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第三章 初仕事は蒼へと向かって
初仕事の夜
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「ふぅ~……何とか初日を乗り切りましたね~……」
周囲の茂みから聞こえてくる涼やかな虫の鳴き声に耳を傾けつつ、薫は煌々と燃え盛る焚き火に両手を翳しながら一息ついた。
ブレイドボアに襲われるというハプニングに見舞われはしたものの、その後の道程を順調に進んできた荷馬車は街道から少し外れた川沿いに夜営をすることとなった。
昼食の時と大して代わり映えのしないディナーを早々に済ませ、運び人達はずっと歩き続けた疲労もあって早々に自分達の休む馬車の中に潜り込んでしまった後、薫達は火の番をしつつ夜通しの警戒に当たっているところであった。
「ふふっ、お疲れ様。どう?少しはお仕事の空気に慣れたかな?」
「はい。僕もアルバイトの経験はあるんですけど、やっぱり気を抜けないせいか全然緊張感が違って……何だかドッと疲れちゃいました」
コンビニでのレジ打ちや品出しに比べたら常に命の危険に晒されている傭兵の仕事は圧倒的に過酷だ。それでも幾分体力的に余裕があるのはヴァルツやアルトの存在が大きいだろう。
「仕方無いよ。傭兵の仕事って基本的に命の危険があるし、決まった時間に休めるとも限らないからね。初日で慣れるなんて絶対無理だから、ゆっくり身体を慣らしていったら良いと思うよ。ヴァルツさんもそう思いますよね?」
「…………」
「ほらね」
「えっ?あ、は、はい……」
黙々と銃の手入れをしているヴァルツからアルトはどんな返答が聞こえたのだろう。ヴァルツとの意志疎通が可能になった時、初めて彼らと同じ仲間になれたと言えるかもしれない。今はまったく解読出来ないが、薫は密かにやる気を出していた。
「せっかくだし、目的地の街に着いたら美味しい物食べようね。美味しい白身魚のソテーを出してくれるお店知ってるんだ」
「じゃあ、何回か行ったことがあるんですか?」
「うん、もちろん。今回みたいな港町までの護衛の仕事はたまにあるし、もっと大きな仕事だと港町から海の向こうに行かないといけないこともあるからね」
「海の向こうですか!?」
「そうそう。ギランさんとヴァルツさんの知名度って想像以上に凄いから、そういう依頼が来たりするんだ。クラウドさん達が居た頃と違って今は人不足だから、依頼が来ても受けるかわからないけどね」
海の向こう。海外旅行どころか、ほとんど自分の生まれ育った町から出たこともない薫には考えられないようなスケールの大きな話だ。大きな船に揺られながら違う大陸に渡る。考えるだけでも薫の胸は高鳴ったが、それほどの仕事を呼び込むギランとヴァルツの実力を改めて実感させられた。
「もしかして、アルトさんは行ったことがあるんですか?」
「ううん。僕は無いけれど、ヴァルツさんは何回も行ったことあるよ。あの時は何だったかなぁ……そうだ。ある大きな国の偉い人の警護とかだったかな。国家転覆を企む組織に狙われてるとかでギランさんと行ったんだけど、守るどころかたった二人で組織を潰しちゃったんだよ」
「す、凄いですね……!」
「でも、その後の護衛対象の態度が気に入らないとかでギランさんがおもいっきり殴っちゃって、死罪寸前のところを入国禁止で許してもらったんだよね」
「す、すご……えっ?」
「………………」
夜更けにも関わらず話題の尽きることなく弾む二人の会話だったが、愛銃の手入れをしながら耳を傾けるヴァルツの表情も、どことなく楽しんでいるように見えた。
