ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

文字の大きさ
上 下
40 / 74
第三章 初仕事は蒼へと向かって

束の間の小休止

しおりを挟む
「そろそろ頃合いか……おーい、ここらで昼飯にするぞ!」

『ういッス!!』

特に何かしらハプニングに見舞われるようなこともない穏やかな旅路の途中で太陽が空の最も高い位置に昇ったそんな頃、先頭の馬車に乗るダリウスの一声と運び人の威勢の良い返事によって港町を目指す馬車の列は街道を外れ、とある小川の傍で足を止めた。

「テクトぉ!メシの支度だ!あんま寛いでる時間はねぇぞ!他の奴は馬に水と馬草を食わせてやれ!」

「あいよ!っと、先に傭兵さん達にも知らせねぇと……」

今回選出された運び人達の中では新米らしいテクトは最後尾から二番目の馬車から兎らしい身軽さで飛び降り、御者によって馬が離された後の薫達が乗る最後尾の馬車に駆け寄った。

「おーい、傭兵さん達。そろそろ休憩がてらメシに……って、何でそこにいるんだ?」

「…………」

テクトは何故か馬車の中ではなく座り心地の悪い御者台に腰掛けていたヴァルツに声を掛けたが、彼は何も言わずにちらりと荷台を一瞥する。そんな反応にテクトは首を傾げながらも御者台に登った。

「おい、アンタも聞こえたろ。だから外に……おお?」

彼にとっては見慣れたボロボロの馬車の中に顔を入れたテクトだったが、様変わりしたその内装に思わず声を洩らしていた。

乱雑に散らかされていた毛布は埃を叩いた上で隅に畳んで重ねられ、転がっていた酒瓶はまとめて空だった木箱の中に整然と収められていた。馬車の隅では青ざめた顔をして横たわっているアルトを他所に、口元に布を巻いた薫が箒を手に清掃作業に勤しんでいた。

「ああ、ごめんなさい。もう少しで終わりますから先に行ってて下さい」

「もう少しで終わるって……アンタ傭兵だろ?なんでそんなことやってんだ?」

「えっと、深い理由は特に無くて……ちょっと気になっただけですよ」

オブラートに包んだ言い方をしつつも、実際のところ薫は堪えられなかったのだ。アルトが早々にダウンした後、隅で埃を被っていた箒を手に、物言わぬ置物と化していたヴァルツを外に追いやり、寛げはしないものの苦ではない程度まで環境回復に成功していた。

「傭兵のくせに変な奴だなぁ。けど、助かるぜ。本来なら俺がやるべきなんだけど、なかなかそっちまで手が回らなくてよ。礼と言っちゃ何だが、昼飯は腹一杯食ってくれ」

「気にしなくてもいいですよ。お気持ちだけはありがたく受け取っておきますから」

「ははっ、ますます傭兵らしくねぇや。んじゃ、俺は用意しなくちゃならねぇから、また後でな」

テクトが馬車から離れた後、薫も最後に集めた塵を外に捨てて箒を置いた。匂いばかりはどうしようもないが、最初の頃に比べたら断然マシだ。口元の布を取り去り、薫は御者台のヴァルツに顔を出した。

「すみません、ヴァルツさん。簡単に掃除するつもりだったんですけど興が乗ってしまって……とりあえず終わりましーーーわぷ」

「…………」

ヴァルツは無言で薫の頭を撫でて、颯爽と馬車から降りた。
追い掛けようとした薫だったが、ダウンしているアルトの存在を思い出して荷台に戻った。

「アルトさん、ご飯ですって。動けそう……にありませんね」

「ご、ごめん、先に行ってて。少し落ち着いたら行くから……あう」

薫ですら辛い環境だったのだ。犬人のアルトにはさぞかし辛い旅路だっただろう。とはいえ、まだ始まったばかりなのだけれど。

「ごめんね、カオル。僕、先輩なのに頼りないところ見せちゃって……」

「そんなことありませんよ。ゆっくり休んでて下さい。動けないようなら持ってきますから」

申し訳なさそうなアルトの眼差しを感じながらヴァルツから少し遅れて薫も馬車から降りて辺りを見回してみると、小川の近くでは運び人達が馬の世話をしており、その傍ではテクトが石を積んだ釜戸に火を起こそうと悪戦苦闘していた。

「何だが忙しそうですね……だけど、僕達はここで周りを警戒すればいいんですよね?」

「…………」

ヴァルツからの回答は無し。しかし、テンガロンハットに隠れて目元は見えないものの、彼が周囲に気を張っているところを見る限りそれが答えであることは明らかだった。薫も背中に担いでいた剣を手に握りしめ、ヴァルツの隣でキョロキョロとしきりに辺りを見回した。

