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第三章 初仕事は蒼へと向かって
フカフカに抱かれて
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犬の体温は人間よりも二、三度ほど高いとされているが、犬獣人のアルトも同じだったらしい。毛布の中はまるで湯たんぽでも入れていたかのような温かさを保っており、夜風に晒されて冷えた薫の身体をじんわりと優しく温めてくれた。
「どう?二人だとちょっと狭いけど暖かいでしょ?」
「そう……ですね。こういうの慣れてないので、ちょっと落ち着かないですけど……」
「あははっ、カオルも旅慣れてきたらすぐに抵抗も無くなると思うよ。でも、やっぱりちょっと狭いね」
薫は小柄とはいえ、それでも一枚の毛布に二人は狭い。薫はアルトに背を向けるような体勢で横たわっているが、寝返り一つしようものなら毛布から身体がはみ出してしまうだろう。
「僕のことは気にしないで下さい。結構身体は丈夫なので、ちょっと毛布から出たくらいじゃ風邪も引かないと思いますから」
「そういうわけにはいかないよ。それじゃ……こうするしかないね」
「えっ?一体何を……わわっ!?」
毛布の中でもぞもぞとアルトが動くと、薫は思わず声を上げた。何故なら、アルトの両腕によって薫の身体は引き寄せられ、正面から抱きすくめられるような体勢になってしまったからだ。
薄い布越しにアルトの一際分厚い胸の毛並みに顔を埋める薫の全身に、極上の羽毛布団をも越えるアルトのフカフカな毛皮の感触と体温が伝わってくる。さすがにここまで密着すると恥ずかしさが湧いてきて、薫の心臓は痛いくらいに高鳴ってしまう。
「どう?これなら毛布からはみ出ずに一緒に眠れるでしょ?」
「そ、そうかもしれませんけど、落ち着きませんよ……」
「そう?僕は凄く快適だけどなぁ。カオルって温かくて柔らかいし、それに良い匂いがするからね」
「あ、あまり嗅がないでください……!」
アルトは顔の髪に鼻先を埋めると、スンスンと鼻を鳴らす。ギランと一緒に寝るよりは圧倒的安心感があるが、こんな調子で安眠など出来るわけがなかった。
「じゃあ、眠くなるまで少しお話ししよっか。良かったら、カオルの世界のことを教えてくれない?僕達の世界とどう違うのか知りたいんだ」
「そう、ですね。じゃあ……」
もしかしたら、話している内に落ち着いて睡魔がやってくるかもしれない。薫は自身の世界について、思い付いた先から話し始めた。
「へぇ……カオルの世界は魔法が無いけど、代わりに科学が発展してるんだね。それに鉄の塊が走ったり空を飛んだり……信じられないよ」
「僕からしてみれば、魔法の方がとても不思議ですけどね。魔法なんて、僕の世界じゃ創作の中だけの存在でしたから」
「あははっ、お互い信じられないことばかりだね。でも、魔物もいないなんて、僕達の世界よりもずっと安全なのは羨ましいな。それなら、カオルも早く元の世界に帰りたいんじゃない?」
「僕は……」
薫は言い淀む。普通の人間ならば、即座に帰りたいと口にしたことだろう。だが、薫には待ってくれている家族はいない。元の世界に戻ったところで、また孤独な生活が待っている。それに比べたら、少し個性的な人ばかりだが、帰ったらおかえりと言ってくれる人達がいるこの世界の方が断然居心地が良かった。
「僕は……皆さんと一緒にいるの、凄く楽しいです。確かに、僕の世界と比べたら危険なこともたくさんありますけど、それ以上に今の生活が好きです。ずっと、皆さんと一緒にいられたらって……そう思ってます」
「…そっか。僕達の世界をそんなに気に入ってくれたのなら、僕もとても嬉しいよ」
少し寂しげな、そんな薫の表情を見て彼が奥底に秘めている想いを感じ取ったのか、アルトは薫を抱擁して優しく頭を撫でた。
「それなら、ずっと僕達と一緒にいればいいよ。ウチはずっと人手不足だから、カオルが居てくれたらすっごく助かるし。ギランさんだって、きっとカオルと一緒に居たいはずだよ」
「そう……ですかね。ギランさんも、そう言ってくれるでしょうか……?」
「うん、きっとギランさんも同じ気持ちだと思うよ。だから、この仕事をちゃんとやり遂げて、元気な顔見せないといけないね」
「はい……僕、頑張って……きっと……」
「…カオル?」
アルトが薫の顔を覗き見ると、彼は既に夢の中。アルトの温もりに包まれたまま、静かな寝息を立てていた。
「寝ちゃったか……初日からいろいろあったからね。カオルも頑張ったし、今日はゆっくり休ませてあげようかな。ヴァルツさん、カオルはこのまま朝まで寝かせてあげてもいいですか?」
アルトが寝床から少し身体を起こし、ヴァルツを見る。彼は愛銃の手入れをしながらチラリとアルトを見たかと思えば、すぐに手元へと視線を戻した。
「ふふ……ありがとうございます。ヴァルツさんも、早くカオルと意思疎通出来るといいですね。カオルもヴァルツさんのこと、もっといろいろ知りたいでしょうから」
「…………」
「あははっ、そんなことないですよ。カオルもヴァルツさんことカッコいいって言ってますし」
「…………」
「はいはい、無駄話しないで寝ろってことですね。じゃあ、僕もそろそろ休みます。久しぶりの仕事のせいか、眠気が酷くて……少ししたら起きますから、今度はヴァルツさんがカオルと寝てあげてくださいね。おやすみなさーい」
「……!」
