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第四章 ボクと白犬と銀狼と
燃えろ、職人魂
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「あっ、これなんて良いんじゃないですか?アルトさんの手にちょうどフィットしそう、で……」
ある一つのナイフを手にしたところで、薫はムジカの接近に気付いて手元を止める。ヤクザも裸足で逃げ出しそうな眼光で見下ろされ、薫の額からは滝のように汗が流れ落ちた。
「な、何でしょうか……?」
「……それだ」
ムジカが指差す方向を辿ると、向けられているのは薫の腰。そこには、初仕事の際にギランから贈られた例の剣が提げられていた。
「それがどうかしたんですか、お師匠?確かに傭兵が持つには不釣り合いなゴテゴテした見た目してると思いますけど」
不釣り合いなのは当然だ。この剣は通常ならば国の宝物庫に納められるべきアーティファクト。一介の傭兵、それも英雄の素質の欠片もない薫のような凡人が持つべき代物ではないのだから。
「え、えっと……こ、これは少し派手な見た目してますけど、何処にでもあるありふれた普通の剣で……」
「…アーティファクトか」
ムジカの一言に、薫達の間に戦慄が走った。アーティファクトは見た目でわかるようなものではなく、独特の魔力を帯びているらしいのだが、熟練の鍛冶師には一目見てわかってしまうものなのだろうか。
「ムジカさん、わかるんですか?」
「毎日飽きるまで鉄と向き合ってる奴が見りゃすぐにわかる。戦いで役に立たねぇ無駄な装飾は金持ち向けの鈍物を作る彫金師の連中が好んでくっつけそうなモンだが、そいつには不思議と違和感を感じねぇ。むしろ、それ込みで完成された造形を感じるんだよ」
理屈ではない。長年鍛冶師として生きてきた熟練の目と感覚でしかわからないものなのだろう。薫が提げている剣がアーティファクトだと聞き、ベルが興味深そうに顔を近付ける。
「ほぉ~、これが噂に聞くアーティファクトねぇ。何でまたお前がそんなもん待ってんだ?」
「これはギランさんからの貰い物でして……確か、倉庫に置いてあったとか」
「アイツらしいな。こんな大層なモンを放り込んどくなんざ、常識じゃ考えらんねぇよ。どうせ、アイツもアーティファクトとは思わなかったんだろうが。おい、ちょっとばかり見せてみろ」
「え?あっ、ちょ……っ!」
ムジカは唐突に剣の柄を握り締めると、薫が止める暇もなく抜き放った。銀色の刀身が露わになり、微かな魔力を帯びた白光を纏って輝いている。見た目は趣味の悪い宝剣だが、使いように依っては絶大な破壊力を発揮する代物である。ムジカは剣を掲げて刀身を光に翳しながら観察するように見つめている。
「お、お師匠!俺にもよく見せてくださいよ!」
「黙ってろベル。ほう、コイツは……」
あまり感情が表に出ないムジカの表情が、まるでショーケース越しにトランペットを見つめる少年のように輝いている。いくら熟練の鍛冶師とはいえ、アーティファクトなどそうそうお目にかかれるようなものではない。職人にとってはまさに垂涎モノの代物なのだろう。
「ムジカさんがこんなに夢中になるなんて初めて見たよ。やっぱり相当凄い物みたいだね、カオル」
「そ、それはいいんですけど、そろそろ返してもらえると……」
「…ダメだな」
薫の言葉を遮ってムジカが呟く。それは薫に対する返答ではなく、独り言のようなイントネーションであった。
「は、はい……?」
「刃引きしてあるようだが、随分と粗い。どうせ虫も殺せねぇお前に合わせてギランが削ったんだろ。ムラだらけで全体のバランスが悪くなってやがる。こりゃいくら何でも酷すぎる」
