57 / 74
第三章 初仕事は蒼へと向かって
薫が求めたモノ
しおりを挟む
「お前は何か勘違いをしているようだが、私に侮辱の意思は無い。ただ率直な感想を述べたまでだ。相手が見窄らしい傭兵であろうとも、私は仕事が出来る者は嫌いではない。無論、我が商会の人間が犯した愚行に対する賠償も惜しまん」
どうやら、思っていたよりもそれほど怒ってはいないようだ。テクトの立場が悪くならずに安堵する薫だったが、そこへブラマスが小さな革袋を差し出してきた。
「あ、あの……?」
「受け取れ。今回の報酬と、商会に所属する人間が掛けた迷惑料だ」
薫の掌に乗せられた革袋はズシリと重く、覗き込むと金貨に加えて大量の銀貨が詰められている。報酬は金貨と聞いていたが、銀貨は薫に対する迷惑料ということだろう。枚数はわからないが、相当な金額であることが伺える。
「う、受け取れませんよ、こんなに……!」
「ほう、少ないと言い出すかと思ったのだがな。金に貪欲な傭兵にしては珍しく慎ましい。それはお前の正当な取り分だ。お前が受け取らぬからといって取り上げるような真似は出来ん。不要ならばそこらに捨てろ」
「カオル、おとなしく貰っとけって。ブラマスさんもこう言ってるんだからさ」
「は、はぁ……」
捨てろと言われて捨てるわけにもいかず、硬貨の入った袋をおとなしく受け取る薫。ブラマスの口調はキツく、次から次へと敵を作りそうな性格だが、薫が思っているほど悪い人間ではないのかもしれない。
「ちょっと待って下さい。今回の依頼の件、護衛とは別の意図がありますよね?」
「別の意図だと?何を言っているのかわからんな。お前達への依頼は会長が行ったものだろう。私には預かり知らぬことだ」
「そうはいきませんよ。街道近くに出たロックゴーレムの件、商会では把握してたんですよね?わざわざ移動ルートを指定して、僕達に依頼したのは倒させるつもりだったんじゃないんですか?」
「チッ……また小癪な手を使ったか。その杜撰な行動のツケを誰が精算していると思っているのだ……!」
アルトの追求にブラマスは苛立ちを隠そうともせず舌打ちをして頭を掻く。その様子を見る限り、彼は今回の魂胆には加担していないように見えた。その言葉が事実であれば、今回の画策は全てアルドゴート商会会長のステッキンが行ったということになるだろう。
これはブラマスが全面的に非を認めることになるだろう。そう思った薫だったが、それはあまりにも甘い考えであった。
「こちらの依頼内容は護衛だろう?当然、護衛には進路を阻む魔物の討伐も含まれているはずだ。割に合わん魔物に遭遇したのかもしれんが、それらは全て結果論だろう」
「そ、それは……っ」
「仮に道中何者にも出くわさなかった場合、お前達は働きに見合わないほどの報酬を手にしたはずだ。契約に特約が無い以上、こちらがお前達の言う不足分を補填するつもりはない。恨むのならば契約内容の確認を怠ったお前達の頭目を恨むがいい」
「う、うう……」
もはや言い返す言葉も無いと力無く項垂れるアルト。ブラマスの言葉は至極真っ当なものだ。それに、商人というものはそれなりに弁が立つ。それも商会が持つ支部の責任者ともなれば相当だ。交渉という土俵においてアルトの勝ち目は万が一にも無かったことだろう。
「もういいじゃないですか、アルトさん。こうして皆さん無事にここまで来れたんですから。お金もほら、こんなに貰えましたよ」
「うう……カオルぅ、僕の力不足を許してぇ……」
「…………」
薫へとグリグリと頭を押し付けてくるアルト。ここまで落ち込む彼の姿も珍しい。ギランから交渉役として今回の仕事に同行した彼だったが、今回はあまりにも相手が悪すぎたと言わざるを得ない。すっかり気落ちしてしまったアルトを薫とヴァルツは慰めるように背中を撫でた。
「…しかし、だ」
「はい……?」
不意に口火を切ったブラマスへと薫達は顔を向けた。
「労働には相応の報酬を支払わねばなるまい。だが、商会の帳簿から新たに捻出することは出来ん。よって、私の一存で可能な範囲であれば追加で報酬を出してやる」
「ええっ!?い、良いんですか……?」
「二度も言わせるな。さて、何を差し出したものか……」
アルトの姿を哀れに思ったか、はたまた雀の涙ほどの良心の呵責があったのか、思い掛け無いブラマスの申し出に驚きの声を上げる薫。彼の完全勝利だったというのに、これでアルトの面目も立つというものだ。一体何を報酬にしたものかと、ブラマスは腕組みをしながら悩んでいる。
その時、薫はある一つの考えが頭に浮かんだ。
「あ、あの……アルトさん、ヴァルツさん、ちょっと……」
「えっ?どうしたの、カオル?」
「…………」
薫はアルトとヴァルツの耳元でボソボソと何かを囁く。すると、アルトは一瞬驚いた表情を見せるも、すぐに柔和な笑みを浮かべた。
「うん、いいんじゃないかな。ロックゴーレムを倒したのはカオルだし、好きにしちゃって。ヴァルツさんも良いですよね?」
「…………」
「お二人とも、ありがとうございますっ」
要求が通って、ホッと胸を撫で下ろす薫。相談するのはかなり不安だったが、そもそも優しいこの二人がダメだと言うはずもなかったかもしれないが。
「何だ?何か要求があるのか?言っておくが、あまり高額な報酬は用意できんぞ。こちらも宮仕えの立場なのでな」
「は、はい、理解してます。それで、もし出来るなら……テクトさんの事、もう許してあげてくれませんか?」
「お、おい!」
薫の言葉に、様子を見守っていたテクトが焦ったように声を上げる。薫の考えとは、ダリウスの呪縛からテクトを解放することであった。薫は今回の仕事で終わりだが、テクトはこれからも商会で働くことになる。このままずっとダリウスに弱味を握られたままテクトが好き勝手にされることは、薫にとって見過ごせるものではなかったのだ。
