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第三章 初仕事は蒼へと向かって
おもひでぽろぽろ
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「テクトさん、一人じゃ大変ですよね。僕もお手伝いさせて下さい」
「へっ?いや、そりゃ手伝ってくれるならありがたいけどよ……お前料理出来んのかぁ?」
薫が声を掛けると、テクトはやってきた彼を訝しむような眼差しで迎えた。
傭兵というのはその物々しい呼び名の響きからどうしても相手に血生臭いイメージを植え付け易い。見た目は大草原で草を食む子馬のように純朴な薫であっても、少なからずその影響は避けられなかった。
しかし、薫はテクトのそんな眼差しを微塵も気にする様子もなく、彼の隣に立って置かれていたナイフを手に取った。
「任せて下さい。これの皮を剥けばいいんですよね」
「お、おい……」
こういうものは説明するよりも目の前で実践してみせた方が手っ取り早いとばかりに、薫はコロコロとした丸いジャガイモらしき芋を手にした。
「うお……」
そして、テクトは驚きに瞳を丸くした。薫の手際は彼の想像の遥かに越え、片手でジャガイモを回しながらまるでトイレットペーパーを引き出すが如く手慣れた手つきで皮を剥いていく。
その手際は、まさしく日常的に料理をしていた者だけが持ち得るもの。テクトが感心している内に早くも一個目を剥き終えた薫は次の芋を手に取った。
「へぇ、なかなかやるじゃん。傭兵ってもんは芋より人の皮の方が剥き慣れてると思ったが、お前みたいなのもいるんだな」
「何なんですか、その極端な想像。そんな人の方が滅多にいないと思いますよ。それよりほら、貴方もちゃんと手を動かして下さいよ」
「言うじゃねぇか。こちとら商会で下働き三年やってんだぞ。今更皮剥きで傭兵に負けるかよ」
別に薫は競うつもりはなかったのだが、謎の対抗心が芽生えたテクトと薫の働きによって山と積まれていた芋の処理は瞬く間に終了した。
剥いた芋は湯を沸かした鍋に放り込み、塩を少々。あとは塩漬け肉の塊を火に掛けたところで、食事の用意は無事に終了した。
「ふぃ~、やっと片付いたか。悪かったな。護衛の傭兵さんにメシの用意まで手伝わせちまって」
「いえ、気にしないで下さい。でも、結構簡単な料理なんですね。せめて卵でもあれば、もう少し手の込んだものが出来るんですけど……」
「おいおい、ピクニックに行くんじゃねぇんだぞ。日持ちしねぇ食材なんか持って行ったら、もしも万が一に何かあったら全部無駄になっちまうからな。芋と干し肉ばっかのメシになっちまうのは仕方ねぇよ」
「言われてみれば、確かにそうですよね」
「でもな、だからこそ仕事終わりのメシと酒が最高なんだよ。この仕事が終わったら、俺がよく通ってる安くてウマイ飯屋を教えてやるよ」
「あはは、楽しみにしてますね」
この食事の手伝いを通じて、薫とテクトの間には友情のようなものが芽生えていた。薫にはまだ獣人の見た目の区別はあまりつかないが、テクトは雰囲気的にもかなり近い年代であることが窺える。そういうこともあって親近感のようなものを感じているのかもしれない。
「それにしても、お前、俺ほどじゃねぇけど良い手際だったぜ。もしかして、俺と同じでそっちじゃ飯炊きでもやってんのか?」
「そういうわけじゃないんですけど……まぁ、ちょっとした事情がありまして」
「ああ?何だよ、その事情って。まさか、傭兵になる前は料理人でもやってたとかか?」
「あはは……本当にたいしたことじゃありませんよ」
そう言ってテクトに愛想笑いを見せながら、薫は内心では少し沈んでいた。
薫は別に好きで料理をしていたわけではない。そうしなければならない理由があったからだ。
