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第三章 初仕事は蒼へと向かって
言葉の真意
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花火のように弾けた火花と共に甲高い金属音が響き渡り、残響音が風に乗って広大な草原にどこまでも澄み渡っていく。もはや、薫とテクトの生存は絶望的。薫自身、割って入っておきながら無事では済むまいと確信していた。
しかし、薫の手元に伝わってきたのは自身の何倍もあるだろうブレイドボアの重量ではなく、何か小石でも当たったかのような軽い感触であった。
「あ、れ……?」
想像を遥かに下回る、衝撃と呼ぶにはあまりにも軽すぎる手応えを薫が実感した直後、一瞬で目が覚めるような爆発音が響き渡った。
それは、ヴァルツが放った二発目の弾丸。一発目と寸分違わぬ箇所を正確に撃ち抜かれ、弾丸の軌道に流されるようにブレイドボアの巨体が傾き、地面に倒れ込んだ。
「だ、大丈夫カオル!?」
直後、アルトが剣で受け止めるような体勢のまま固まっている薫へと慌てて駆け寄ってきた。
「え、ええ。とりあえず無事みたいです……」
「怪我は無いみたいだね。ふぅ……良かったぁ」
「心配を掛けてしまったみたいで……あいたっ!?」
「ったく、無茶しやがって!あんなの俺一人なら全然避けられたっての!」
とりあえず負傷は無いらしい薫にアルトが胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は薫に守られる形となったテクトが怒ったように彼の背中を叩いた。
「ご、ごめんなさい。危ないと思ったら反射的に身体が動いちゃって……」
「何も無かったから良かったようなものの、金輪際はああいう無茶はダメだよ。ヴァルツさんの手助けが間に合わなかったらどうなっていたか……」
「えっ……?」
確かに薫の手応えとしてはブレイドボアの一撃を受け止めたつもりだったのだが、アルト達には寸前のところでヴァルツの手助けが間に合ったように見えたらしい。
「何を意外そうな顔してんだ?お前みたいなチビがあんな化け物の一発を受け止められるわけねぇだろ。常識で考えろよ」
「言われてみればまぁ、確かに……?」
テクトの言うとおり常識で考えればそのとおりなのだが、薫は今回ばかりは常識の範囲外での出来事のような気がしてならなかった。
「ヴァルツさんは何か気付きました……?」
「…………」
薫の問い掛けに、ヴァルツは銃をホルスターに戻すとテンガロンハットを目深に被り直す。言葉は発していないが、何も気付かなかったという意思表示なのかもしれない。
何が起こったのかはわからないが、テクトを守ることが出来たという結果には変わりない。薫は剣を鞘に戻そうとしてーーー気付いた。
「あれ……?」
剣に嵌め込まれた宝珠の輝きが少し増しているような気がする。よくよく確認しなければわからない程度の変化だが、宝珠の奥で炎のように何かが揺らめいているような、そんな風に見えるのだ。
太陽の光を反射してそのように感じるだけなのかもしれないが、薫は違和感を感じていた。不思議に思いつつも、薫は剣を鞘に戻した。
「おいおい、傭兵。殺るならちゃんと仕留めてくれねぇと困るぜ。何事もなかったとはいえ、危うくウチの大切な働き手が犠牲になるところだったじゃねぇか」
薫の疑問が不完全燃焼のまま終わったそんな時、幸運にも因縁をつける材料を発見したダリウスがニヤニヤと性格の悪さが滲み出たような笑みを浮かべながらヴァルツへと歩み寄っていった。
「ま、まぁまぁ、ダリウスさん。このチビも身を呈して守ろうとしてくれたし、テクトも無事だったんだからここは良しとしましょうよ」
「そうはいかねぇ。この傭兵どもはこっちが雇ってんだ。後腐れしねぇように責任の追及はキッチリやっとかねぇとな。おい、弁明があるなら聞いてやるぜ?」
「………………」
