ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

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第三章 初仕事は蒼へと向かって

ギランの人選

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前のめりになって急く気持ちを押し留めながら薫がホールに到着した頃には、既に中央のテーブルを囲うように全員が椅子に腰掛けていた。その中には当然ながら先ほど薫と別れたコーラルとヴァルツの姿もあった。

「遅ぇぞカオルぅ。主役のお前が来ねぇと始められねぇだろうが。さっさとこっちに来い」

「す、すみません!」

手招きされ、薫は足早にテーブルの上に両足を乗せたギランの隣にある唯一の空席を目指す。そして腰掛けようとしたその時、彼の腰にギランの丸太のような尻尾が巻き付いた。

「あ、え……?」

わけもわからない内に、持ち上げられた薫はギランの膝の上に着地。呆然とする彼の頭を撫でながらギランは満足げに口元を綻ばせる。まるで猫のような扱いだが苦言を申し立てるタイミングを完全に逸してしまい、薫はされるがままに撫でられていた。

「ギランさん、何やってるんですか。カオルが困ってるじゃないですか」

「うっせ。カオルに対するお前らのガードが固ェからこれくらいで我慢してるんじゃねぇか。これ以上文句は言わせねぇぞ」

「あの、僕の意見は……?」

「文句は言わせねぇって言ったばかりだろうが。時間が無ぇんだ。さっさと本題に入るぞ」

当事者なのに文句一つ言えないとは、こんな理不尽聞いたこともない。しかし、理不尽が服を着て歩いているのがギランという人物なのだから、今更薫も無駄に食い下がるような愚行は侵さない。

全員が口を閉じたところで、ギランは手にしていた羊皮紙をテーブルの上に広げて見せた。この世界の文字については現在進行中で勉強中である薫には内容がよくわからなかったが、どうやら依頼内容が書かれているようだ。

「依頼人はアルドゴート商会のステッキンのジジイだ。依頼内容は積み荷の護衛。目的地は港湾都市ブルーラグナで、必要経費は向こう持ちの報酬は金貨が十枚。まぁ、護衛任務にしちゃ悪くねェ報酬だな」

「珍しいですね。あのステッキンさんが僕達に依頼するなんて。積み荷の護衛なら普段は冒険者ギルドに依頼してるのに」

「フられちまったんじゃねェか?あの守銭奴ジジイ、依頼内容の割に財布の紐が固ェからな。しかしクロワのヤツ、仲介料だからって三割も持ってくか普通……」

どうやら依頼人はギラン達のよく知る人物のようだ。しかし、この中で唯一その人物についての知識が皆無な薫は、クロワの諸行に苛立つギランの膝の上で首を傾げながら疑問符を浮かべていた。

「ああ、カオルはステッキンさんを知らないよね。ステッキンさんはこの街で一番大きな商会のアルトゴート商会の会長さんで、この街に流通するほとんどの品を取り扱ってるんだ」

「へぇ……有名人なんですね。そんな人からお願いされたお仕事をするなんて、結構凄いことですよね」

「とはいえ、私達に依頼するとそれなりに高くつくからな。ほとんどは冒険者ギルドに依頼することがほとんどだ。さて、今回は一体どういう風の吹き回しかな」

コーラルも今回の依頼については疑問を覚えているらしく、テーブルに肘を付きながら難しい表情を浮かべている。

「俺様としちゃ、金さえ出しゃ誰だって大歓迎だがな。さて、今回の人選だがカオルは確定だ。あとは……」

ギランはテーブルに座る全員の顔をぐるりと見渡す。その後、静かに持ち上げられた指がアルト、そしてヴァルツを指差した。

「交渉役にアルト。んで、ヴァルツ、今回はお前らが行け。たまにはバイト先のシェイカー以外のモンを持たなきゃ腕が鈍っちまうからな」

「はーい。よろしくね、カオル」

「…………」

「よ、よろしくお願いします!」

軽く片手を上げるアルトと、まるで了解とでも言うようにヴァルツはテンガロンハットの縁を指先で弾いてみせる。

よもや、初仕事をヴァルツと共にこなすことになろうとは。薫としては誰と一緒でも何一つ不服は無いが、果たして仕事中に上手くコミュニケーションが取れるかという一点については不安を覚えていた。

アルトが同行するのだから心配は無いとは思われるが、これも彼と親睦を深める良い機会と捉えるべきだろうか。

しかし、薫としては誰に依頼され、誰と依頼をこなすのかというより、これが自分にとっての初仕事であるということが重要だった。

早くも意気込んでいるのかギランの膝の上で無意識に前のめりになりながら身体を揺らす薫だったが、その頭にギランの手が置かれた。

「あんま焦んなよ。目的地だって順当に進みゃ二日で着くような場所だ。街道に沿って行くからな、たいした化け物だって出やしねぇよ。お前はまず、仕事の雰囲気に慣れることに集中しろ。あれこれ気を回すのは次の段階だ」

「でも、僕……皆さんのお役に立ちたいんです。早くお仕事に慣れて、自分の食べる分くらい自分で稼げるようになりたいんです。もっと……強くなりたいんです」

俯く薫の言葉から感じ取れるのは、責任感というものを遥かに越えた強迫観念。悲壮感すら感じさせる薫の痛ましい姿に、コーラルは悲しげな表情を浮かべた。

「カオル……そこまで気負う必要は無いんだぞ。仮に失敗したとしても、私達はキミをここから追い出すつもりは毛頭無い。キミはもう私達の仲間なんだ。それを忘れないで欲しい」

「そうだよ、カオル。僕達、誰もキミを足手まといだなんて思ってないんだから」

「…わかっています。それでも僕は……皆さんの優しさに甘えてる自分が許せないんです。この世界のどこにも行き場の無い僕を拾ってくれた皆さんに恩を返したいんです」

薫の生真面目さ故か、この考えはそう簡単に変えられそうにない。揺るぎない強い意思の込められた薫の言葉に返す言葉が見付からず、困ったようにコーラルとアルトは顔を見合せた。

「…まぁ、お前の考えもわからねェこともないがな」

張り詰めた沈黙を破り、椅子の背凭れに寄りかかりながらギランが口を開いた。

「お前にそこまでの覚悟があるなら俺様はもう何も言わねぇよ。お前の初仕事の結果を、ここでゆっくり待たせてもらう。だが、俺様の面子を潰すような真似はしてくれんなよ?ただでさえクライヴのトコに奪われて仕事が無ェんだ。これ以上減ったら干上がっちまうからな」

「ギランさん……任せて下さい!お二人とこの仕事を絶対にやり遂げてみせますから!」

やる気に歯止めが掛からないのなら、逆に背中を押してやろうというのがギランの考えらしい。輪を掛けて意気込む薫の頭をギランが撫でた。

「よしよし。そんじゃ、お前の初仕事を記念して、俺様から餞別をくれてやるとするか 」

「餞別……?」

薫を膝から下ろし、あらかじめ仕込んでおいたのかギランがテーブルの下から引っ張り出したのは一振りの剣であった。
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