とはいえ、そう都合良くトラブルが起こるわけもない。最初の十数分は気を張っていた薫だったが、それ以降は集中が途切れてしまった。心地良い微風に癒されながら、大空を横切っていく渡り鳥の群れを見上げていた。

「別に何か起こって欲しいというわけじゃないんですけど……結構暇ですね」

「…………」

護衛の傭兵が何か起きて欲しいと願うのは不謹慎極まりない。しかし、そう思ってしまうほどに薫は暇だった。こんなことなら、この世界の文字の勉強に使っている本でも持ってくれば良かったと思う薫だったが、ふと手元の剣を見下ろした。

「そういえば、ギランさんから貰ったこの剣、なんだか不思議なんですよねぇ。普通の剣じゃないというか……」

剣に施された精巧な装飾を見ると、実戦用な剣というよりは儀礼用とも言うべき印象を受ける。しかも、材質は一応金属なのだが、そうとは思えないほど軽かった。少なくとも鉄じゃない。もっと何か、言うなればファンタジー的なテイストを感じられた。

「まだ真新しいみたいですし、僕って貧乏性ですから何だが使うのが勿体無くなっちゃうんですよね。早く使ってみたいって気持ちもあるんですけど」

「…………」

「でもまぁ、何も起きなければそれに越したことはないですよね。このまま無事に仕事が終わってくれればーーー」

「まだ出来ねぇのかテクトォッ!」

薫がヴァルツと会話(?)をしているところへ響き渡る怒号。見れば、食事の用意をしているテクトがダリウスからお叱りを受けているところであった。

「休暇でピクニックに来てるわけじゃねぇんだぞ!俺達が馬のメシを用意してる間にさっさとやっちまわねぇか!」

「わ、わかってますよ!ちょっと火を着けるのに手間取っちまったんですが、すぐに出来ます!」

ダリウスに急かされながらテクトが取り掛かっているのは野菜の皮剥きだった。しかし、取り掛かるのが遅れてしまったというのは本当らしく、彼の前にはまだまだ大量の野菜が残されている。

ここに居るのは全員で十二人。しかも、薫達を差し引いても運び人達はテクトを除いて全員大柄の獣人達で構成されており、エンゲル係数も相当なものになる模様。そんな全員の腹を満たすだけの食事をたった一人で用意するのは容易ではないだろう。あの様子ではまだまだ時間が掛かりそうだ。

「あれだけの量を一人でなんて……」

あまり慣れていないのか、テクトの皮剥きの手付きもどことなく危なっかしい。急かされるあまり、今にも指を切ってしまいそうだ。

食事を用意してもらう手前、薫も手伝いたいと思ったが、今の彼の仕事は商隊の護衛だ。ここでその役割を放り出してテクトの手伝いをすることは仕事放棄になってしまうのかもしれない。

そんな思考の狭間で揺れる薫。手伝いたいけど、こっちはこっちで仕事がある。思い悩みながら苦戦しているテクトを見つめていた薫だったが、その背中が軽く押し出された。

「わっ……ヴァルツさん?」

「…………」

薫の背中を押したのはヴァルツであった。一歩進んだ位置から振り返る薫からヴァルツは明後日の方向へと視線を向ける。

仮に薫が手伝いに行ったとしても何も見ていないから咎めない、という意思表示だろうか。いや、それしか考えられなかった。

「え、えっと……ごめんなさい、ヴァルツさん。何かあったらすぐに戻りますから!」

薫はヴァルツにペコリと頭を下げて、小走りにテクトの元へと向かっていった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。

石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。 雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。 一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。 ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。 その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。 愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

黒豹陛下の溺愛生活

月城雪華
BL
アレンは母であるアンナを弑した獣人を探すため、生まれ育ったスラム街から街に出ていた。 しかし唐突な大雨に見舞われ、加えて空腹で正常な判断ができない。 幸い街の近くまで来ていたため、明かりの着いた建物に入ると、安心したのか身体の力が抜けてしまう。 目覚めると不思議な目の色をした獣人がおり、すぐ後に長身でどこか威圧感のある獣人がやってきた。 その男はレオと言い、初めて街に来たアレンに優しく接してくれる。 街での滞在が長くなってきた頃、突然「俺の伴侶になってくれ」と言われ── 優しく(?)兄貴肌の黒豹×幸薄系オオカミが織り成す獣人BL、ここに開幕!

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

【完結】 「運命の番」探し中の狼皇帝がなぜか、男装中の私をそばに置きたがります

廻り
恋愛
羊獣人の伯爵令嬢リーゼル18歳には、双子の兄がいた。 二人が成人を迎えた誕生日の翌日、その兄が突如、行方不明に。 リーゼルはやむを得ず兄のふりをして、皇宮の官吏となる。 叙任式をきっかけに、リーゼルは皇帝陛下の目にとまり、彼の侍従となるが。 皇帝ディートリヒは、リーゼルに対する重大な悩みを抱えているようで。

処理中です...