「は、はぁ……」
「柄もお前に合ってねぇな。これじゃデカすぎる。お前も握りにくいって思ってたんじゃねぇか?」
「え、ええ、そのとおりですけど……」
ムジカから尋ねられるまま薫は答える。確かに刃引いただけであるため、柄等には一切手を加えられてはいない。素材のせいか、それほど重くはないのだが薫の手には柄が大きすぎて握るのに余計な力が入っていた。それを一目で見抜くとは、さすがは熟練の鍛冶師だと言う他ない。
「こんなモン前にしてこのまま放置してちゃ、街一番の職人の名が泣くってもんだ。俺に任せろ。お前にピッタリ合うように調整してやる」
「えっ?い、いや、そんなことお願いするわけには……っ」
「うるせぇ!俺がやるって決めたんだ!客がウダウダ言ってんじゃねぇ!ベル、とっとと支度しろ!」
「ええっ!?お、お師匠、それじゃ今打ってる依頼の品はどうすんですか!?」
「そんなもん後に決まってんだろうが!」
どうやら、ギランによる雑な調整を施されたアーティファクトがムジカの職人魂に火をつけてしまったらしい。もはや周囲の声など全く耳に入らないようで、火入れのされた炉のようにムジカの熱は高まっていく。
「そうと決まりゃ、お前の手の型も取らなきゃいけねぇな。こりゃ相当手間が掛かりそうだぜ。おい、こっちに来い」
「ええっ!?い、いや、僕はそんなつもりじゃ……わぁああっ!?」
もはや対話も煩わしいとばかりにムジカは片手で薫を担ぎ上げ、奥の工房へと向かって歩き出した。
「ちょ、ちょっとムジカさん!僕達はナイフを買いに来ただけで……!」
「そこのヤツから適当に選んで好きなだけ持ってけ!俺のお楽しみを邪魔すんじゃねぇ!」
「わ、悪い、アルト!悪いようにしねぇから、コイツ借りてくな!」
「あ、アルトさぁあああーーーーんっ!!」
アルトを呼ぶ悲痛な叫びを残し、ムジカに抱えられた薫の姿は工房の暗闇に溶けて消えたーーー
ある一つのナイフを手にしたところで、薫はムジカの接近に気付いて手元を止める。ヤクザも裸足で逃げ出しそうな眼光で見下ろされ、薫の額からは滝のように汗が流れ落ちた。
「な、何でしょうか……?」
「……それだ」
ムジカが指差す方向を辿ると、向けられているのは薫の腰。そこには、初仕事の際にギランから贈られた例の剣が提げられていた。
「それがどうかしたんですか、お師匠?確かに傭兵が持つには不釣り合いなゴテゴテした見た目してると思いますけど」
不釣り合いなのは当然だ。この剣は通常ならば国の宝物庫に納められるべきアーティファクト。一介の傭兵、それも英雄の素質の欠片もない薫のような凡人が持つべき代物ではないのだから。
「え、えっと……こ、これは少し派手な見た目してますけど、何処にでもあるありふれた普通の剣で……」
「…アーティファクトか」
ムジカの一言に、薫達の間に戦慄が走った。アーティファクトは見た目でわかるようなものではなく、独特の魔力を帯びているらしいのだが、熟練の鍛冶師には一目見てわかってしまうものなのだろうか。
「ムジカさん、わかるんですか?」
「毎日飽きるまで鉄と向き合ってる奴が見りゃすぐにわかる。戦いで役に立たねぇ無駄な装飾は金持ち向けの鈍物を作る彫金師の連中が好んでくっつけそうなモンだが、そいつには不思議と違和感を感じねぇ。むしろ、それ込みで完成された造形を感じるんだよ」
理屈ではない。長年鍛冶師として生きてきた熟練の目と感覚でしかわからないものなのだろう。薫が提げている剣がアーティファクトだと聞き、ベルが興味深そうに顔を近付ける。
「ほぉ~、これが噂に聞くアーティファクトねぇ。何でまたお前がそんなもん待ってんだ?」