どうやら、思っていたよりもそれほど怒ってはいないようだ。テクトの立場が悪くならずに安堵する薫だったが、そこへブラマスが小さな革袋を差し出してきた。
「あ、あの……?」
「受け取れ。今回の報酬と、商会に所属する人間が掛けた迷惑料だ」
薫の掌に乗せられた革袋はズシリと重く、覗き込むと金貨に加えて大量の銀貨が詰められている。報酬は金貨と聞いていたが、銀貨は薫に対する迷惑料ということだろう。枚数はわからないが、相当な金額であることが伺える。
「う、受け取れませんよ、こんなに……!」
「ほう、少ないと言い出すかと思ったのだがな。金に貪欲な傭兵にしては珍しく慎ましい。それはお前の正当な取り分だ。お前が受け取らぬからといって取り上げるような真似は出来ん。不要ならばそこらに捨てろ」
「カオル、おとなしく貰っとけって。ブラマスさんもこう言ってるんだからさ」
「は、はぁ……」
捨てろと言われて捨てるわけにもいかず、硬貨の入った袋をおとなしく受け取る薫。ブラマスの口調はキツく、次から次へと敵を作りそうな性格だが、薫が思っているほど悪い人間ではないのかもしれない。
「ちょっと待って下さい。今回の依頼の件、護衛とは別の意図がありますよね?」
「別の意図だと?何を言っているのかわからんな。お前達への依頼は会長が行ったものだろう。私には預かり知らぬことだ」
「そうはいきませんよ。街道近くに出たロックゴーレムの件、商会では把握してたんですよね?わざわざ移動ルートを指定して、僕達に依頼したのは倒させるつもりだったんじゃないんですか?」
「チッ……また小癪な手を使ったか。その杜撰な行動のツケを誰が精算していると思っているのだ……!」
アルトの追求にブラマスは苛立ちを隠そうともせず舌打ちをして頭を掻く。その様子を見る限り、彼は今回の魂胆には加担していないように見えた。その言葉が事実であれば、今回の画策は全てアルドゴート商会会長のステッキンが行ったということになるだろう。
これはブラマスが全面的に非を認めることになるだろう。そう思った薫だったが、それはあまりにも甘い考えであった。
「こちらの依頼内容は護衛だろう?当然、護衛には進路を阻む魔物の討伐も含まれているはずだ。割に合わん魔物に遭遇したのかもしれんが、それらは全て結果論だろう」
「そ、それは……っ」
「仮に道中何者にも出くわさなかった場合、お前達は働きに見合わないほどの報酬を手にしたはずだ。契約に特約が無い以上、こちらがお前達の言う不足分を補填するつもりはない。恨むのならば契約内容の確認を怠ったお前達の頭目を恨むがいい」
「う、うう……」
もはや言い返す言葉も無いと力無く項垂れるアルト。ブラマスの言葉は至極真っ当なものだ。それに、商人というものはそれなりに弁が立つ。それも商会が持つ支部の責任者ともなれば相当だ。交渉という土俵においてアルトの勝ち目は万が一にも無かったことだろう。
「もういいじゃないですか、アルトさん。こうして皆さん無事にここまで来れたんですから。お金もほら、こんなに貰えましたよ」
「うう……カオルぅ、僕の力不足を許してぇ……」
「…………」
薫へとグリグリと頭を押し付けてくるアルト。ここまで落ち込む彼の姿も珍しい。ギランから交渉役として今回の仕事に同行した彼だったが、今回はあまりにも相手が悪すぎたと言わざるを得ない。すっかり気落ちしてしまったアルトを薫とヴァルツは慰めるように背中を撫でた。
「…しかし、だ」
「はい……?」
不意に口火を切ったブラマスへと薫達は顔を向けた。
「労働には相応の報酬を支払わねばなるまい。だが、商会の帳簿から新たに捻出することは出来ん。よって、私の一存で可能な範囲であれば追加で報酬を出してやる」
「ええっ!?い、良いんですか……?」
「二度も言わせるな。さて、何を差し出したものか……」
アルトの姿を哀れに思ったか、はたまた雀の涙ほどの良心の呵責があったのか、思い掛け無いブラマスの申し出に驚きの声を上げる薫。彼の完全勝利だったというのに、これでアルトの面目も立つというものだ。一体何を報酬にしたものかと、ブラマスは腕組みをしながら悩んでいる。
その時、薫はある一つの考えが頭に浮かんだ。
「あ、あの……アルトさん、ヴァルツさん、ちょっと……」
「えっ?どうしたの、カオル?」
「…………」
薫はアルトとヴァルツの耳元でボソボソと何かを囁く。すると、アルトは一瞬驚いた表情を見せるも、すぐに柔和な笑みを浮かべた。
「うん、いいんじゃないかな。ロックゴーレムを倒したのはカオルだし、好きにしちゃって。ヴァルツさんも良いですよね?」
「…………」
「お二人とも、ありがとうございますっ」
要求が通って、ホッと胸を撫で下ろす薫。相談するのはかなり不安だったが、そもそも優しいこの二人がダメだと言うはずもなかったかもしれないが。
「何だ?何か要求があるのか?言っておくが、あまり高額な報酬は用意できんぞ。こちらも宮仕えの立場なのでな」
「は、はい、理解してます。それで、もし出来るなら……テクトさんの事、もう許してあげてくれませんか?」
「お、おい!」
薫の言葉に、様子を見守っていたテクトが焦ったように声を上げる。薫の考えとは、ダリウスの呪縛からテクトを解放することであった。薫は今回の仕事で終わりだが、テクトはこれからも商会で働くことになる。このままずっとダリウスに弱味を握られたままテクトが好き勝手にされることは、薫にとって見過ごせるものではなかったのだ。
33
お気に入りに追加
288
あなたにおすすめの小説


