ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

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第四章 ボクと白犬と銀狼と

秘められた過去

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「ふう……やっと終わった」

握り締めたモップの柄に寄り掛かり、薫は磨き抜かれた廊下を振り返って一息ついた。ギラン達が出掛けてから間も無くアルトと共に掃除を始めた彼の担当は、団員それぞれの部屋が並ぶ二階。任されたからには手を抜くわけにはいかないと薫は一心不乱にモップで床板を磨き、ようやく終わらせたところであった。

床磨きは祖父の道場の清掃で慣れているとはいえ、疲労を全く感じないわけではない。何気なく廊下の窓から中庭へと視線を向けると、張り巡らせた洗濯紐に丁寧に洗濯物を掛けていくアルトの姿が見えた。

薫が世話になる前から家事全般を担当していたとあって、その手際は神懸かっている。洗濯物が山積みにされていたカゴの中身はアルトの手によって瞬く間に減っていった。

あの様子では一階の掃除もすぐに終わらせてしまいそうだ。一階に比べて掃除する箇所の少ない二階を任されながらアルトよりも終わらせるのが遅かったともなれば、あまりにも情けなさすぎる。

「あとは……ギランさんのお部屋だけか」

げんなりとした様子で呟く薫。残る清掃箇所はギランの部屋のみ。基本的に自室などのパーソナルスペースは自分で掃除することになっているのだが、生活力の無い怠惰なギランに自分の部屋を掃除するという考えがあるわけもない。そんなわけで例外的にアルトと薫がギランの部屋を掃除することになっていた。

そして、薫の反応から察せられるように、ギランの部屋はこの建物の中で最も難関、まさに魔境とも言うべき有り様であった。

「うう……相変わらず酷い……」

ギランの部屋の扉を開けて早々、薫は顔をしかめた。そこに広がるのは凄惨な光景。濃厚な雄臭とアルコール臭がブレンドされた強烈な空気が充満する室内は酒瓶や重要そうな書類、いかがわしい表紙の本が散乱して足の踏み場も無い。これを整理するのは相当な労力を強いられそうである。

「止まってても仕方ないし……頑張ろう」

自分を鼓舞し、薫は室内へと足を踏み入れた。まずは換気のために窓を開け、酒瓶をひとまず廊下へと運び出す。それだけでも重労働で、床上だけでなくベッドの上やら下やらに転がるそれらを抱えては廊下に出していく。

これで少しは足の踏み場も出来るだろう。そう思っていた薫だったが、悲劇が襲った。

「あっ」

薫の足が見落としていた酒瓶を踏み付ける。足裏の感触に気付いた時には既に遅く、薫の体勢は大きく崩れ、視界に天井の景色が飛び込んできた。

「いったぁっ!?」

受け身を取る暇もなく、薫は盛大にすっ転んだ。幸いにも頭を打ち付けるようなことはなかったが、尻餅をついた腰が痛む。なんとか立ち上がろうとした薫だったが、不運はそれだけでは終わらなかった。

「いたた……何でこんな……あいたっ!?」

さらに追い討ちとばかりに降ってきた何かが薫の頭にぶつかった。その一撃で意識を奪い去られそうになるが、水際のところで意識を保った薫は頭上から落ちてきた何かを拾い上げた。

「なんだろう、これ……宝石?」

それは、埃を被った拳大ほどの蒼い水晶であった。恐らく傍の本棚から落ちてきたのだろう、透き通った向こう側には真っ青な景色が見える。見るからに高価な代物だが、金と性欲にだらしのないギランがこんなものを保管もせずに放置しているとは考えにくかった。

「大切なものだよね……多分。ギランさんが無くしてたものかもしれないし、わかるところに置いとこ」

薫は今度こそ足下に注意しながら抱えた水晶を酒瓶で溢れ返る机に置いたーーーその時であった。

「うわぁああっ!?」

突如として水晶が光を放った瞬間、まるで映写機のように空中に映像が浮かび上がった。予期せぬ出来事と不思議な光景に、薫は自身が魔法の存在する異世界にいることを再認識。一体何が映し出されているのかと目を凝らすと、そこには彼もよく知る面々の姿があった。

「こ、これ、ギランさん……?」

薫が口にした通り、そこにはギランの姿があった。ここの中庭と思われる場所で、大剣を担いでポーズを取る彼の周囲には当時の団員と思われる人々の姿があり、その中にはヴァルツとアルト、そして敵対する傭兵団、『紺碧の盾』の団長クライヴやガウル、オレルドの姿もあった。

恐らく、この水晶は風景を記録する魔法具のようなものだったのだろう。記録されているのは、ギランとクライヴが敵対する以前の光景だと思われた。

ギランと肩を組むクライヴと、その隣で微笑みを浮かべるヴァルツ。その隅では不機嫌そうに腕を組むガウルをアルトとオレルドが宥めている。前に顔を合わせた時は険悪な間柄だったが、映像の中に映る彼らにそんな様子は見られなかった。

「凄く仲良さそうだけど……どうして今は仲が悪いんだろう?」

ギランの性格を考えれば金銭絡みの可能性も考えられたが、それでここまで関係が拗れるものだろうか。思考を巡らせる薫だったが、いくら考えても答えは見えてこなかった。

「カオル、大丈夫?何か凄い音が聞こえたけど……あれ?」

「わっ!?」

その時、掃除にしては騒がしい音を立てる薫を心配してか、やってきたアルトが部屋に顔を覗かせた。

「へぇ、懐かしいなぁ。それ、ギランさんの部屋にあったの?」

「は、はい。机に置こうとしたら急に出てきちゃって……」

薫へと歩み寄ってきたアルトは、彼の肩越しに映し出された映像を覗き込んだ。

「これはね、まだ皆一緒だった頃に集まって記録したものなんだ。コーラルさんが来る前だから、二年くらい前かなぁ。あの頃は団員の人数も十人以上居てね、毎日凄く賑やかだったんだ」

「そうなんですね……じゃあ、今はその人達はクライヴさんのところに?」

何気なくそう尋ねた薫だったが、その時アルトの表情が曇った。懐かしむような表情から、どこか悲痛な表情に。それはほんの一瞬の変化であったが、薫はその変化を見逃さなかった。

「あ、アルトさん……?」

「…そろそろ、掃除に戻ろっか。あとはギランさんの部屋だけだよね。手伝うから一気に終わらせちゃおう」

薫の問い掛けに答えることはなく、アルトは水晶を手にして映像を消失させると、家主であるギランも目が届きにくいだろう棚の最も高い場所の、さらに奥へと押し込むようにそれを置いた。

「ほら、早く早く。お出掛けする時間が少なくなっちゃうよ?」

「は、はい……」

アルトにとって、薫の問い掛けは開くべきでない記憶の扉を叩くものだったのだろう。思い出しかけた記憶を払拭するかのように一心不乱に掃除に取り掛かるアルトの姿を気にしながら、薫もまた掃除へと戻るのだった。
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