ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

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第三章 初仕事は蒼へと向かって

終わりを迎えて

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「何しやがんだコーラル。話は後で聞いてやるから、さっさと手を離せ」

ギロリと威圧感たっぷりにコーラルを睨み付けるギラン。心臓の弱い者ならば卒倒しかねないほどのプレッシャーだが、コーラルの心には波風一つ立てることは出来なかったようだ。ギランの手を握りしめたまま、コーラルは首を左右に振ってみせる。

「いや……これはさすがに看過は出来ないだろう」

「ちょっと!ギランさん今回は何もやってないじゃないですか!それで半分持っていくなんて横暴ですよ!」

少し遅れてアルトが机を叩く。成果の半分を持っていかれては心穏やかでいられるはずもない。犬歯を剥き出しにして唸るアルトだったが、そんなことで怯むようなギランではなかった。

「うるせェッ!こちとら大損してんだ!半分残してやってるだけでもありがたく思え!」

「そんなギランさんの事情なんて知りませんよ!前の依頼の時だって何だかんだ理由つけて半分持っていったじゃないですか!僕だって欲しい物あるんですから!」

「理不尽の極みだな……」

「がははははっ!この下っ端どもが、何とでも言いやがれ!理不尽、横暴上等だ!それが俺様の信条だァッ!」

「グルル……そうはさせませんっ!」

「のあっ!?テメ、アルト!俺様の金を返しやがれっ!」

「ちょ、ギランさーーーわぁあああっ!?」

素早く金貨と銀貨の袋を強奪したアルトを追って立ち上がったギランの膝から転げ落ちる薫。なんやかんやと騒動に巻き込まれた挙げ句、しこたま腰を打ち付けることになってしまった。

「絶対にイヤです!傭兵団の会計を預かる者として、ギランさんの勝手を許すわけにはいきません!」

「あー……二人とも、もう止めないか。カオルの前でみっともないぞ」

起き上がった彼の目の前では、ギランとアルト、そして仲裁に入ったコーラルによる壮絶な報酬争奪戦が繰り広げられている。ヴァルツも見慣れた光景なのか仲裁に入る気配もなく、相変わらず沈黙を保ったまま眺めていた。

「ああ、もうめちゃくちゃ……」

薫にも報酬を受け取る権利はあるのだろうが、実のところ薫はそれほど金銭を欲してはいなかった。いろいろと誘惑の多い元の世界ならばまだしも、裏庭で訓練をするかアルトの手伝いをして日々を過ごす今の薫の生活状況では、あまり金銭を必要としてはいなかったのである。

そして何より、この三つ巴の争奪戦に首を突っ込む勇気は無かった。

「あ、あの~……僕、お金はいいので、皆さんで分けて頂ければ……」

「ああ?」

その時、薫の言葉を聞いたギラン達の動きが止まる。折り重なって一塊となった三人の視線が薫へと集中した。

「何をバカ言ってんだ。命張って稼いだ金だろうが。報酬はお前の命の価値そのものだぞ」

「そんなのダメだよ!カオル、働きには正当な報酬があって然るべきなんだから!」

「遠慮ばかりが美学ではないぞ。生きるために働き、糧を得ることこそ正しいヒトの営みだ」

「ええ……」

こんな状況にも関わらず冷静にもっともらしいことを言う三人。わかっているのならば落ち着いて配分について話し合ってもらいたいものだが、それが出来れば現に争いは起こってなどいないだろう。

「ちょっと待っててね、カオル。ギランさんを追い出したら、すぐに分けてあげーーーあっ!?」

「…………」

その時、静観していたヴァルツがアルトの手の中から報酬が入った袋を取り上げた。一体何をするのかと周りが見守る中、ヴァルツは袋の中に手を入れ、七枚の金貨を取り出すと、残りの金貨と銀貨が詰まった袋を薫へと差し出した。

「えっ……!?そ、そんなに貰えませんよ!僕は本当に大丈夫ですから!」

「…………」

賠償として支払われた銀貨はともかく、金貨三枚はとんでもない大金である。後退りする薫だが、ヴァルツは有無を言わさず彼の手に袋を握らせてしまう。

「こ、困りますよ!み、皆さんも納得出来ないですよね!?僕がこんなに貰ったら……!」

「あー……よく考えたら妥当かも。カオルが居なかったら今回の仕事は達成出来なかったかもしれないし」

「副団長の判断ならば、私からは何も言う事は無い。団長も異議は無いだろう?」

「俺様はハナからそのつもりだったぜ?俺様が五枚、カオルが三枚、残りはお前らで適当に分けさせるつもりだったからな」

「ええ……」

あれだけ取り分で争っていたというのに、何故か今回ばかりは元から示し合わせていたかのように一致団結。もはや口を挟む余地も無く、薫は袋を握りしめたまま立ち尽くす他なかった。

「何でそうなるんですか!ギランさんがそんなに取ったら実際に働いた僕達の取り分が少なすぎですよ!」

「うるせぇッ!ただでさえ仕事が無くて実入りが無ェんだぞ!団長特権ってことでウダウダ言うな!」

「二人とも、もういいかげんやめないか。こんな調子では纏まる話も纏まらないぞ。落ち着いて話し合おう」

薫への分配が終わったと思えば、再び再燃する報酬争奪戦。どうしたものかと薫が袋を片手に悩んでいると、そこでヴァルツと目が合った。

「…………」

「え……っ?」

壁に寄り掛かって腕組みをしたヴァルツは、薫から二階へと視線を向け、再び薫へと視線を戻す。どうやら部屋に行けということらしい。この場に留まっても、薫が出来ることは何も無いだろう。むしろ巻き込まれてしまう危険性があった。

「じゃあ……すみません、先にお部屋に戻らせてもらいますね……?」

「…………」

ヴァルツは小さく頷くと、視線を大絶賛乱闘中のギラン達へと向ける。薫はホール全体を揺るがすほどの喧騒を背に、コッソリとその場から離脱した。

「ふう……」

何だかドッと疲れたような気がする。二階の廊下から窓の外を見れば既に陽は落ちており、夜空には煌々と満月が浮かんでいる。カーシェルに戻ったのが夕方だったことを思えば、随分と長く話し込んでいたらしい。ランタンの明かりに照らされた薄暗い廊下を進み、薫は二日ぶりに自室の中に足を踏み入れた。

相変わらず物が少ない殺風景な部屋である。薫は剣を壁際に立て掛けるとそのままベッドへと倒れ込んだ。

「なんとか……生きて帰れたなぁ……」

この二日間、何だかあっという間に過ぎ去ってしまったような気がする。初仕事を終えて、この異世界で初めての友人も出来た。命を脅かされるような目にも遭ったが、二度と街の外には出たくないという感情は無い。この異世界に来て、少しは逞しくなったということなのかもしれない。

「このお金……どうしようかな……」

薫は寝転がりながらズシリと思い袋を眺める。今のところ使い道は思い付かないが、これだけあれば大抵の物は買えるはずだ。新しい服や、身を守るための鎧を買うのも良いかもしれない。それとも、家具を買って部屋をもっと居心地の良い空間にしようか。街に出て、いろいろと見物しながら食べ歩きをするのも良いかもしれない。

使い道に思考を巡らせていると、薫の瞼がだんだんと重くなっていく。無事に戻って来れたという安堵感から、一気に疲労と睡魔が襲ってきたのだろう。袋を握りしめたまま、薫は抵抗することなく瞼を閉じた。

こうして薫にとっての初仕事は、無事に成功を収めて終わりを迎えたのだった。
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