そして、月がさらに高度を上げたそんな頃。
「よ、傭兵さん達、ちょっといいか?」
不意に背後から聞こえてきた第三者の声。薫は剣に手を伸ばし、ヴァルツは手にした拳銃を向ける。一気に緊張感を高めて薫達が視線を向けると、そこにはテクトの姿があった。
「なんだ、テクトさんじゃないですか。どうかしたんですか?」
「その……ほ、ほら、昼間はお前に助けてもらっただろ?ダリウスさんがコレ持ってけって」
そう言ってテクトが差し出したのは、一本の琥珀色の酒瓶であった。薫にはラベルの文字は読めなかったが、その雰囲気はなかなかの上物であることを窺わせた。
「本当にいいの?コレって結構良いお酒だよ。キミ達を守ることが僕達の仕事だし、報酬はちゃんと受け取ってるんだから気にしなくてもいいんだよ?」
「いいんだよ。こっちは命を助けられたんだ。これぐらい安いもんだ」
よほど、昼間の出来事に恩義を感じてくれているのだろう。まさに彼を守った救世主である薫は何とも言えぬ多幸感と達成感に包まれて、胸と目頭が熱くなるような感覚を覚えた。
「…そっか。それじゃ、ありがたく頂こうか、カオル」
「ありがとうございます、テクトさん。僕はお酒が苦手なので飲めませんけど、お酒好きのヴァルツさんはきっと喜んでーーー」
「ちょ、ちょっと待った!」
薫が酒瓶を受け取ろうと手を伸ばした直後、テクトは突然狼狽しながら酒瓶を引っ込める。テクトの突然の行動に薫とアルトは呆気に取られ、その場に微妙な雰囲気が流れた。
「ど、どうしたんですか?急に大きな声を出して……やっぱり自分で飲みたくなっちゃったとかですか?」
「い、いや、そうじゃねぇよ。えっと……そ、そうだ、やっぱ俺を助けてくれたのはお前だからさ、お前にも飲んで欲しいというか……」
「僕に?でも、もし酔っ払って仕事に差し支えたら……」
薫があまり酒が得意ではないことは、歓迎会の時に判明済み。飲んだ後に朝まで眠れるならばともかく、今は大事な仕事中だ。護衛役が酔い潰れて動けません、なんて事態に陥ったら本末転倒の極みである。さすがのギランもこれには大激怒することだろう。
「気にしないで、カオル。こんなに感謝されてるんだから、厚意を受けない方が逆に悪いよ。何かあっても僕とヴァルツさんがいるからさ。ですよね、ヴァルツさん?」
「…………」
テクトの心遣いを無下にしないようにするためか、アルトの心優しい言葉にヴァルツも小さく頷いて視線を逸らした。上司二人の賛同も得た。そうなると、薫にはここで断るという選択肢は既に残されてはいなかった。
「お二人がそこまで仰るなら……それじゃ、少しだけ頂きますね」
「おう!少しと言わず、グイッとやってくれよ!」
テクトに勧められるまま、薫はカップに少しだけ注いだ酒を煽る。すると、香辛料を直接口の中に放り込んだかのような芳醇な香りが一気に鼻腔を突き抜ける。酒に触れた舌先が熱くなり、飲み込んだ後も燃えているかのような熱が口内や食道に残る。
アルコールは強いが、決して不快ではない。むしろ翼が生えたかのような高揚感すら感じる。酒には詳しくない薫だが、これは確かに高価な酒だとわかるくらいだ。
「どうだ?美味いか?」
「はい……凄く良い香りで、なんだか身体がポカポカしますね……とても美味しいですよ」
「ははっ、そりゃ良かった!アンタらもほら、一杯やってくれよ!」
「そう?それじゃ、僕達も頂きましょうか」
「…………」
メトロノームのように揺れる薫の手から酒瓶を取り、アルトが自身のカップに酒を注ぐとそのまま酒瓶をヴァルツにパス。アルトがカップに口を付けるのと同時に、ヴァルツは酒瓶のまま中身を煽った。