さすがにマズイと思ったのか他の運び人達が割って入ろうとするが、それでもダリウスは止まらない。雇われているのは本当だが、実際に雇い金を出したのはダリウスではなく彼らの雇い主であるアルドゴート商会だと思ったのは、恐らく薫だけではないだろう。
そんなことを考えている間に、ダリウスは鼻先がぶつかりそうなほどの至近距離でヴァルツを睨み付けている。
「おい、せめて詫びの一言もねぇのか?その御大層な嘴は飾り物かよ?」
「…………」
ダリウスの殺気立った睨みに対して、ヴァルツもテンガロンハットの奥で煌めく鋭い眼光で真っ向から睨み返している。
まさに一触即発。恐らくヴァルツから手を出すことは絶対に無いだろうが、ダリウスから仕掛けられた場合にはその限りではない。そうなってしまうと、二人の関係性はもはや修復不可能の域に達してしまうだろう。既にそうなっているような気がしないでもないが。
「ダリウスさん、もう止めましょうよ」
もはや収拾がつかない。そう思われたその時、テクトがダリウスとヴァルツの間に割って入った。
「テクトさん……」
「ダリウスさん、俺はこの二人に二度も命を救われました。それに、この鷹の兄ちゃんが仕留めなきゃ今頃馬車と積み荷もメチャメチャにされていたと思いますよ。だから、今回はそのくらいにしてあげてもらえませんか?」
「ほう、言うじゃねぇかテクトぉ。んじゃ、テメェがこの傭兵どもの失態を埋め合わせる……ってことでいいんだな?」
「う……」
ダリウスの言葉にビクリとテクトが肩を跳ねさせる。その時に垣間見せた彼の表情は悲痛さすら感じさせるもので、その表情が示す意味を薫達が察することが出来ないまま、テクトは躊躇い勝ちに頷いた。
「は、はい……」
「そうかそうか……はっ、はーっはっはっはっ!」
すると、先ほどまでの殺伐とした様子から打って変わって、ダリウスはご機嫌な大笑い。一体何が彼の態度を軟化させたのだろう。そう思っていた薫達へとダリウスはその機嫌の良さげな笑みを向けた。
「今回はテクトに免じて勘弁してやる。良かったなぁ、お前ら。テクトに礼を言っとけよ。お前らも、話は終わりだ!さっさと解体しちまって仕事に戻れ!」
「ういっす!」
ようやく我に返ったように運び人達が今度こそ絶命したブレイドボアの解体を始める。しかし、テクトだけはその場に立ち尽くしたまま、足下の地面に視線を落としている。
「テクト君……だったよね。庇ってくれてありがとう。僕達じゃ収拾がつかないところだったよ」
「き、気にすんなよ。まだ先は長いんだ。お互い、少しでも良い雰囲気の方が仕事がしやすいだろ?」
アルトが声を掛けると、テクトはすぐにいつもの元気な表情に戻って笑みを浮かべてみせる。だが、それがあくまでも見せ掛けであることは薫はもちろん、アルトも気付いていることだろう。
「そうかもしれないけど、その責任をキミだけが背負う必要は無いよ。あの人のさっきの台詞も気になるし、もし僕達で力になれることがあれば……」
「気にすんなって言っただろ。いつものことだからさ、アンタ達はそっちの仕事に集中してくれ。じゃ、俺も仕事に戻るからな」
「あっ、じゃあ僕も手伝いを……」
「ここまで手伝ってもらったんだ。あとは俺一人で十分だ。お前もそっちの仕事をやれよ」
薫の申し出を一蹴し、テクトは調理中の鍋の方向へと立ち去っていった。その態度に違和感を覚えた薫だったが、面と向かって尋ねたところで彼はきっと教えてはくれないことは容易に想像がついた。
「少し気になるけど……彼がそう言うんじゃ仕方無いね。ちょっと様子を見て、助けられることがあれば手を貸すようにしよう。助けてもらったんですから、ヴァルツさんもお願いしますね?」
「…………」
ヴァルツはテンガロンハットを目深に被ったまま応えないが、きっと理解はしてくれているだろう。その隣では、薫がテクトの後ろ姿を見つめたまま彼に他の言葉を投げ掛けることが出来なかったことを悔いるように唇を噛み締めていた。
「カオルに怒ってるわけじゃないだろうから、気にする必要はないよ。また時間がある時にでも話してみたら?」
「はい……そうしてみます」