薫の両親は生き甲斐を家族との団欒より仕事に見出だす人達で、年間を通して世界中を飛び回り、自宅にほとんど帰ってきた試しがない。
親としての責務を果たせない代わりとばかりに使いきれないほどの生活費を送ってくる両親との思い出など片手で数えるほどもなく、薫はたった一人の年老いた家政婦と共に幼少期を過ごしてきた。
家政婦は孤独な薫に優しくしてくれたが、彼女が体調を崩して家政婦を辞めてしまうと、薫は一人で暮らすにはあまりにも広すぎる家で不自由することはないが孤独な生活を送ることになった。そういうこともあって、不本意ながら生活力が上がるのも当然であった。
「おい、大丈夫か?」
「えっ……」
テクトから声を掛けられて、薫は我に返る。気付けば彼が心配そうに薫の顔を覗き込んでいた。
「何か知らねぇけど……変なこと聞いちまったみたいだな。悪かったな」
「い、いえ、何でもないんですよ。ちょっと思い出しちゃったことがあっただけで……」
軽く頭を振って、薫は脳裏に残る記憶を追い払う。
「もしかしてアンタ、仲間内で相当ひどい扱いされてんのか?よく考えたら、犬の兄ちゃんはともかく、あの鳥の旦那は結構ヤバい目付きしてたもんな」
「えっ!?いや、そういうわけじゃないんですよ!」
確かにヴァルツの射抜くような目付きはヤバいと言われてみればそう思わないこともないのだが、見た目に反してまともな人であることは間違いない。
ヴァルツの名誉を守るために反論する薫だったが、今回はそれが逆に作用してしまったらしい。
「隠すなよ。アンタが言えないなら代わりに俺が言ってやる。なぁに、メシの用意を手伝ってもらった礼だ。アンタは何も気にしなくていいぜ」
「で、ですからそういうわけじゃなくて……!」
見た目は兎なのに、その勇気はライオン並み。薫の制止など何処吹く風で、芋が煮えるまでの暇潰しだとばかりにテクトはヴァルツへと向かっていきーーー
「た、大変だぁあああーーーーーーっ!」
突如、馬の世話をしていた運び人達の方から、野太い悲鳴混じりの声が上がった。
「へっ?いや、そりゃ手伝ってくれるならありがたいけどよ……お前料理出来んのかぁ?」
薫が声を掛けると、テクトはやってきた彼を訝しむような眼差しで迎えた。
傭兵というのはその物々しい呼び名の響きからどうしても相手に血生臭いイメージを植え付け易い。見た目は大草原で草を食む子馬のように純朴な薫であっても、少なからずその影響は避けられなかった。
しかし、薫はテクトのそんな眼差しを微塵も気にする様子もなく、彼の隣に立って置かれていたナイフを手に取った。
「任せて下さい。これの皮を剥けばいいんですよね」
「お、おい……」
こういうものは説明するよりも目の前で実践してみせた方が手っ取り早いとばかりに、薫はコロコロとした丸いジャガイモらしき芋を手にした。
「うお……」
そして、テクトは驚きに瞳を丸くした。薫の手際は彼の想像の遥かに越え、片手でジャガイモを回しながらまるでトイレットペーパーを引き出すが如く手慣れた手つきで皮を剥いていく。
その手際は、まさしく日常的に料理をしていた者だけが持ち得るもの。テクトが感心している内に早くも一個目を剥き終えた薫は次の芋を手に取った。
「へぇ、なかなかやるじゃん。傭兵ってもんは芋より人の皮の方が剥き慣れてると思ったが、お前みたいなのもいるんだな」
「何なんですか、その極端な想像。そんな人の方が滅多にいないと思いますよ。それよりほら、貴方もちゃんと手を動かして下さいよ」
「言うじゃねぇか。こちとら商会で下働き三年やってんだぞ。今更皮剥きで傭兵に負けるかよ」
別に薫は競うつもりはなかったのだが、謎の対抗心が芽生えたテクトと薫の働きによって山と積まれていた芋の処理は瞬く間に終了した。
剥いた芋は湯を沸かした鍋に放り込み、塩を少々。あとは塩漬け肉の塊を火に掛けたところで、食事の用意は無事に終了した。