「これはギランさんからの貰い物でして……確か、倉庫に置いてあったとか」
「アイツらしいな。こんな大層なモンを放り込んどくなんざ、常識じゃ考えらんねぇよ。どうせ、アイツもアーティファクトとは思わなかったんだろうが。おい、ちょっとばかり見せてみろ」
「え?あっ、ちょ……っ!」
ムジカは唐突に剣の柄を握り締めると、薫が止める暇もなく抜き放った。銀色の刀身が露わになり、微かな魔力を帯びた白光を纏って輝いている。見た目は趣味の悪い宝剣だが、使いように依っては絶大な破壊力を発揮する代物である。ムジカは剣を掲げて刀身を光に翳しながら観察するように見つめている。
「お、お師匠!俺にもよく見せてくださいよ!」
「黙ってろベル。ほう、コイツは……」
あまり感情が表に出ないムジカの表情が、まるでショーケース越しにトランペットを見つめる少年のように輝いている。いくら熟練の鍛冶師とはいえ、アーティファクトなどそうそうお目にかかれるようなものではない。職人にとってはまさに垂涎モノの代物なのだろう。
「ムジカさんがこんなに夢中になるなんて初めて見たよ。やっぱり相当凄い物みたいだね、カオル」
「そ、それはいいんですけど、そろそろ返してもらえると……」
「…ダメだな」
薫の言葉を遮ってムジカが呟く。それは薫に対する返答ではなく、独り言のようなイントネーションであった。
「は、はい……?」
「刃引きしてあるようだが、随分と粗い。どうせ虫も殺せねぇお前に合わせてギランが削ったんだろ。ムラだらけで全体のバランスが悪くなってやがる。こりゃいくら何でも酷すぎる」
「は、はぁ……」
「柄もお前に合ってねぇな。これじゃデカすぎる。お前も握りにくいって思ってたんじゃねぇか?」
「え、ええ、そのとおりですけど……」
ムジカから尋ねられるまま薫は答える。確かに刃引いただけであるため、柄等には一切手を加えられてはいない。素材のせいか、それほど重くはないのだが薫の手には柄が大きすぎて握るのに余計な力が入っていた。それを一目で見抜くとは、さすがは熟練の鍛冶師だと言う他ない。
「こんなモン前にしてこのまま放置してちゃ、街一番の職人の名が泣くってもんだ。俺に任せろ。お前にピッタリ合うように調整してやる」
「えっ?い、いや、そんなことお願いするわけには……っ」
「うるせぇ!俺がやるって決めたんだ!客がウダウダ言ってんじゃねぇ!ベル、とっとと支度しろ!」
「ええっ!?お、お師匠、それじゃ今打ってる依頼の品はどうすんですか!?」
「そんなもん後に決まってんだろうが!」
どうやら、ギランによる雑な調整を施されたアーティファクトがムジカの職人魂に火をつけてしまったらしい。もはや周囲の声など全く耳に入らないようで、火入れのされた炉のようにムジカの熱は高まっていく。
「そうと決まりゃ、お前の手の型も取らなきゃいけねぇな。こりゃ相当手間が掛かりそうだぜ。おい、こっちに来い」
「ええっ!?い、いや、僕はそんなつもりじゃ……わぁああっ!?」
もはや対話も煩わしいとばかりにムジカは片手で薫を担ぎ上げ、奥の工房へと向かって歩き出した。
「ちょ、ちょっとムジカさん!僕達はナイフを買いに来ただけで……!」
「そこのヤツから適当に選んで好きなだけ持ってけ!俺のお楽しみを邪魔すんじゃねぇ!」
「わ、悪い、アルト!悪いようにしねぇから、コイツ借りてくな!」
「あ、アルトさぁあああーーーーんっ!!」
アルトを呼ぶ悲痛な叫びを残し、ムジカに抱えられた薫の姿は工房の暗闇に溶けて消えたーーー
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