「うんうん。じゃあ、僕達も自分達の持ち場に戻ろうか」
アルトに手を引かれて、薫は後ろ髪を引かれるような思いでテクトに背を向けると自分達が守るべき積み荷が満載された馬車へと向かって歩き出した。
しかし、薫の手元に伝わってきたのは自身の何倍もあるだろうブレイドボアの重量ではなく、何か小石でも当たったかのような軽い感触であった。
「あ、れ……?」
想像を遥かに下回る、衝撃と呼ぶにはあまりにも軽すぎる手応えを薫が実感した直後、一瞬で目が覚めるような爆発音が響き渡った。
それは、ヴァルツが放った二発目の弾丸。一発目と寸分違わぬ箇所を正確に撃ち抜かれ、弾丸の軌道に流されるようにブレイドボアの巨体が傾き、地面に倒れ込んだ。
「だ、大丈夫カオル!?」
直後、アルトが剣で受け止めるような体勢のまま固まっている薫へと慌てて駆け寄ってきた。
「え、ええ。とりあえず無事みたいです……」
「怪我は無いみたいだね。ふぅ……良かったぁ」
「心配を掛けてしまったみたいで……あいたっ!?」
「ったく、無茶しやがって!あんなの俺一人なら全然避けられたっての!」
とりあえず負傷は無いらしい薫にアルトが胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は薫に守られる形となったテクトが怒ったように彼の背中を叩いた。
「ご、ごめんなさい。危ないと思ったら反射的に身体が動いちゃって……」
「何も無かったから良かったようなものの、金輪際はああいう無茶はダメだよ。ヴァルツさんの手助けが間に合わなかったらどうなっていたか……」
「えっ……?」
確かに薫の手応えとしてはブレイドボアの一撃を受け止めたつもりだったのだが、アルト達には寸前のところでヴァルツの手助けが間に合ったように見えたらしい。
「何を意外そうな顔してんだ?お前みたいなチビがあんな化け物の一発を受け止められるわけねぇだろ。常識で考えろよ」
「言われてみればまぁ、確かに……?」
テクトの言うとおり常識で考えればそのとおりなのだが、薫は今回ばかりは常識の範囲外での出来事のような気がしてならなかった。
「ヴァルツさんは何か気付きました……?」
「…………」
薫の問い掛けに、ヴァルツは銃をホルスターに戻すとテンガロンハットを目深に被り直す。言葉は発していないが、何も気付かなかったという意思表示なのかもしれない。
何が起こったのかはわからないが、テクトを守ることが出来たという結果には変わりない。薫は剣を鞘に戻そうとしてーーー気付いた。
「あれ……?」
剣に嵌め込まれた宝珠の輝きが少し増しているような気がする。よくよく確認しなければわからない程度の変化だが、宝珠の奥で炎のように何かが揺らめいているような、そんな風に見えるのだ。
太陽の光を反射してそのように感じるだけなのかもしれないが、薫は違和感を感じていた。不思議に思いつつも、薫は剣を鞘に戻した。
「おいおい、傭兵。殺るならちゃんと仕留めてくれねぇと困るぜ。何事もなかったとはいえ、危うくウチの大切な働き手が犠牲になるところだったじゃねぇか」
薫の疑問が不完全燃焼のまま終わったそんな時、幸運にも因縁をつける材料を発見したダリウスがニヤニヤと性格の悪さが滲み出たような笑みを浮かべながらヴァルツへと歩み寄っていった。
「ま、まぁまぁ、ダリウスさん。このチビも身を呈して守ろうとしてくれたし、テクトも無事だったんだからここは良しとしましょうよ」
「そうはいかねぇ。この傭兵どもはこっちが雇ってんだ。後腐れしねぇように責任の追及はキッチリやっとかねぇとな。おい、弁明があるなら聞いてやるぜ?」
「………………」
さすがにマズイと思ったのか他の運び人達が割って入ろうとするが、それでもダリウスは止まらない。雇われているのは本当だが、実際に雇い金を出したのはダリウスではなく彼らの雇い主であるアルドゴート商会だと思ったのは、恐らく薫だけではないだろう。
そんなことを考えている間に、ダリウスは鼻先がぶつかりそうなほどの至近距離でヴァルツを睨み付けている。