「ふぃ~、やっと片付いたか。悪かったな。護衛の傭兵さんにメシの用意まで手伝わせちまって」
「いえ、気にしないで下さい。でも、結構簡単な料理なんですね。せめて卵でもあれば、もう少し手の込んだものが出来るんですけど……」
「おいおい、ピクニックに行くんじゃねぇんだぞ。日持ちしねぇ食材なんか持って行ったら、もしも万が一に何かあったら全部無駄になっちまうからな。芋と干し肉ばっかのメシになっちまうのは仕方ねぇよ」
「言われてみれば、確かにそうですよね」
「でもな、だからこそ仕事終わりのメシと酒が最高なんだよ。この仕事が終わったら、俺がよく通ってる安くてウマイ飯屋を教えてやるよ」
「あはは、楽しみにしてますね」
この食事の手伝いを通じて、薫とテクトの間には友情のようなものが芽生えていた。薫にはまだ獣人の見た目の区別はあまりつかないが、テクトは雰囲気的にもかなり近い年代であることが窺える。そういうこともあって親近感のようなものを感じているのかもしれない。
「それにしても、お前、俺ほどじゃねぇけど良い手際だったぜ。もしかして、俺と同じでそっちじゃ飯炊きでもやってんのか?」
「そういうわけじゃないんですけど……まぁ、ちょっとした事情がありまして」
「ああ?何だよ、その事情って。まさか、傭兵になる前は料理人でもやってたとかか?」
「あはは……本当にたいしたことじゃありませんよ」
そう言ってテクトに愛想笑いを見せながら、薫は内心では少し沈んでいた。
薫は別に好きで料理をしていたわけではない。そうしなければならない理由があったからだ。
薫の両親は生き甲斐を家族との団欒より仕事に見出だす人達で、年間を通して世界中を飛び回り、自宅にほとんど帰ってきた試しがない。
親としての責務を果たせない代わりとばかりに使いきれないほどの生活費を送ってくる両親との思い出など片手で数えるほどもなく、薫はたった一人の年老いた家政婦と共に幼少期を過ごしてきた。
家政婦は孤独な薫に優しくしてくれたが、彼女が体調を崩して家政婦を辞めてしまうと、薫は一人で暮らすにはあまりにも広すぎる家で不自由することはないが孤独な生活を送ることになった。そういうこともあって、不本意ながら生活力が上がるのも当然であった。
「おい、大丈夫か?」
「えっ……」
テクトから声を掛けられて、薫は我に返る。気付けば彼が心配そうに薫の顔を覗き込んでいた。
「何か知らねぇけど……変なこと聞いちまったみたいだな。悪かったな」
「い、いえ、何でもないんですよ。ちょっと思い出しちゃったことがあっただけで……」
軽く頭を振って、薫は脳裏に残る記憶を追い払う。
「もしかしてアンタ、仲間内で相当ひどい扱いされてんのか?よく考えたら、犬の兄ちゃんはともかく、あの鳥の旦那は結構ヤバい目付きしてたもんな」
「えっ!?いや、そういうわけじゃないんですよ!」
確かにヴァルツの射抜くような目付きはヤバいと言われてみればそう思わないこともないのだが、見た目に反してまともな人であることは間違いない。
ヴァルツの名誉を守るために反論する薫だったが、今回はそれが逆に作用してしまったらしい。
「隠すなよ。アンタが言えないなら代わりに俺が言ってやる。なぁに、メシの用意を手伝ってもらった礼だ。アンタは何も気にしなくていいぜ」
「で、ですからそういうわけじゃなくて……!」
見た目は兎なのに、その勇気はライオン並み。薫の制止など何処吹く風で、芋が煮えるまでの暇潰しだとばかりにテクトはヴァルツへと向かっていきーーー
「た、大変だぁあああーーーーーーっ!」
突如、馬の世話をしていた運び人達の方から、野太い悲鳴混じりの声が上がった。
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