ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

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第三章 初仕事は蒼へと向かって

襲い来る者

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一体何事なのか、薫が声の上がった方向へと目を向けると、暴れる馬の手綱を引いて運び人達が慌ただしく戻ってきた。

そして、彼らの遥か後方に見えるのは草原には似つかわしくない舞い上がる土埃。よくよく目を凝らしてみると、何かがこちらへと向かって一直線に向かってきているようであった。

「何か、来る……?」

「おいおい、なんかヤバそうな気配だぞ……」

草食動物の危険察知能力とでも言うべきか、テクトは全身の体毛を逆立たせ、ぶるりと身震いする。次第に接近してくる存在との距離が詰まってくると、薫は遂にその正体を視界に捉えた。

「あれは……イノシシ?」

そう呟いた薫の言葉は近からず遠からず、限りなく正解に近いもの。ならば何が違うのかというと、それはイノシシの形をした魔物であった。

その大きさは軽自動車くらいはあるだろうか。歴戦の猛者を思わせる古傷をあちこちに刻み、丸々と肥え太った巨体はまるで一本一本が針金のような硬質さを感じさせる体毛に包まれ、目前に迫る薫達をどこか狂気めいた瞳で見据えたまま鼻息荒く向かってくる。

そして、何より特徴的なのは口元から突き出たその巨大な牙だ。通常、イノシシの牙というものは前方に向かって生えているものだが、その牙は左右に向かって伸びており、形状もまた普通のイノシシと異なり、まるで巨大な剣のように平たい形をしていた。

遠目からもその鋭さは相当なものであることが窺え、元は白かったと思われる牙は赤黒く染まっている。それが一体何によって汚れているのか、安易に想像はつくが薫は敢えて深くは考えないようにした。

「カオル!一体何事なの!?」

騒ぎを聞き付けてきたらしく、馬車から飛び出してきたアルトが駆け寄ってきた。元気そうだが、まだ本調子ではないようで若干顔色が悪そうに見えた。

「アルトさん!僕もまだ状況がわからなくて……」

「あれは……うわっ、ブレイドボアだよ!縄張りにさえ入らなければ無害のはずなんだけど、まさかこんな街道に出るなんて……」

「お、おい傭兵!このために雇われてんだから何とかしろ!あんなもんに突っ込まれたらウチのボロ馬車なんざ一発で木っ端微塵になっちまう!」

「そ、そんなこと言われても……!」

焦りまくったダリウスに詰め寄られる薫だったが、彼自身も全く想定していなかった事態だ。てっきり初戦の相手はスライムかゴブリンといったロールプレイングゲームの御用達の雑魚敵スタートかと思いきや、最初の町を出ていきなりラストダンジョンレベルの魔物が出てきたら誰だって面食らってしまうだろう。

普通ならここで選ぶべきコマンドは逃げる一択だが、残念ながら今の彼にその選択肢は許されない。薫は大きく深呼吸をすると、背負った剣を手に取った。

「お、おい、お前そんな玩具みてぇな剣一本でやるつもりか!?悪いこと言わねぇからやめとけって!お前がまともにぶつかったって吹っ飛ばされて終わりだぞ!」

「そ、そうかもしれません。ですが、僕は逃げるわけにはいかないんです……!」

目前まで迫りつつあるブレイドボアに向かって剣を身構えながら、薫は震えを誤魔化すように剣の柄を握りしめる。

初戦の相手としてはあまりにも手に余るが、もしも退けることが出来れば誰も自分を足手まといとは思わないようになるはずだ。

もともと倒せるなんて思ってない。少しでも皆が逃げるだけの時間を稼ぐことが出来たのなら万々歳だ。それに、上手く立ち回れば命を落とすようなこともないかもしれない。多分。

「アルトさん、ここは僕が何とかしてみせます。ですから、アルトさんは皆さんを安全な場所まで誘導して下さい」

「カオル、やる気になってるところ悪いんだけど……多分、その必要は無いと思うよ」

「えっ?それってーーー」

意味深なアルトの言葉を聞いて薫が言い終わらない内に、突如として大気を震わせるような大きな銃声が響き渡った。銃声と言うよりは大砲でも撃ったような轟音に思わず身をすくませる薫。一体何が起こったのか理解するよりも前に、薫の視線の先で頭が破裂したかのように大量の鮮血を飛び散らせ、ぐらりとブレイドボアの巨体が傾いた。

四つ足から力が抜け、スピードをそのままに頭から地面へと突っ込んだ。地面を抉り、土埃を巻き上げながらブレイドボアは薫達からおよそ十数メートルほど先の地点で緩やかにスピードを落とし、完全に停止した。

「く、くたばった……のか?」

「そうみたいですね。ほらね、カオル。心配しなくても大丈夫だったでしょ?」

「え、ええ、そうみたいですが……一体何が起こったんでしょう?」

「ふふ、それはね……ほら、あそこ」

そう言ってアルトが指差したのは、薫達のいる地点から少し離れた位置に停められた馬車。そこには、薫と別れた地点から一歩たりと動かぬまま、その手に銃口から白煙を上げる巨大な拳銃を握りしめたヴァルツの姿があった。
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