前達、傭兵団の看板に泥を塗るつもりか?」

険しい眼差しでクライヴは三人組を睨み付ける。落ち着いた口調だが、その有無を言わせぬ威圧感は直接向けられた者でなければわからないだろう。明らかに三人組の顔色は変わり、小刻みに身体を震わせている。

「ち、違うんですよ団長!コイツらが先に仕掛けてきたんです!だから俺達はナメられちゃいけねぇと思って……っ!」

「ほう……」

クライヴが薫達を振り返る。薫達とクライヴの視線が絡み合い、しばらく無言の間が続いたが、クライヴは再び三人組へと向き直った。

「彼らの事は俺もよく知っている。そのようなチンピラ紛いのことをするような奴らではないこともな」

「そいつらの肩を持つんですか!?そいつら、あのギランの所の連中ですよ!」

「そ、そうだ!商売敵の奴等のことなんざどうでもいいでしょうが!ギランのカス野郎も、そこのガキ共だってどうせ連中のところじゃチンポ握ってるようなゴミじゃーーーひぎゅっ!?」

鰐人の口からカエルが潰されたような声が洩れる。クライヴの伸ばした腕が蛇のように鰐人の喉元に喰らい付いていた。

「だ、団長!?何やってんですか!」

「そいつは同じ傭兵団の仲間でしょうか!」

虎人達が慌ててクライヴを制止しようとするも、二人がかりでもその巨躯はビクともしない。それどころか、まるでぬいぐるみでも持ち上げるように武器と防具を纏う鰐人の身体を軽々と持ち上げてみせたのだ。

「…確かに、俺と彼らは元は同じ傭兵団ではあったが、今は敵同士だ。だが……何も知らん貴様らが俺の元仲間を口汚く罵ることは許さん……!」

「ひっ……!?」

クライヴが一瞬放った殺気に当てられたか、彼に纏わりつく二人は腰砕けになったかのようにその場に座り込み、鰐人に至っては泡を吹いて気絶してしまっている。鰐人が失神したことに気付いたか、クライヴが手を離すと鰐人は力無く倒れ込んだ。

「…コイツを連れて戻っていろ。俺の団にいる以上、ゴロツキのような真似は許さん」

「は、はいぃいいっ!!」

「す、すみませんでしたぁッ!」

気絶した鰐人を左右から抱えて、彼らは一目散に走り去ってしまった。どうやら危機は去ったようで、次第に薫の気分も落ち着いてきた。

「ふぅ……すみません、アルトさん。もう大丈夫みたいです」

「良かったぁ……ごめんね、カオル。僕が我慢出来なかったから……」

「怪我は無いか、二人共」

その時、薫達の元へとクライヴが歩み寄ってきた。彼は薫と目線を合わせるかのようにその場に膝をついた。

「こっちは大丈夫です、クライヴさん。おかげで助かりました」

「身内の恥だ。礼を言われるようなことはしていない。お前も大丈夫か?」

「は、はい。ありがとうございます……」

クライヴからは先程までの威圧感は完全に消失していた。あの三人組を簡単にあしらってしまったその強さは、さすがだと言う他にない。

「今はお前達二人だけか?他の連中はどうした?」

「ギランさん達は今日から別のお仕事に。だから、しばらくカオルと二人なんですよ」

「そうか。では、ガウルの耳に入らないようにしなければな。アレは今もお前達に執着している。特に、お前に対してはな」

「うう……」

ガウルというその名前を聞いて薫は背筋を震わせる。初対面から強烈な遭遇となった銀狼の存在は、今も薫の記憶に恐怖と共に植え付けられている。出来ることならば金輪際顔を合わせたくない存在であった。

「しばらく見ない間に随分と良い経験を積んだようだ。やはり、あの時多少無理にでも俺のところに勧誘するべきだったかもな」

「そ、それは少し遠慮したいですけど……わかるんですか?」

「ああ。俺も団を率いる者として多少なり人を見る目はあるつもりだが……いや、まだ奴ほどではないかもしれんな」

何処か遠くを見るようにクライヴは空を仰ぐ。奴というのは、言わずもがなギランの事だろう。犬猿の仲とも言うべき二人の間柄だが、クライヴはギランの実力だけは買っているようである。

「ところで、クライヴさんは何故ここに?お買い物……というわけではないみたいですけど」

「ああ、私用でクロワの所にな」

「クロワさんの所に?」

クロワとは、高級娼館を経営しながら傭兵団に依頼を斡旋する鬣犬人の女性である。薫も一度挨拶のため顔を合わせたが、その時にも薫の失態とはいえ苛烈なファーストコンタクトを果たしていた。

「ああ、俺の団は大所帯だからな。多少実入りの悪い仕事でも新人に経験を積ませるために寄越して欲しいと頼みに行っていた。お前達に依頼を回すなと伝えに行ったとでも思ったか?」

「まさか、クライヴさんがそんなことする人じゃないって事は僕もわかってますから」

「ははっ……そうか。さて、そろそろ戻らなければオレルドが煩い。ギランに愛想が尽きたら何時でも俺の所に来い。お前達二人ならば歓迎する。ではな」

優しげな微笑みを残してクライヴは立ち上がると、そのまま薫達に背を向けて歩き出した。話せば話すほど、彼の優しさが伝わってくる。彼のような人格者こそ、人の上に立つべき存在なのだろう。

「あの……クライヴさん!」

その時、唐突にアルトが声を上げる。クライヴは振り返りもせずに足を止めた。

「僕達……やっぱり、もう一緒にはお仕事出来ないんですか?さっきも僕達の事を気に掛けてくれましたし、また皆さんと戻ってきて下さいよ。ちゃんと話せば、ギランさんもきっと……!」

「悪いが……それは出来ない。アルト、お前も理解しているはずだ。俺は……絶対に奴を許すことが出来ん。許すわけにはいかないんだ」

そう言い残して、クライヴの姿は雑踏の中に紛れて消えた。恐らく、アルトがクライヴに向かって掛けた言葉は彼らが仲間だった頃に起因するものなのだろう。彼らの過去を知る由もない薫は、ただ二人の間で困惑するばかりであった。

「あ、あの……アルトさん……?」

「…帰ろっか、カオル。いろいろあったから、ちょっとだけ疲れちゃった」

「は、はい……」

寂しげな表情に無理矢理笑みを浮かべながら、アルトは薫の手を引いて歩き出した。その表情の奥に秘められた過去を尋ねる勇気など、今の薫にあるはずもなかった。
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