ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

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第三章 初仕事は蒼へと向かって

油断大敵

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薫自身、あの巨大な拳銃の威力は理解している。だが、こうして改めて目の当たりにしてみると、その凄まじい威力にただただ身震いしてしまう。

そして、何より恐るべきはヴァルツの射撃の腕前。いくら的が大きいとはいえ、かなりの距離があったことに加えて激しく動き回るブレイドボアの急所をたった一発で撃ち抜いてみせたのだ。

「ウチの傭兵団はギランさんばっかり悪目立ちしちゃってるけど、ヴァルツさんもとても強いよ。隠れる場所のない平地なら、きっと誰にも負けない」

「そう……でしょうね。僕も今ならそう確信出来ます」

ヴァルツの射程圏では、きっと何者も逃れることは出来ないだろう。その頼もしさ、そして恐ろしさを改めて実感した薫だった。

「す、すげぇ……やるじゃねぇか傭兵さん!」

「黙りこくってるから相当な変わりモンかと思ったが、まさかこれだけの腕前とはな!」

薫と同じくヴァルツの強さを見せ付けられた運び人達が一斉に彼へと殺到する。しかし、ヴァルツにファンサービスなどする気など毛頭ないらしく、銃口から上がる硝煙が消えたところでホルスターに拳銃を収めた。

「あんな凄い人が護衛にいるなら、今回の仕事も無事に終わりそうだな。もしかして、お前も弱っちぃ見た目だけど実は凄い奴だったりするのか?」

「や、やめて下さいよ。ヴァルツさんと比べられたら自信無くしちゃいます」

「まぁまぁ……カオルだってこれからもっと強くなれるよ。だから元気出して」

感心したテクトからそんな言葉を投げ掛けられる薫だったが、あんな光景を目の当たりにしては気落ちしてしまうのも当然だろう。しょんぼりと肩を落とす彼の頭をアルトは苦笑いを浮かべながら撫でてやる。

一方、面白くないのはヴァルツと折り合いの悪いダリウスであった。これで失敗の一つでもしてくれれば散々扱き下ろすところなのだが、これでは文句の一つもつけようがない。さらに、他の面子が皆彼を慕うようになってしまったのも彼にとって面白くない要因の一つであった。 

「チッ……おいテメェら!いつまでボサッとしてやがる!さっさとその化け物を捌いちまえ!そいつは傭兵の報酬とは無関係だからな。売っ払えば俺達の取り分だぞ!」

「おおっ!」

自分達の稼ぎになるとわかれば、彼らの動きは非常に素早かった。一斉に馬車に戻ったかと思えば、それぞれ大きなナイフや桶といった物を手に戻ってきた。

「い、今ここで捌くんですか?」

「このままじゃ大きすぎて運べないしね。それに、こう見えてブレイドボアは高く売れるんだ。お肉はもちろん、毛皮や牙はいろんな職人さん達に重宝されてるんだよ」

「そうなんですね。見た目はちょっとアレな感じですけど……」

平凡な日常を当たり前のように享受してきた薫にとって、肉というものは既に解体されてパック詰めされた精肉であり、こうして直に解体する場面を目の当たりにするのは初めてであった。

ブレイドボアから次々に流れ出る大量の鮮血から立ち上る生暖かさを含んだ獣臭さが辺りに充満していく。生理的に受け入れ難いその臭気に、薫は思わず顔を背ける。

「カオル、大丈夫?気分が悪いのなら、無理に見なくてもいいんだよ?」

「だ、大丈夫です。少しでもこういうものに慣れておかないといけませんから……」

薫の呟いたその言葉は、いずれ自分も獣を解体する日が来るという意味合いを持つものではない。自分がいつか、同じ人間を殺める時が来た時のことを考えてのことであった。

この異世界で生きることを決めた以上、その時が来ることは覚悟しておかなければならない。獣の死体一つに目を逸らしているようでは、人間の死体と向き合うことが出来るわけがなかった。

「おいおい、カオル。こんなもんで気分が悪いって、お前って本当に傭兵かぁ?まぁ、そこで見てろよ。俺が華麗に優雅にこいつを捌いてやるからさ」

「うだうだ言ってねぇでさっさとやれッ!」

「へーい」

苛立つダリウスに気の無い返事を返しつつ、テクトは手慣れた手付きでナイフを手にするとブレイドボアへと歩み寄っていく。

「あ……?」

その時、薫の首筋にぞくりとした悪寒が走った。この感覚は、コーラルとの模擬戦の時に幾度と感じたことがあるものだ。激しい攻防の最中、まったく予期しないタイミング、死角から、必中必殺の一撃を叩き込まんとする気配を察知した時の。

「……っ!テクトさん!離れて下さい!」

「ああ……?」
 
薫は剣を手に反射的にテクトへ向かって走り出し、それに気付いた彼は不思議そうな顔で薫を振り返る。

そして、薫は目の当たりにした。淀んだブレイドボアの瞳に微かな光が蘇る。消え行く命が、その刹那に魅せる力強い一瞬の輝きを。

「ブモォオオオーーーッッ!」

「う、うぉおおおッ!?」

大地を揺るがすような咆哮を上げてブレイドボアの巨体が水揚げされた魚のように地面をのたうち回り、鋭利な剣のような牙がめちゃくちゃに振り回され、鋭い風切り音を唸らせて大気を切り裂く。

そして、荒れ狂う刃は突然の出来事を前にその場に釘付けにされたテクトへと向けられた。

「う、うわぁあああーーーッ!?」

テクトの身体を頭から両断するかの如く、彼の身体ほどもある巨大な牙が振り下ろされる。異常を察したヴァルツが素早くホルスターから再び拳銃を抜き放つも、ブレイドボアの方が僅かに早いか。

この数瞬後に訪れるであろう凄惨な光景から目を背けるように誰もが顔を逸らす。その時、テクトからさらに一回り小さい小柄な人物、薫がとっさにブレイドボアとの間に割り込んだ。

「間に合え……っ!」

薫は牙を受け止めるべく、両手で剣を高く掲げた。だが、そんなものが一体何の役に立つというのか。ブレイドボアと薫の体格差は圧倒的の一言。たとえ剣で受けたとしても、その重量は薫とテクトをまとめて押し潰してしまうことだろう。

だが、もはや彼らに差し伸べられる救いの手は無し。その無情の刃は真っ直ぐに薫達へと振り下ろされ、遂に薫の掲げる剣の刃と激突した。
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