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第四章 ボクと白犬と銀狼と
楽しいお出掛け?
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「カオル、こっちだよ。早く早く」
「ま、待ってくださーい……!」
快晴な空の下、商店街の大通りを行く人々は活気に満ち溢れ、そこには道行く人々の波に揉まれる薫達の姿があった。
魔境と化したギランの部屋の清掃はアルトの手を借りながらも大苦戦。ようやく終わらせた頃には既に昼時を迎えてしまい、今は出遅れながらもアルトの案内で街の散策をしているところであった。
「今日も人が多いなぁ。お昼時だから少しは人が減ってると思ったんだけど。一応、はぐれないように手を繋いどこっか」
「はぁっ……はぁっ……お、お願いします……」
貧弱で小柄な薫にとって、道行く人々はまさに荒波。少しでも気を抜けば何処とも知れない場所まで押し流されそうになってしまう。息も絶え絶えになりながら差し出されたアルトの手を握る薫。掌に押し当てられる大きな肉球の感触は心地良いが、傍から見れば職場の同僚というより歳の離れた兄弟のように見えなくもなかった。
「ここはカオルともよく来るよね。最近はお店の人からも顔を覚えてもらえたし」
「そうですね。いつもお菓子をくれるので、少し申し訳なくなっちゃうんですけど……」
この辺りは薫もアルトに付いてよく買出しに来るエリアである。今となっては小道具や食料品を扱う店舗の老主人とも顔馴染みであり、ちょっとした日常会話をする仲になった。もっとも、相手方は薫を傭兵というよりはお手伝いの子供という認識のようで、毎回のように菓子や果物を食わせようとしてくるのだが。
「あっはっはっ、可愛がってもらってるんだから良いじゃない。街を渡り歩く冒険者の人達と違って僕達はこの街で暮らしてるんだから、街の人達とは仲良くしておかなきゃ」
「そういえば、ギランさんも街の人達とは仲が良いですよね。この街に連れて来られた時も親しげに話してましたし」
「うーん……ギランさんはちょっと近過ぎのような気がするけどね。あちこちのお店でツケを作っちゃってるから頼み事が断れなくて、皆であちこち走り回ったこともあるんだから。カオルが来る前にもね……」
楽しそうに話すアルトを横目に、薫は胸を撫で下ろす。ギランの部屋では何処か寂しそうな表情を見せたアルトだが、今はすっかり元気を取り戻している。あまりアルトの前ではクライヴ達と袂を分けた頃の話はしない方が良いかもしれない。
「…っていうことがあって……カオル、どうかした?」
「えっ!?い、いえ、何でもないですよ!アルトさん達も苦労してるなぁって!」
「あははっ、そうなんだよねぇ。だけど、僕は今の……皆がいる場所が好きだから」
何気なくアルトがそう洩らした言葉に、薫は深い重みのようなものを感じた。アルトにとって、紅蓮の剣という場所は様々な思い出と想いが入り混じる大切な場所なのだろう。それを守りたいと願うのは至極当然の事で、彼にとっての原動力なのかもしれない。
そして、今の居場所を守りたいという想いについては、薫もまた同意見であった。頑張っているアルトに何か報いたい。そう考えた時、薫はポケットに押し込んだ金貨の重みに気が付いた。
「あの……アルトさん、何か欲しい物ってありませんか?」
「えっ?突然どうしたの?」
「えっと……アルトさんにはいつもお世話になってますし、何かお礼がしたいと思いまして。ほ、ほら、今の僕はお金だけはありますから何でも言ってください!」
贈り物をするというのは悪い考えではないはずだが、さすがに突然過ぎただろうか。あまりに意表を突かれ過ぎてアルトが驚いた表情を浮かべている。
