ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

文字の大きさ
上 下
36 / 74
第三章 初仕事は蒼へと向かって

ギランの人選

しおりを挟む
前のめりになって急く気持ちを押し留めながら薫がホールに到着した頃には、既に中央のテーブルを囲うように全員が椅子に腰掛けていた。その中には当然ながら先ほど薫と別れたコーラルとヴァルツの姿もあった。

「遅ぇぞカオルぅ。主役のお前が来ねぇと始められねぇだろうが。さっさとこっちに来い」

「す、すみません!」

手招きされ、薫は足早にテーブルの上に両足を乗せたギランの隣にある唯一の空席を目指す。そして腰掛けようとしたその時、彼の腰にギランの丸太のような尻尾が巻き付いた。

「あ、え……?」

わけもわからない内に、持ち上げられた薫はギランの膝の上に着地。呆然とする彼の頭を撫でながらギランは満足げに口元を綻ばせる。まるで猫のような扱いだが苦言を申し立てるタイミングを完全に逸してしまい、薫はされるがままに撫でられていた。

「ギランさん、何やってるんですか。カオルが困ってるじゃないですか」

「うっせ。カオルに対するお前らのガードが固ェからこれくらいで我慢してるんじゃねぇか。これ以上文句は言わせねぇぞ」

「あの、僕の意見は……?」

「文句は言わせねぇって言ったばかりだろうが。時間が無ぇんだ。さっさと本題に入るぞ」

当事者なのに文句一つ言えないとは、こんな理不尽聞いたこともない。しかし、理不尽が服を着て歩いているのがギランという人物なのだから、今更薫も無駄に食い下がるような愚行は侵さない。

全員が口を閉じたところで、ギランは手にしていた羊皮紙をテーブルの上に広げて見せた。この世界の文字については現在進行中で勉強中である薫には内容がよくわからなかったが、どうやら依頼内容が書かれているようだ。

「依頼人はアルドゴート商会のステッキンのジジイだ。依頼内容は積み荷の護衛。目的地は港湾都市ブルーラグナで、必要経費は向こう持ちの報酬は金貨が十枚。まぁ、護衛任務にしちゃ悪くねェ報酬だな」

「珍しいですね。あのステッキンさんが僕達に依頼するなんて。積み荷の護衛なら普段は冒険者ギルドに依頼してるのに」

「フられちまったんじゃねェか?あの守銭奴ジジイ、依頼内容の割に財布の紐が固ェからな。しかしクロワのヤツ、仲介料だからって三割も持ってくか普通……」

どうやら依頼人はギラン達のよく知る人物のようだ。しかし、この中で唯一その人物についての知識が皆無な薫は、クロワの諸行に苛立つギランの膝の上で首を傾げながら疑問符を浮かべていた。

「ああ、カオルはステッキンさんを知らないよね。ステッキンさんはこの街で一番大きな商会のアルトゴート商会の会長さんで、この街に流通するほとんどの品を取り扱ってるんだ」

「へぇ……有名人なんですね。そんな人からお願いされたお仕事をするなんて、結構凄いことですよね」

「とはいえ、私達に依頼するとそれなりに高くつくからな。ほとんどは冒険者ギルドに依頼することがほとんどだ。さて、今回は一体どういう風の吹き回しかな」

コーラルも今回の依頼については疑問を覚えているらしく、テーブルに肘を付きながら難しい表情を浮かべている。

「俺様としちゃ、金さえ出しゃ誰だって大歓迎だがな。さて、今回の人選だがカオルは確定だ。あとは……」

ギランはテーブルに座る全員の顔をぐるりと見渡す。その後、静かに持ち上げられた指がアルト、そしてヴァルツを指差した。

「交渉役にアルト。んで、ヴァルツ、今回はお前らが行け。たまにはバイト先のシェイカー以外のモンを持たなきゃ腕が鈍っちまうからな」

「はーい。よろしくね、カオル」

「…………」

「よ、よろしくお願いします!」

軽く片手を上げるアルトと、まるで了解とでも言うようにヴァルツはテンガロンハットの縁を指先で弾いてみせる。

よもや、初仕事をヴァルツと共にこなすことになろうとは。薫としては誰と一緒でも何一つ不服は無いが、果たして仕事中に上手くコミュニケーションが取れるかという一点については不安を覚えていた。

アルトが同行するのだから心配は無いとは思われるが、これも彼と親睦を深める良い機会と捉えるべきだろうか。

しかし、薫としては誰に依頼され、誰と依頼をこなすのかというより、これが自分にとっての初仕事であるということが重要だった。

早くも意気込んでいるのかギランの膝の上で無意識に前のめりになりながら身体を揺らす薫だったが、その頭にギランの手が置かれた。

「あんま焦んなよ。目的地だって順当に進みゃ二日で着くような場所だ。街道に沿って行くからな、たいした化け物だって出やしねぇよ。お前はまず、仕事の雰囲気に慣れることに集中しろ。あれこれ気を回すのは次の段階だ」

「でも、僕……皆さんのお役に立ちたいんです。早くお仕事に慣れて、自分の食べる分くらい自分で稼げるようになりたいんです。もっと……強くなりたいんです」

俯く薫の言葉から感じ取れるのは、責任感というものを遥かに越えた強迫観念。悲壮感すら感じさせる薫の痛ましい姿に、コーラルは悲しげな表情を浮かべた。

「カオル……そこまで気負う必要は無いんだぞ。仮に失敗したとしても、私達はキミをここから追い出すつもりは毛頭無い。キミはもう私達の仲間なんだ。それを忘れないで欲しい」

「そうだよ、カオル。僕達、誰もキミを足手まといだなんて思ってないんだから」

「…わかっています。それでも僕は……皆さんの優しさに甘えてる自分が許せないんです。この世界のどこにも行き場の無い僕を拾ってくれた皆さんに恩を返したいんです」

薫の生真面目さ故か、この考えはそう簡単に変えられそうにない。揺るぎない強い意思の込められた薫の言葉に返す言葉が見付からず、困ったようにコーラルとアルトは顔を見合せた。

「…まぁ、お前の考えもわからねェこともないがな」

張り詰めた沈黙を破り、椅子の背凭れに寄りかかりながらギランが口を開いた。

「お前にそこまでの覚悟があるなら俺様はもう何も言わねぇよ。お前の初仕事の結果を、ここでゆっくり待たせてもらう。だが、俺様の面子を潰すような真似はしてくれんなよ?ただでさえクライヴのトコに奪われて仕事が無ェんだ。これ以上減ったら干上がっちまうからな」

「ギランさん……任せて下さい!お二人とこの仕事を絶対にやり遂げてみせますから!」

やる気に歯止めが掛からないのなら、逆に背中を押してやろうというのがギランの考えらしい。輪を掛けて意気込む薫の頭をギランが撫でた。

「よしよし。そんじゃ、お前の初仕事を記念して、俺様から餞別をくれてやるとするか 」

「餞別……?」

薫を膝から下ろし、あらかじめ仕込んでおいたのかギランがテーブルの下から引っ張り出したのは一振りの剣であった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。 目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。 しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。 転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。 だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。 そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。 弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。 そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。 颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。 「お前といると、楽だ」 次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。 「お前、俺から逃げるな」 颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。 転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。 これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。

黒豹陛下の溺愛生活

月城雪華
BL
アレンは母であるアンナを弑した獣人を探すため、生まれ育ったスラム街から街に出ていた。 しかし唐突な大雨に見舞われ、加えて空腹で正常な判断ができない。 幸い街の近くまで来ていたため、明かりの着いた建物に入ると、安心したのか身体の力が抜けてしまう。 目覚めると不思議な目の色をした獣人がおり、すぐ後に長身でどこか威圧感のある獣人がやってきた。 その男はレオと言い、初めて街に来たアレンに優しく接してくれる。 街での滞在が長くなってきた頃、突然「俺の伴侶になってくれ」と言われ── 優しく(?)兄貴肌の黒豹×幸薄系オオカミが織り成す獣人BL、ここに開幕!

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!

黒木  鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。 ※(3/14)ストック更新終わりました!幕間を挟みます。また本筋練り終わりましたら再開します。待っててくださいね♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

同室のアイツが俺のシャワータイムを侵略してくるんだが

カシナシ
BL
聞いてくれ。 騎士科学年一位のアイツと、二位の俺は同じ部屋。これまでトラブルなく同居人として、良きライバルとして切磋琢磨してきたのに。 最近のアイツ、俺のシャワー中に絶対入ってくるんだ。しかも振り向けば目も合う。それとなく先に用を済ませるよう言ったり対策もしてみたが、何も効かない。 とうとう直接指摘することにしたけど……? 距離の詰め方おかしい攻め × 女の子が好きなはず?の受け 短編ラブコメです。ふわふわにライトです。 頭空っぽにしてお楽しみください。

処理中です...