「うん!ちょっと強いけど、凄く美味しい!高いお酒はギランさんが全部飲んじゃうから、こんなに美味しいお酒は久しぶりですね!」
「…………」
酒には慣れているだろうアルトも顔を紅潮させ、顔色が一切変わらないヴァルツも二度、三度と酒瓶を煽っている。三人がそれぞれ酒を口にしたのを確認すると、テクトは口元を横一文字に引き結んだかと思えば、すぐに人当たりの良さげな表情を浮かべた。
「それじゃ、俺は仕事に戻るよ。ホント、昼間はありがとな」
「ん~……気にしないで下さいってば。僕達はそれが仕事なんですから……」
テクトに向かって手を振る薫だが、既にアルコールが回っているのか身体が揺れて口調はかなり辿々しい。一度横になってしまえば、そのまま夢の世界に入ってしまいそうなレベルである。
「…ごめんな」
「ふぁい?」
「…いや、無理に飲ませて悪かったなって思ってよ。じゃあな」
別れの挨拶もそこそこに、テクトはそのまま馬車の方へと走り去ってしまう。彼の態度に少しだけ違和感を覚えた薫だったが、それもすぐに酔いの力で押し流されてしまった。
「カオル、結構つらそうだね。少し休んだら?」
「そ、そんな、新人の僕が休むなんて出来ませんよ!今夜は寝ないで見張りますから!」
アルトの言葉を全力で断る薫だったが、正直なところ眠気は割と辛かった。
今まで夜更かしとは無縁の規則正しい生活をしてきた彼にとって、今の時刻は普段なら既にベッドの中で深い眠りについている頃である。身体のリズムは都合に合わせてそう簡単に変わってくれるはずもなく、眠気を見せまいと必死に欠伸を噛み殺していた。
だが、それを差し引いても今夜はやけに眠気が酷い。やはりアルコールを口にしてしまったせいだろうか。
「遠慮しなくてもいいよ。テクト君と話してる時も眠そうだったし。それに、これはあくまでも仮眠だよ。何かあった時のためにちゃんと休まないと」
「で、でも……」
薫がチラリとヴァルツへ視線を向けると、ちょうど視線がぶつかった。戸惑う薫に対し、ヴァルツは一度だけ頷いてみせると、再び手元の酒へと視線を落とした。
彼が何を言わんとしていたのか、これはさすがに薫でもわかった。実際のところ、ここで薫一人がやる気を見せたとしても、いざという時に眠気に負けて本気が出せないようでは本末転倒だ。
少し悩んだ末に、薫は申し訳なさそうに小さく頷いた。
「じ、じゃあ……お言葉に甘えさせてもらいます……」
「うん、それでいいんだよ。じゃあ……」
アルトは地面に手近にあった麻の敷物を敷くと、おもむろに下半身まで毛布を掛けるとその上に横たわった。
「よいしょっと……うん、いいよ。おいで、カオル」
「おいでって……えええっ!?」
てっきり寝床は別々に用意するのかと思いきや、まさか一緒に寝るということなのだろうか。薫は冗談かと思ったが、アルトに彼をからかうような意思は微塵も見えなかった。
「い、一緒に寝るんですか!?」
「うん、そうだよ?今の時期はまだ夜も寒いし、水辺も近いからね。一人で寝るより、二人で一緒に寝た方が暖かいよ」
「それは、そうかもしれませんけど……っ」
これにはさすがに薫も抵抗はあったが、アルトの目は真剣だ。それに、他に寝床が用意されていない状況を見るに、休むのならアルトと一緒に枕を並べる他に方法は無かった。
先ほど諭されたばかりなのに、舌が乾かない内に今更徹夜で見張りをするとは言えない。躊躇いと苦悩の果てに、薫の羞恥心は合理性という言葉の前に強引に捩じ伏せられた。
「じ、じゃあ……失礼します……」
「うん、おいで~」