「え~……でも悪いよ。カオルが初めて稼いだお金でしょ?それなら自分のために使った方が……」
「それなら尚更アルトさんに何かプレゼントさせて下さい!僕、まだアルトさんに助けてもらってばかりですから、こういった形でしかお礼が出来なくて……」
仕事で報いることが出来ない自分の力不足を実感する。不甲斐ないことだが、薫には今はこれしか浮かばなかったのだ。
真剣な眼差しで見上げてくる薫に困ったような表情を浮かべていたアルトだったが、そこで諦めたように苦笑いを浮かべた。
「…カオルは優しいね。そういうトコ、好きだよ」
「わぷ……っ」
突然アルトは薫を抱き寄せ、自身のフカフカの毛並みに埋もれさせるように抱擁する。干した後の布団のような太陽の匂いがする温かい体毛の海に溺れて逃れられず、されるがままに撫で回される薫。アルトの気が済むまで抱き締められた後、ようやく解放された。
「じゃあ、カオルに甘えさせてもらって一つお願いしようかな。こっちのお店なんだけど」
「は、はい……」
柔らかい体毛に包まれた余韻に浸る薫の手を引き、歩いていくアルト。人混みを縫って歩いていく内に立ち並ぶ商店は少なくなっていき、周囲からの喧騒が金属を叩くような音に変わっていく。
「あ、アルトさん、何処に向かってるんです……?」
「この先は職人街になってるんだ。最近料理に使うナイフが使い込み過ぎて細くなってきたから、新しく買い替えたいと思ってたんだよね。お店で買うのもいいけど、前からお世話になってる凄く腕の良い職人さんがいるんだ」
「な、なるほど……」
調理用のナイフとは、アルトらしいチョイスである。普段の美味な食事も、道具に拘る彼だからこそ出せるものかもしれない。
そんなことを考えていると、アルトはとある鍛冶工房の前で足を止めた。熱気漂う店頭に並ぶのは、恐らくここで作られたものだろう剣や鎧といった武具に、日用品として使用される金属製の調理器具の数々。重厚な鈍色の輝きを放つそれらは、素人である薫が見ても相当出来の良いものであることがわかった。
「ま、待ってくださーい……!」
快晴な空の下、商店街の大通りを行く人々は活気に満ち溢れ、そこには道行く人々の波に揉まれる薫達の姿があった。
魔境と化したギランの部屋の清掃はアルトの手を借りながらも大苦戦。ようやく終わらせた頃には既に昼時を迎えてしまい、今は出遅れながらもアルトの案内で街の散策をしているところであった。
「今日も人が多いなぁ。お昼時だから少しは人が減ってると思ったんだけど。一応、はぐれないように手を繋いどこっか」
「はぁっ……はぁっ……お、お願いします……」
貧弱で小柄な薫にとって、道行く人々はまさに荒波。少しでも気を抜けば何処とも知れない場所まで押し流されそうになってしまう。息も絶え絶えになりながら差し出されたアルトの手を握る薫。掌に押し当てられる大きな肉球の感触は心地良いが、傍から見れば職場の同僚というより歳の離れた兄弟のように見えなくもなかった。
「ここはカオルともよく来るよね。最近はお店の人からも顔を覚えてもらえたし」
「そうですね。いつもお菓子をくれるので、少し申し訳なくなっちゃうんですけど……」
この辺りは薫もアルトに付いてよく買出しに来るエリアである。今となっては小道具や食料品を扱う店舗の老主人とも顔馴染みであり、ちょっとした日常会話をする仲になった。もっとも、相手方は薫を傭兵というよりはお手伝いの子供という認識のようで、毎回のように菓子や果物を食わせようとしてくるのだが。
「あっはっはっ、可愛がってもらってるんだから良いじゃない。街を渡り歩く冒険者の人達と違って僕達はこの街で暮らしてるんだから、街の人達とは仲良くしておかなきゃ」
「そういえば、ギランさんも街の人達とは仲が良いですよね。この街に連れて来られた時も親しげに話してましたし」