【完結】試練の塔最上階で待ち構えるの飽きたので下階に降りたら騎士見習いに惚れちゃいました
むらびっと
BL
塔のラスボスであるイミルは毎日自堕落な生活を送ることに飽き飽きしていた。暇つぶしに下階に降りてみるとそこには騎士見習いがいた。騎士見習いのナーシンに取り入るために奮闘するバトルコメディ。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた!
どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。
そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?!
いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?!
会社員男性と、異世界獣人のお話。
※6話で完結します。さくっと読めます。

小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)
九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。
半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。
そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。
これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。
注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。
*ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)

顔だけが取り柄の俺、それさえもひたすら隠し通してみせる!!
彩ノ華
BL
顔だけが取り柄の俺だけど…
…平凡に暮らしたいので隠し通してみせる!!
登場人物×恋には無自覚な主人公
※溺愛
❀気ままに投稿
❀ゆるゆる更新
❀文字数が多い時もあれば少ない時もある、それが人生や。知らんけど。

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。
やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。
昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと?
前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。
*ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。
*フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。
*男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。
※(3/14)ストック更新終わりました!幕間を挟みます。また本筋練り終わりましたら再開します。待っててくださいね♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

囚われた元王は逃げ出せない
スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた
そうあの日までは
忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに
なんで俺にこんな事を
「国王でないならもう俺のものだ」
「僕をあなたの側にずっといさせて」
「君のいない人生は生きられない」
「私の国の王妃にならないか」
いやいや、みんな何いってんの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる