ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

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第三章 初仕事は蒼へと向かって

一抹の不安

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手にすると、思っていたよりも軽い重量を感じた。古ぼけた革の鞘に収まるそれは幅の広く大きな刃体を持ち、巨体のギランが手にしていると小さく見えるが、剣としては大きい部類に入るだろう。特に豪奢な装飾があるわけではないが、柄の中心部分に翡翠色の大きな宝玉が嵌め込まれていた。

「あれ?ギランさん、そんな立派な剣なんて一体どうしたんですか?まさかとは思いますが……」

「バッカお前、万年金欠の俺様がこんなモン買えるかよ。気まぐれに倉庫を漁ったらたまたま見付けてな。何処で手に入れたモンか記憶に無ェが、カオルにはちょうど良いだろ。ほらよ」

「わ、わっ……!?」

ギランから手渡された剣を受け取った薫の腕にずしりとした重さが伝わってくる。金属で出来ているはずだが意外なことに見た目ほどの重量はなく、薫の細腕でも難なく振ることが出来そうだ。

「いつまでも木剣じゃカッコつかねぇからな。すぐには上手く扱えねぇでも一応持っとけ」

「良かったな、カオル。なかなか良い剣じゃないか」

「あ、ありがとうございます。でも、僕は真剣はちょっと……」

嬉しさ半分、申し訳なさ半分に薫は顔を俯かせる。自衛のために持ち歩いている木剣と違い、真剣は相手の命を容易く奪えるものだ。仕事に対する強い熱量を持っているとはいえ、優しさと気の弱さを併せ持つ薫はそこまでの覚悟は持ち合わせてはいなかった。

「安心しろ。お前がそう言うと思って刃引きしておいたぞ。剣の形をした棒切れと思って心置きなく使っていけ」

「ほ、本当ですか!?」

薫が剣を鞘から抜いて確認すると、確かに刃の部分が丸みを帯びている。これだけの大きさの刃を全て刃引きするのは相当の労力を要したことだろう。

「ありがとうございます。僕……大事にします!今から振ってみていいですか!?」

「おう、仕事の話はこれで終いだ。仕事は明日だからな。張り切って疲れを残すんじゃねぇぞ」

まるで新しい玩具を買って貰った子供のように剣を抱えて薫は中庭へと駆けていく。屈強な男達ひしめく傭兵団の中で垣間見えた微笑ましい光景に笑みを浮かべながら薫を見送り、その後ろ姿が見えなくなると、コーラルは神妙な面持ちでギランを見た。

「…団長。今回の依頼、本当はどう思ってる?」

コーラルの問い掛けにすぐには答えず、ギランは懐から取り出したパイプに火を着ける。大きく吸い込み、天井に向かって盛大に煙を吐いたその表情は立ち昇る白煙のように曇っていた。

「…どうもこうもあるかよ。あのケチくさいジジイがこんな金出すなんざ有り得ねぇだろ。つまり、わざわざ大金積んで俺達に依頼するような裏があるってこった」

今回を依頼を受けた時点で、ギランは既に勘づいていた。というより、仕事を斡旋してきたクロワ自身からその可能性を聞かされていた。ただ荷馬車を護衛するという単純な仕事にも関わらず、流れ者の冒険者ではなく力と名を看板として掲げる傭兵団に高い報酬を支払って依頼するその意味を。

「だ、大丈夫なんですか?もしかしたら凄く危ないことになるんじゃ……」

「その通りだ。ただの積み荷の護衛では終わるまい。厄介な荒事になる可能性が高いだろう。カオルには別の仕事を任せて、ここは私が行くべきじゃないか?」

「バカ野郎。冒険者ギルドみたいに草摘むだけで金が入るような楽な仕事が入るかよ。それに、こんな依頼なんざ日常茶飯事だろうが。カオルには良い経験だ。こういうイレギュラーな仕事が男を磨くんだよ」

「そうは言ってもな……」

「カオルの保護者気取るのも結構だがな、少しは信用しろよ。この俺様の人選と……この終始黙り決め込んでるコイツをな」

ギランが目線を向けると、周囲の会話など全く興味も無さそうにテンガロンハットを目深にかぶって琥珀色の酒の入ったグラスを傾けるヴァルツの姿。傭兵団の副団長を務める彼の実力はコーラルとアルトの知るところではあるのだが、それでも彼らの表情はどことなく晴れなかった。

当然ながら、傭兵団の仕事というものは腕っぷしだけで務まるようなものではない。現場では依頼関係者との会話や交渉をする機会もある。

だが、呼吸と食事以外に口の使い方を忘れたヴァルツがそれらをこなす光景が全くもって思い浮かばない。それを彼に全く望めない以上、今回その役割を担うのは必然的にアルトと薫ということになるだろう。

「これは大丈夫……なのか?」

「さぁ……?」

「心配すんなって!ああ見えてしっかりしてんだ。カオルもそのへんは臨機応変に何とかやるだろ。なぁ、ヴァルツよ?」

「…………」

「何とか言えコラ!」

果たして、この依頼の行方はどうなってしまうのか。わちゃわちゃとうざ絡みするギランと、それを全く気にも留めないヴァルツという傭兵団のツートップを前に、コーラルとアルトは途方もない不安を覚えるのだった。
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