ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

文字の大きさ
上 下
65 / 72
第四章 ボクと白犬と銀狼と

燃えろ、職人魂

しおりを挟む
「あっ、これなんて良いんじゃないですか?アルトさんの手にちょうどフィットしそう、で……」

ある一つのナイフを手にしたところで、薫はムジカの接近に気付いて手元を止める。ヤクザも裸足で逃げ出しそうな眼光で見下ろされ、薫の額からは滝のように汗が流れ落ちた。

「な、何でしょうか……?」

「……それだ」

ムジカが指差す方向を辿ると、向けられているのは薫の腰。そこには、初仕事の際にギランから贈られた例の剣が提げられていた。

「それがどうかしたんですか、お師匠?確かに傭兵が持つには不釣り合いなゴテゴテした見た目してると思いますけど」

不釣り合いなのは当然だ。この剣は通常ならば国の宝物庫に納められるべきアーティファクト。一介の傭兵、それも英雄の素質の欠片もない薫のような凡人が持つべき代物ではないのだから。

「え、えっと……こ、これは少し派手な見た目してますけど、何処にでもあるありふれた普通の剣で……」

「…アーティファクトか」

ムジカの一言に、薫達の間に戦慄が走った。アーティファクトは見た目でわかるようなものではなく、独特の魔力を帯びているらしいのだが、熟練の鍛冶師には一目見てわかってしまうものなのだろうか。

「ムジカさん、わかるんですか?」

「毎日飽きるまで鉄と向き合ってる奴が見りゃすぐにわかる。戦いで役に立たねぇ無駄な装飾は金持ち向けの鈍物を作る彫金師の連中が好んでくっつけそうなモンだが、そいつには不思議と違和感を感じねぇ。むしろ、それ込みで完成された造形を感じるんだよ」

理屈ではない。長年鍛冶師として生きてきた熟練の目と感覚でしかわからないものなのだろう。薫が提げている剣がアーティファクトだと聞き、ベルが興味深そうに顔を近付ける。

「ほぉ~、これが噂に聞くアーティファクトねぇ。何でまたお前がそんなもん待ってんだ?」

「これはギランさんからの貰い物でして……確か、倉庫に置いてあったとか」

「アイツらしいな。こんな大層なモンを放り込んどくなんざ、常識じゃ考えらんねぇよ。どうせ、アイツもアーティファクトとは思わなかったんだろうが。おい、ちょっとばかり見せてみろ」

「え?あっ、ちょ……っ!」

ムジカは唐突に剣の柄を握り締めると、薫が止める暇もなく抜き放った。銀色の刀身が露わになり、微かな魔力を帯びた白光を纏って輝いている。見た目は趣味の悪い宝剣だが、使いように依っては絶大な破壊力を発揮する代物である。ムジカは剣を掲げて刀身を光に翳しながら観察するように見つめている。

「お、お師匠!俺にもよく見せてくださいよ!」

「黙ってろベル。ほう、コイツは……」

あまり感情が表に出ないムジカの表情が、まるでショーケース越しにトランペットを見つめる少年のように輝いている。いくら熟練の鍛冶師とはいえ、アーティファクトなどそうそうお目にかかれるようなものではない。職人にとってはまさに垂涎モノの代物なのだろう。

「ムジカさんがこんなに夢中になるなんて初めて見たよ。やっぱり相当凄い物みたいだね、カオル」

「そ、それはいいんですけど、そろそろ返してもらえると……」

「…ダメだな」

薫の言葉を遮ってムジカが呟く。それは薫に対する返答ではなく、独り言のようなイントネーションであった。

「は、はい……?」

「刃引きしてあるようだが、随分と粗い。どうせ虫も殺せねぇお前に合わせてギランが削ったんだろ。ムラだらけで全体のバランスが悪くなってやがる。こりゃいくら何でも酷すぎる」