ヴァルツが次に視線を向けた時には、既にアルトは毛布に潜り込んでいる。しばらくアルトと薫を見つめていたヴァルツは小さく溜め息をつき、小波の立った心を鎮めるかのように酒を煽るのだった。
少しずつ忍び寄る、不穏な気配に気付くことなくーーー
「どう?二人だとちょっと狭いけど暖かいでしょ?」
「そう……ですね。こういうの慣れてないので、ちょっと落ち着かないですけど……」
「あははっ、カオルも旅慣れてきたらすぐに抵抗も無くなると思うよ。でも、やっぱりちょっと狭いね」
薫は小柄とはいえ、それでも一枚の毛布に二人は狭い。薫はアルトに背を向けるような体勢で横たわっているが、寝返り一つしようものなら毛布から身体がはみ出してしまうだろう。
「僕のことは気にしないで下さい。結構身体は丈夫なので、ちょっと毛布から出たくらいじゃ風邪も引かないと思いますから」
「そういうわけにはいかないよ。それじゃ……こうするしかないね」
「えっ?一体何を……わわっ!?」
毛布の中でもぞもぞとアルトが動くと、薫は思わず声を上げた。何故なら、アルトの両腕によって薫の身体は引き寄せられ、正面から抱きすくめられるような体勢になってしまったからだ。
薄い布越しにアルトの一際分厚い胸の毛並みに顔を埋める薫の全身に、極上の羽毛布団をも越えるアルトのフカフカな毛皮の感触と体温が伝わってくる。さすがにここまで密着すると恥ずかしさが湧いてきて、薫の心臓は痛いくらいに高鳴ってしまう。
「どう?これなら毛布からはみ出ずに一緒に眠れるでしょ?」
「そ、そうかもしれませんけど、落ち着きませんよ……」
「そう?僕は凄く快適だけどなぁ。カオルって温かくて柔らかいし、それに良い匂いがするからね」
「あ、あまり嗅がないでください……!」
アルトは顔の髪に鼻先を埋めると、スンスンと鼻を鳴らす。ギランと一緒に寝るよりは圧倒的安心感があるが、こんな調子で安眠など出来るわけがなかった。
「じゃあ、眠くなるまで少しお話ししよっか。良かったら、カオルの世界のことを教えてくれない?僕達の世界とどう違うのか知りたいんだ」
「そう、ですね。じゃあ……」
もしかしたら、話している内に落ち着いて睡魔がやってくるかもしれない。薫は自身の世界について、思い付いた先から話し始めた。
「へぇ……カオルの世界は魔法が無いけど、代わりに科学が発展してるんだね。それに鉄の塊が走ったり空を飛んだり……信じられないよ」
「僕からしてみれば、魔法の方がとても不思議ですけどね。魔法なんて、僕の世界じゃ創作の中だけの存在でしたから」
「あははっ、お互い信じられないことばかりだね。でも、魔物もいないなんて、僕達の世界よりもずっと安全なのは羨ましいな。それなら、カオルも早く元の世界に帰りたいんじゃない?」
「僕は……」
薫は言い淀む。普通の人間ならば、即座に帰りたいと口にしたことだろう。だが、薫には待ってくれている家族はいない。元の世界に戻ったところで、また孤独な生活が待っている。それに比べたら、少し個性的な人ばかりだが、帰ったらおかえりと言ってくれる人達がいるこの世界の方が断然居心地が良かった。
「僕は……皆さんと一緒にいるの、凄く楽しいです。確かに、僕の世界と比べたら危険なこともたくさんありますけど、それ以上に今の生活が好きです。ずっと、皆さんと一緒にいられたらって……そう思ってます」
「…そっか。僕達の世界をそんなに気に入ってくれたのなら、僕もとても嬉しいよ」
少し寂しげな、そんな薫の表情を見て彼が奥底に秘めている想いを感じ取ったのか、アルトは薫を抱擁して優しく頭を撫でた。
「それなら、ずっと僕達と一緒にいればいいよ。ウチはずっと人手不足だから、カオルが居てくれたらすっごく助かるし。ギランさんだって、きっとカオルと一緒に居たいはずだよ」
「そう……ですかね。ギランさんも、そう言ってくれるでしょうか……?」
「うん、きっとギランさんも同じ気持ちだと思うよ。だから、この仕事をちゃんとやり遂げて、元気な顔見せないといけないね」
「はい……僕、頑張って……きっと……」
「…カオル?」
アルトが薫の顔を覗き見ると、彼は既に夢の中。アルトの温もりに包まれたまま、静かな寝息を立てていた。
「寝ちゃったか……初日からいろいろあったからね。カオルも頑張ったし、今日はゆっくり休ませてあげようかな。ヴァルツさん、カオルはこのまま朝まで寝かせてあげてもいいですか?」
アルトが寝床から少し身体を起こし、ヴァルツを見る。彼は愛銃の手入れをしながらチラリとアルトを見たかと思えば、すぐに手元へと視線を戻した。
「ふふ……ありがとうございます。ヴァルツさんも、早くカオルと意思疎通出来るといいですね。カオルもヴァルツさんのこと、もっといろいろ知りたいでしょうから」
「…………」
「あははっ、そんなことないですよ。カオルもヴァルツさんことカッコいいって言ってますし」
「…………」
「はいはい、無駄話しないで寝ろってことですね。じゃあ、僕もそろそろ休みます。久しぶりの仕事のせいか、眠気が酷くて……少ししたら起きますから、今度はヴァルツさんがカオルと寝てあげてくださいね。おやすみなさーい」
「……!」
ヴァルツが次に視線を向けた時には、既にアルトは毛布に潜り込んでいる。しばらくアルトと薫を見つめていたヴァルツは小さく溜め息をつき、小波の立った心を鎮めるかのように酒を煽るのだった。
少しずつ忍び寄る、不穏な気配に気付くことなくーーー
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