アルトに手招きされるまま、薫は枕元に剣を置くとおずおずと彼が待つ寝床の中に身体を潜り込ませた。
周囲の茂みから聞こえてくる涼やかな虫の鳴き声に耳を傾けつつ、薫は煌々と燃え盛る焚き火に両手を翳しながら一息ついた。
ブレイドボアに襲われるというハプニングに見舞われはしたものの、その後の道程を順調に進んできた荷馬車は街道から少し外れた川沿いに夜営をすることとなった。
昼食の時と大して代わり映えのしないディナーを早々に済ませ、運び人達はずっと歩き続けた疲労もあって早々に自分達の休む馬車の中に潜り込んでしまった後、薫達は火の番をしつつ夜通しの警戒に当たっているところであった。
「ふふっ、お疲れ様。どう?少しはお仕事の空気に慣れたかな?」
「はい。僕もアルバイトの経験はあるんですけど、やっぱり気を抜けないせいか全然緊張感が違って……何だかドッと疲れちゃいました」
コンビニでのレジ打ちや品出しに比べたら常に命の危険に晒されている傭兵の仕事は圧倒的に過酷だ。それでも幾分体力的に余裕があるのはヴァルツやアルトの存在が大きいだろう。
「仕方無いよ。傭兵の仕事って基本的に命の危険があるし、決まった時間に休めるとも限らないからね。初日で慣れるなんて絶対無理だから、ゆっくり身体を慣らしていったら良いと思うよ。ヴァルツさんもそう思いますよね?」
「…………」
「ほらね」
「えっ?あ、は、はい……」
黙々と銃の手入れをしているヴァルツからアルトはどんな返答が聞こえたのだろう。ヴァルツとの意志疎通が可能になった時、初めて彼らと同じ仲間になれたと言えるかもしれない。今はまったく解読出来ないが、薫は密かにやる気を出していた。
「せっかくだし、目的地の街に着いたら美味しい物食べようね。美味しい白身魚のソテーを出してくれるお店知ってるんだ」
「じゃあ、何回か行ったことがあるんですか?」
「うん、もちろん。今回みたいな港町までの護衛の仕事はたまにあるし、もっと大きな仕事だと港町から海の向こうに行かないといけないこともあるからね」
「海の向こうですか!?」
「そうそう。ギランさんとヴァルツさんの知名度って想像以上に凄いから、そういう依頼が来たりするんだ。クラウドさん達が居た頃と違って今は人不足だから、依頼が来ても受けるかわからないけどね」
海の向こう。海外旅行どころか、ほとんど自分の生まれ育った町から出たこともない薫には考えられないようなスケールの大きな話だ。大きな船に揺られながら違う大陸に渡る。考えるだけでも薫の胸は高鳴ったが、それほどの仕事を呼び込むギランとヴァルツの実力を改めて実感させられた。
「もしかして、アルトさんは行ったことがあるんですか?」
「ううん。僕は無いけれど、ヴァルツさんは何回も行ったことあるよ。あの時は何だったかなぁ……そうだ。ある大きな国の偉い人の警護とかだったかな。国家転覆を企む組織に狙われてるとかでギランさんと行ったんだけど、守るどころかたった二人で組織を潰しちゃったんだよ」
「す、凄いですね……!」
「でも、その後の護衛対象の態度が気に入らないとかでギランさんがおもいっきり殴っちゃって、死罪寸前のところを入国禁止で許してもらったんだよね」
「す、すご……えっ?」
「………………」
夜更けにも関わらず話題の尽きることなく弾む二人の会話だったが、愛銃の手入れをしながら耳を傾けるヴァルツの表情も、どことなく楽しんでいるように見えた。
そして、月がさらに高度を上げたそんな頃。
「よ、傭兵さん達、ちょっといいか?」