「は、はぁ……」

「柄もお前に合ってねぇな。これじゃデカすぎる。お前も握りにくいって思ってたんじゃねぇか?」

「え、ええ、そのとおりですけど……」

ムジカから尋ねられるまま薫は答える。確かに刃引いただけであるため、柄等には一切手を加えられてはいない。素材のせいか、それほど重くはないのだが薫の手には柄が大きすぎて握るのに余計な力が入っていた。それを一目で見抜くとは、さすがは熟練の鍛冶師だと言う他ない。

「こんなモン前にしてこのまま放置してちゃ、街一番の職人の名が泣くってもんだ。俺に任せろ。お前にピッタリ合うように調整してやる」

「えっ?い、いや、そんなことお願いするわけには……っ」

「うるせぇ!俺がやるって決めたんだ!客がウダウダ言ってんじゃねぇ!ベル、とっとと支度しろ!」

「ええっ!?お、お師匠、それじゃ今打ってる依頼の品はどうすんですか!?」

「そんなもん後に決まってんだろうが!」

どうやら、ギランによる雑な調整を施されたアーティファクトがムジカの職人魂に火をつけてしまったらしい。もはや周囲の声など全く耳に入らないようで、火入れのされた炉のようにムジカの熱は高まっていく。

「そうと決まりゃ、お前の手の型も取らなきゃいけねぇな。こりゃ相当手間が掛かりそうだぜ。おい、こっちに来い」

「ええっ!?い、いや、僕はそんなつもりじゃ……わぁああっ!?」

もはや対話も煩わしいとばかりにムジカは片手で薫を担ぎ上げ、奥の工房へと向かって歩き出した。

「ちょ、ちょっとムジカさん!僕達はナイフを買いに来ただけで……!」

「そこのヤツから適当に選んで好きなだけ持ってけ!俺のお楽しみを邪魔すんじゃねぇ!」

「わ、悪い、アルト!悪いようにしねぇから、コイツ借りてくな!」

「あ、アルトさぁあああーーーーんっ!!」

アルトを呼ぶ悲痛な叫びを残し、ムジカに抱えられた薫の姿は工房の暗闇に溶けて消えたーーー
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった

なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。 ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…

召喚された美人サラリーマンは性欲悪魔兄弟達にイカされる

KUMA
BL
朱刃音碧(あかばねあおい)30歳。 ある有名な大人の玩具の開発部門で、働くサラリーマン。 ある日暇をモテ余す悪魔達に、逆召喚され混乱する余裕もなく悪魔達にセックスされる。 性欲悪魔(8人攻め)×人間 エロいリーマンに悪魔達は釘付け…『お前は俺達のもの。』

【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした

エウラ
BL
どうしてこうなったのか。 僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。 なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい? 孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。 僕、頑張って大きくなって恩返しするからね! 天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。 突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。 不定期投稿です。 本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

小さい頃、近所のお兄さんに赤ちゃんみたいに甘えた事がきっかけで性癖が歪んでしまって困ってる

海野
BL
小さい頃、妹の誕生で赤ちゃん返りをした事のある雄介少年。少年も大人になり青年になった。しかし一般男性の性の興味とは外れ、幼児プレイにしかときめかなくなってしまった。あの時お世話になった「近所のお兄さん」は結婚してしまったし、彼ももう赤ちゃんになれる程可愛い背格好では無い。そんなある日、職場で「お兄さん」に似た雰囲気の人を見つける。いつしか目で追う様になった彼は次第にその人を妄想の材料に使うようになる。ある日の残業中、眠ってしまった雄介は、起こしに来た人物に寝ぼけてママと言って抱きついてしまい…?

【R18】満たされぬ俺の番はイケメン獣人だった

佐伯亜美
BL
 この世界は獣人と人間が共生している。  それ以外は現実と大きな違いがない世界の片隅で起きたラブストーリー。  その見た目から女性に不自由することのない人生を歩んできた俺は、今日も満たされぬ心を埋めようと行きずりの恋に身を投じていた。  その帰り道、今月から部下となったイケメン狼族のシモンと出会う。 「なんで……嘘つくんですか?」  今まで誰にも話したことの無い俺の秘密を見透かしたように言うシモンと、俺は身体を重ねることになった。

全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話

みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。 数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...