ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

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第三章 初仕事は蒼へと向かって

旅の終わり

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「よしっ、到着だぁっ!着いたぜ、傭兵さん達!」

「わぁ……っ!」

威勢の良いテクトの声に薫が馬車の中から顔を覗かせると、潮騒に乗って潮の香りが漂ってくる。大きな街門を抜け、最初に視界の中に飛び込んできたのはひしめき合う大勢の人々。そして、広大な街並みを超えた先に広がる真っ青な大海原であった。

都市の規模としては拠点にしている街よりも大きいだろう。港湾都市ブルーラグナは毎日のように他の大陸から訪れる多くの交易船が停泊し、自国から運び込んだ積荷を下ろすと新たな積荷を載せて再び大海原に繰り出していく。蒼海には多くの帆船が行き交い、あの中には他国へと向かう連絡船もあるのだろう。傭兵を続けていれば、いずれはこの港湾都市から世界へと出ることもあるのかもしれない。

「大きい街ですね……!」

「この辺りじゃ一番大きな街だからね。珍しい物もたくさんあるから、後で市場を見に行ってみようか。ヴァルツさんも一緒に行きますよね?弾も買わないといけないでしょうし」

「…………」

「おいおい、そういう話は仕事が終わった後でーーーおっ、ちょうど来たみたいだ」

薫達が馬車から降りると、こちらへ向かって歩いてくる人物の姿が目に入った。いかにも屈強そうな狼人と虎人を左右に従える、銀縁の片眼鏡を掛け、品の良い服を着た山羊人である。彼の姿が目に入るなり慌てて周囲が道を開けている様子を見るに、どうやらこの街ではそれなりに有名人のようだ。

「朝方には到着と聞いていたが、随分と遅い到着だな。少々怠慢ではないか、ダリウス?」

「へ、へい、申し訳ないですブラマスさん。少々想定外の事が起きちまって……」

「口を閉じろ。お前の言い訳など、くすんだ銅貨一枚分の価値も無い。次は許さん。いいな?」

「は、はいっ!」

ヴァルツによってお灸を据えられたとはいえ、あの横暴な性格のダリウスに反論一つ許さない。片眼鏡の奥の眼差しは草食動物とは思えないほどに険しく、あまり友好的な性格でないことは間違いないだろう。

「あ、あの、ブラマスさん。護衛してもらった傭兵さん達が待ってるんですけど……」

「まったく……何故私が傭兵などというならず者紛いと会わねばならんのだ。会長にも困ったものだな」

心底嫌そうに薫達へと向き直ったブラマスだが、薫達を見る眼差しに友好色は微塵も無い。まるで道端に転がる犬の糞でも見るかのような目付きである。

「初めまして。僕は傭兵団紅蓮の剣のアルトといいます。こちらは副団長のヴァルツさんに、最近新しく加入したカオルです」

「よ、よろしくお願いしますっ」

「…………」

深々と頭を下げる薫とは対照的に、ヴァルツは軽くテンガロンハットの縁に触れるだけ。ヴァルツによる無言のコミュニケーションは見慣れた者にとっては慣れたものだが、やはり初見では良い印象は持ってもらえないらしい。現に、ヴァルツを前にしたブラマスは怪訝そうな表情を浮かべている。

「ふん、高い依頼料を取る割に礼儀がなっていないようだ。副団長でこれでは団員の品格も期待は出来んな。会長にも少しは依頼する相手を考えてもらいたいものだ。おかしな連中と関わっていると知られれば、我が商会の品格も疑われてしまう」

「ふぅん……品格の事を言うなら、そちらも大概ですけどね」

「……なに?」

「ちょ、ちょっとアルトさん……!」

完全に薫がブラマスの侮蔑するような眼差しに気圧されていたその時、アルトが友好的な笑みを浮かべながら敵意マシマシの言葉をブラマスへと投げ掛けた。

「傭兵風情が言ってくれるではないか。汚れ仕事で飯を食っているような輩が、雇い主である商会の名誉に泥を塗るような戯言をほざくとは。やはり、副団長がこれでは団員も団員だな」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。こっちはそちらの従業員から薬を盛られた上に、団員を辱められる目に遭わされているんですからね」

「何だと……?」

「あっ、それは……!」

青ざめるダリウスへとブラマスの視線が注がれる。まるで氷のように冷たい眼差しにも関わらず、ダリウスは脱水症状になるのではと思うほどの大汗をかいている。

「ダリウス……それは事実か?」

「い、いや、それは……っ」

「簡潔に答えろ。私に余計な手間を掛けさせるな。それとも、痛みが伴わなければ答えられないか?」

震え上がるダリウスの前へと、護衛役らしい狼人と虎人が詰め寄る。完全にダリウスの自業自得なのだが、被害者である薫でさえ同情してしまいそうになるほどの光景だ。

「も、申し訳ねぇ!つい魔が差しちまって、それで……!か、かか堪忍してくれぇ!」

「ふん……それで、お前が手を出したのはどれだ?そこの無愛想な男というわけではないだろうが」

「へ、へい、そこのチビで……」

ダリウスが指を差す薫へとブラマスの視線が向けられる。ダリウスに向けられているほどに険しいものではなかったが、直視する度胸を薫は持ち合わせてはいなかった。

「…その顔で傭兵か。道中の処理要員として雇い入れた男娼と思ったが」

「う……」

「それはカオルに対する侮辱ですかっ!?」

ショックを受ける薫以上に激昂するアルト。牙を剥き出しに今にも飛び掛からんばかりの威勢だったが、ヴァルツが片手で彼を制した。

とはいえ、誰が見ても薫を傭兵とは思わないのは仕方が無い。それを薫自身も理解はしているのだが、やはり面と向かって言われてしまえば少しばかり悲しかった。

「ブラマスさん、それは違いますよ」

その時、テクトの言葉が落ち込む薫の背を押す。テクトは薫の隣に立ち、真剣な眼差しでブラマスを見上げていた。商会では下っ端であるテクトが責任者の立場であるブラマスに対して意見することは重大なリスクを伴うだろう。しかし、彼は黙っていられなかったのだ。どんな脅威を前にしても逃げる事なく立ち向かっていく薫の勇気を知っているのだから。

「て、テクトさん、僕は気にしてませんから……!」

「お前は黙ってろ。ブラマスさん、俺は……いや、俺達はコイツに助けられました。コイツがいなけりゃ、無事に積荷を届けられたかもわからない。確かにこんなナリはしてはいるけど、コイツは間違いなく傭兵だ。見た目だけでそんなこと言うのは失礼だと思いますぜ」

「ふん……下っ端風情が誰に物を言っている?身の程を弁えろ」

「ブラマスさんこそ、言葉を慎んでくださいよ。俺の恩人を侮辱するのなら、俺だって黙ってませんよ」

「テクトさん……!」

薫の制止もお構い無しに、テクトは全て言い切った。これは彼の進退も極まってしまったか。薫は恐る恐るブラマスへと視線を向ける。
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