不意に背後から聞こえてきた第三者の声。薫は剣に手を伸ばし、ヴァルツは手にした拳銃を向ける。一気に緊張感を高めて薫達が視線を向けると、そこにはテクトの姿があった。
「なんだ、テクトさんじゃないですか。どうかしたんですか?」
「その……ほ、ほら、昼間はお前に助けてもらっただろ?ダリウスさんがコレ持ってけって」
そう言ってテクトが差し出したのは、一本の琥珀色の酒瓶であった。薫にはラベルの文字は読めなかったが、その雰囲気はなかなかの上物であることを窺わせた。
「本当にいいの?コレって結構良いお酒だよ。キミ達を守ることが僕達の仕事だし、報酬はちゃんと受け取ってるんだから気にしなくてもいいんだよ?」
「いいんだよ。こっちは命を助けられたんだ。これぐらい安いもんだ」
よほど、昼間の出来事に恩義を感じてくれているのだろう。まさに彼を守った救世主である薫は何とも言えぬ多幸感と達成感に包まれて、胸と目頭が熱くなるような感覚を覚えた。
「…そっか。それじゃ、ありがたく頂こうか、カオル」
「ありがとうございます、テクトさん。僕はお酒が苦手なので飲めませんけど、お酒好きのヴァルツさんはきっと喜んでーーー」
「ちょ、ちょっと待った!」
薫が酒瓶を受け取ろうと手を伸ばした直後、テクトは突然狼狽しながら酒瓶を引っ込める。テクトの突然の行動に薫とアルトは呆気に取られ、その場に微妙な雰囲気が流れた。
「ど、どうしたんですか?急に大きな声を出して……やっぱり自分で飲みたくなっちゃったとかですか?」
「い、いや、そうじゃねぇよ。えっと……そ、そうだ、やっぱ俺を助けてくれたのはお前だからさ、お前にも飲んで欲しいというか……」
「僕に?でも、もし酔っ払って仕事に差し支えたら……」
薫があまり酒が得意ではないことは、歓迎会の時に判明済み。飲んだ後に朝まで眠れるならばともかく、今は大事な仕事中だ。護衛役が酔い潰れて動けません、なんて事態に陥ったら本末転倒の極みである。さすがのギランもこれには大激怒することだろう。
「気にしないで、カオル。こんなに感謝されてるんだから、厚意を受けない方が逆に悪いよ。何かあっても僕とヴァルツさんがいるからさ。ですよね、ヴァルツさん?」
「…………」
テクトの心遣いを無下にしないようにするためか、アルトの心優しい言葉にヴァルツも小さく頷いて視線を逸らした。上司二人の賛同も得た。そうなると、薫にはここで断るという選択肢は既に残されてはいなかった。
「お二人がそこまで仰るなら……それじゃ、少しだけ頂きますね」
「おう!少しと言わず、グイッとやってくれよ!」
テクトに勧められるまま、薫はカップに少しだけ注いだ酒を煽る。すると、香辛料を直接口の中に放り込んだかのような芳醇な香りが一気に鼻腔を突き抜ける。酒に触れた舌先が熱くなり、飲み込んだ後も燃えているかのような熱が口内や食道に残る。
アルコールは強いが、決して不快ではない。むしろ翼が生えたかのような高揚感すら感じる。酒には詳しくない薫だが、これは確かに高価な酒だとわかるくらいだ。
「どうだ?美味いか?」
「はい……凄く良い香りで、なんだか身体がポカポカしますね……とても美味しいですよ」
「ははっ、そりゃ良かった!アンタらもほら、一杯やってくれよ!」
「そう?それじゃ、僕達も頂きましょうか」
「…………」
メトロノームのように揺れる薫の手から酒瓶を取り、アルトが自身のカップに酒を注ぐとそのまま酒瓶をヴァルツにパス。アルトがカップに口を付けるのと同時に、ヴァルツは酒瓶のまま中身を煽った。
「うん!ちょっと強いけど、凄く美味しい!高いお酒はギランさんが全部飲んじゃうから、こんなに美味しいお酒は久しぶりですね!」
「…………」