「おい、せめて詫びの一言もねぇのか?その御大層な嘴は飾り物かよ?」
「…………」
ダリウスの殺気立った睨みに対して、ヴァルツもテンガロンハットの奥で煌めく鋭い眼光で真っ向から睨み返している。
まさに一触即発。恐らくヴァルツから手を出すことは絶対に無いだろうが、ダリウスから仕掛けられた場合にはその限りではない。そうなってしまうと、二人の関係性はもはや修復不可能の域に達してしまうだろう。既にそうなっているような気がしないでもないが。
「ダリウスさん、もう止めましょうよ」
もはや収拾がつかない。そう思われたその時、テクトがダリウスとヴァルツの間に割って入った。
「テクトさん……」
「ダリウスさん、俺はこの二人に二度も命を救われました。それに、この鷹の兄ちゃんが仕留めなきゃ今頃馬車と積み荷もメチャメチャにされていたと思いますよ。だから、今回はそのくらいにしてあげてもらえませんか?」
「ほう、言うじゃねぇかテクトぉ。んじゃ、テメェがこの傭兵どもの失態を埋め合わせる……ってことでいいんだな?」
「う……」
ダリウスの言葉にビクリとテクトが肩を跳ねさせる。その時に垣間見せた彼の表情は悲痛さすら感じさせるもので、その表情が示す意味を薫達が察することが出来ないまま、テクトは躊躇い勝ちに頷いた。
「は、はい……」
「そうかそうか……はっ、はーっはっはっはっ!」
すると、先ほどまでの殺伐とした様子から打って変わって、ダリウスはご機嫌な大笑い。一体何が彼の態度を軟化させたのだろう。そう思っていた薫達へとダリウスはその機嫌の良さげな笑みを向けた。
「今回はテクトに免じて勘弁してやる。良かったなぁ、お前ら。テクトに礼を言っとけよ。お前らも、話は終わりだ!さっさと解体しちまって仕事に戻れ!」
「ういっす!」
ようやく我に返ったように運び人達が今度こそ絶命したブレイドボアの解体を始める。しかし、テクトだけはその場に立ち尽くしたまま、足下の地面に視線を落としている。
「テクト君……だったよね。庇ってくれてありがとう。僕達じゃ収拾がつかないところだったよ」
「き、気にすんなよ。まだ先は長いんだ。お互い、少しでも良い雰囲気の方が仕事がしやすいだろ?」
アルトが声を掛けると、テクトはすぐにいつもの元気な表情に戻って笑みを浮かべてみせる。だが、それがあくまでも見せ掛けであることは薫はもちろん、アルトも気付いていることだろう。
「そうかもしれないけど、その責任をキミだけが背負う必要は無いよ。あの人のさっきの台詞も気になるし、もし僕達で力になれることがあれば……」
「気にすんなって言っただろ。いつものことだからさ、アンタ達はそっちの仕事に集中してくれ。じゃ、俺も仕事に戻るからな」
「あっ、じゃあ僕も手伝いを……」
「ここまで手伝ってもらったんだ。あとは俺一人で十分だ。お前もそっちの仕事をやれよ」
薫の申し出を一蹴し、テクトは調理中の鍋の方向へと立ち去っていった。その態度に違和感を覚えた薫だったが、面と向かって尋ねたところで彼はきっと教えてはくれないことは容易に想像がついた。
「少し気になるけど……彼がそう言うんじゃ仕方無いね。ちょっと様子を見て、助けられることがあれば手を貸すようにしよう。助けてもらったんですから、ヴァルツさんもお願いしますね?」
「…………」
ヴァルツはテンガロンハットを目深に被ったまま応えないが、きっと理解はしてくれているだろう。その隣では、薫がテクトの後ろ姿を見つめたまま彼に他の言葉を投げ掛けることが出来なかったことを悔いるように唇を噛み締めていた。
「カオルに怒ってるわけじゃないだろうから、気にする必要はないよ。また時間がある時にでも話してみたら?」
「はい……そうしてみます」
「うんうん。じゃあ、僕達も自分達の持ち場に戻ろうか」
アルトに手を引かれて、薫は後ろ髪を引かれるような思いでテクトに背を向けると自分達が守るべき積み荷が満載された馬車へと向かって歩き出した。
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