「うーん……ギランさんはちょっと近過ぎのような気がするけどね。あちこちのお店でツケを作っちゃってるから頼み事が断れなくて、皆であちこち走り回ったこともあるんだから。カオルが来る前にもね……」
楽しそうに話すアルトを横目に、薫は胸を撫で下ろす。ギランの部屋では何処か寂しそうな表情を見せたアルトだが、今はすっかり元気を取り戻している。あまりアルトの前ではクライヴ達と袂を分けた頃の話はしない方が良いかもしれない。
「…っていうことがあって……カオル、どうかした?」
「えっ!?い、いえ、何でもないですよ!アルトさん達も苦労してるなぁって!」
「あははっ、そうなんだよねぇ。だけど、僕は今の……皆がいる場所が好きだから」
何気なくアルトがそう洩らした言葉に、薫は深い重みのようなものを感じた。アルトにとって、紅蓮の剣という場所は様々な思い出と想いが入り混じる大切な場所なのだろう。それを守りたいと願うのは至極当然の事で、彼にとっての原動力なのかもしれない。
そして、今の居場所を守りたいという想いについては、薫もまた同意見であった。頑張っているアルトに何か報いたい。そう考えた時、薫はポケットに押し込んだ金貨の重みに気が付いた。
「あの……アルトさん、何か欲しい物ってありませんか?」
「えっ?突然どうしたの?」
「えっと……アルトさんにはいつもお世話になってますし、何かお礼がしたいと思いまして。ほ、ほら、今の僕はお金だけはありますから何でも言ってください!」
贈り物をするというのは悪い考えではないはずだが、さすがに突然過ぎただろうか。あまりに意表を突かれ過ぎてアルトが驚いた表情を浮かべている。
「え~……でも悪いよ。カオルが初めて稼いだお金でしょ?それなら自分のために使った方が……」
「それなら尚更アルトさんに何かプレゼントさせて下さい!僕、まだアルトさんに助けてもらってばかりですから、こういった形でしかお礼が出来なくて……」
仕事で報いることが出来ない自分の力不足を実感する。不甲斐ないことだが、薫には今はこれしか浮かばなかったのだ。
真剣な眼差しで見上げてくる薫に困ったような表情を浮かべていたアルトだったが、そこで諦めたように苦笑いを浮かべた。
「…カオルは優しいね。そういうトコ、好きだよ」
「わぷ……っ」
突然アルトは薫を抱き寄せ、自身のフカフカの毛並みに埋もれさせるように抱擁する。干した後の布団のような太陽の匂いがする温かい体毛の海に溺れて逃れられず、されるがままに撫で回される薫。アルトの気が済むまで抱き締められた後、ようやく解放された。
「じゃあ、カオルに甘えさせてもらって一つお願いしようかな。こっちのお店なんだけど」
「は、はい……」
柔らかい体毛に包まれた余韻に浸る薫の手を引き、歩いていくアルト。人混みを縫って歩いていく内に立ち並ぶ商店は少なくなっていき、周囲からの喧騒が金属を叩くような音に変わっていく。
「あ、アルトさん、何処に向かってるんです……?」
「この先は職人街になってるんだ。最近料理に使うナイフが使い込み過ぎて細くなってきたから、新しく買い替えたいと思ってたんだよね。お店で買うのもいいけど、前からお世話になってる凄く腕の良い職人さんがいるんだ」
「な、なるほど……」
調理用のナイフとは、アルトらしいチョイスである。普段の美味な食事も、道具に拘る彼だからこそ出せるものかもしれない。
そんなことを考えていると、アルトはとある鍛冶工房の前で足を止めた。熱気漂う店頭に並ぶのは、恐らくここで作られたものだろう剣や鎧といった武具に、日用品として使用される金属製の調理器具の数々。重厚な鈍色の輝きを放つそれらは、素人である薫が見ても相当出来の良いものであることがわかった。
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