酒には慣れているだろうアルトも顔を紅潮させ、顔色が一切変わらないヴァルツも二度、三度と酒瓶を煽っている。三人がそれぞれ酒を口にしたのを確認すると、テクトは口元を横一文字に引き結んだかと思えば、すぐに人当たりの良さげな表情を浮かべた。
「それじゃ、俺は仕事に戻るよ。ホント、昼間はありがとな」
「ん~……気にしないで下さいってば。僕達はそれが仕事なんですから……」
テクトに向かって手を振る薫だが、既にアルコールが回っているのか身体が揺れて口調はかなり辿々しい。一度横になってしまえば、そのまま夢の世界に入ってしまいそうなレベルである。
「…ごめんな」
「ふぁい?」
「…いや、無理に飲ませて悪かったなって思ってよ。じゃあな」
別れの挨拶もそこそこに、テクトはそのまま馬車の方へと走り去ってしまう。彼の態度に少しだけ違和感を覚えた薫だったが、それもすぐに酔いの力で押し流されてしまった。
「カオル、結構つらそうだね。少し休んだら?」
「そ、そんな、新人の僕が休むなんて出来ませんよ!今夜は寝ないで見張りますから!」
アルトの言葉を全力で断る薫だったが、正直なところ眠気は割と辛かった。
今まで夜更かしとは無縁の規則正しい生活をしてきた彼にとって、今の時刻は普段なら既にベッドの中で深い眠りについている頃である。身体のリズムは都合に合わせてそう簡単に変わってくれるはずもなく、眠気を見せまいと必死に欠伸を噛み殺していた。
だが、それを差し引いても今夜はやけに眠気が酷い。やはりアルコールを口にしてしまったせいだろうか。
「遠慮しなくてもいいよ。テクト君と話してる時も眠そうだったし。それに、これはあくまでも仮眠だよ。何かあった時のためにちゃんと休まないと」
「で、でも……」
薫がチラリとヴァルツへ視線を向けると、ちょうど視線がぶつかった。戸惑う薫に対し、ヴァルツは一度だけ頷いてみせると、再び手元の酒へと視線を落とした。
彼が何を言わんとしていたのか、これはさすがに薫でもわかった。実際のところ、ここで薫一人がやる気を見せたとしても、いざという時に眠気に負けて本気が出せないようでは本末転倒だ。
少し悩んだ末に、薫は申し訳なさそうに小さく頷いた。
「じ、じゃあ……お言葉に甘えさせてもらいます……」
「うん、それでいいんだよ。じゃあ……」
アルトは地面に手近にあった麻の敷物を敷くと、おもむろに下半身まで毛布を掛けるとその上に横たわった。
「よいしょっと……うん、いいよ。おいで、カオル」
「おいでって……えええっ!?」
てっきり寝床は別々に用意するのかと思いきや、まさか一緒に寝るということなのだろうか。薫は冗談かと思ったが、アルトに彼をからかうような意思は微塵も見えなかった。
「い、一緒に寝るんですか!?」
「うん、そうだよ?今の時期はまだ夜も寒いし、水辺も近いからね。一人で寝るより、二人で一緒に寝た方が暖かいよ」
「それは、そうかもしれませんけど……っ」
これにはさすがに薫も抵抗はあったが、アルトの目は真剣だ。それに、他に寝床が用意されていない状況を見るに、休むのならアルトと一緒に枕を並べる他に方法は無かった。
先ほど諭されたばかりなのに、舌が乾かない内に今更徹夜で見張りをするとは言えない。躊躇いと苦悩の果てに、薫の羞恥心は合理性という言葉の前に強引に捩じ伏せられた。
「じ、じゃあ……失礼します……」
「うん、おいで~」
アルトに手招きされるまま、薫は枕元に剣を置くとおずおずと彼が待つ寝床の中に身体を潜り込ませた。
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