ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

文字の大きさ
上 下
34 / 72
第三章 初仕事は蒼へと向かって

薫の焦燥

しおりを挟む
鈍い打撃音と同時に、澄み切った青空に木剣がくるくると回転しながら宙を待った。地面に尻餅をついた薫はその行方を追って追い掛けようと腰を上げる。だが、それよりも早く迫るレザーグローブに包まれた拳が薫の鼻先に紙一重のところで停止した。

「惜しかったな、カオル。なかなか良い動きだったぞ」

薫に向かって拳を突き出したまま、呼吸を乱す様子もなくコーラルは屈託のない笑みを見せた。これで戦績は十戦中十敗。一応武道経験者としてあまりにも不甲斐ない結果に歯噛みしながら、薫は額を流れる汗を拭った。

「はぁっ……はぁっ……ま、まだです。もう一度お願いしま……あっ」

呼吸を整えながら立ち上がろうとした薫だったが、腕に力が入らずに背中から再び地面に転がってしまう。休憩無しでずっとコーラルと模擬戦をしていたがために無理はなく、薫はもはや立ち上がる気力もなく大の字になって横たわった。

「ははっ、そのやる気は認めるが無理をしても何も身に付かないぞ。今日の訓練はここまでにしよう。そのまま楽にしているといい。井戸まで連れて行こう」

「す、すみま……せん……」

せめてコーラルの息を乱させるくらいには一矢報いたかったが、今の薫の実力ではその領域にも及ばないらしい。コーラルは横たわる薫を軽々と抱き上げ、隅にある井戸へと運んでいった。

コーラルは桶で汲み上げた透き通る冷水を地面に座り込んだ薫の頭から浴びせた。程良い冷たさが火照った身体に心地よい。一緒に服もずぶ濡れになってしまったが、もともと汗でぐしょぐしょであったためにあまり関係はなかった。

「ん~……っ、はぁ……気持ちいい……」

「しかし、キミは本当に素質が良いと言うべきかな。日毎に無駄な動作が減って身のこなしが精練されている。いつか、私くらいは簡単に追い抜かれてしまうかもな」

薫がここに来てから、早くも一週間が経とうとしていた。初日から激動とも言える出来事が連続し、その最中で大切なモノ(貞操的な意味で)も失ってしまったが、ここ最近に至ってはギランが時折アプローチを仕掛けてくること以外に大した出来事もなく、薫は来るべき日に備えて鍛練に励んでいた。

コーラルの言うとおり、上達したと言われれば薫の中でも少なからず実感はあった。とはいえ、実戦に裏付けされた歴戦の強者であるギランやコーラルから手取り足取り指導を受ければ妥当とも言える成長である。

しかし、それでもなお上達していないものもあった。

「あはは……皆さんのおかげですよ。でも、相変わらず防御で手一杯で……」

薫の言葉通り、防御から攻撃に移ると途端にそれまでの輝きを失ってしまう。敗戦を重ねているのも、結局のところ攻撃が出来なければ相手を倒せるわけもないのだから。

改善点はわかっているのに、その優しさ故にどうしても動きが鈍くなってしまう。しょんぼりと肩を落とす薫の頭に、コーラルはタオルを被せた。

「わぷっ……」

「欠点がわかっているのなら、あとは改善に向けて努力を続けていくだけだろう?欠点とはそう簡単に矯正出来るようなものじゃない。目を背けず、根気良く続けていこうじゃないか」

タオルから顔を覗かせる薫の視界にコーラルの微笑みが映る。単なる気休めではなく、真に薫のために発している言葉。彼によって頭を拭われながら、薫はこくりと頷いた。

「…ありがとうございます、コーラルさん。じゃあ、また訓練に付き合って下さいね?」

「ああ、勿論だとも。キミはまだ若いし、覚えも良い。武芸者として、同僚として、キミの成長が楽しみでならないよ。最近はめっきり仕事の依頼が減ったが、早くキミと共に仕事をしてみたいものだ」

「あはは……ええ、頑張ります」

薫は笑って、そう応える。コーラルは安心したように頷き、薫から手を離した。

「私は先に部屋に戻るが、キミは少しここで休むと良い。言っておくが、くれぐれも無理な訓練は禁物だ。いいね?」

「はい、わかりました。と言っても、もう木剣を握る握力も残っていませんけどね」

「あれだけ攻撃を受けていれば当然だな。ではな、何かあれば遠慮なく尋ねてきてくれ」

そう言い残したコーラルはタオルを肩に掛け、建物の裏口へと向かっていった。

彼を見送った薫はタオルで髪と顔を拭き、一息つく。タオルから顔を上げたその表情は先ほどと打って変わって元気が無く、薫は手元のタオルを見下ろしながら重苦しい溜め息をついた。

「はぁ……ダメだなぁ、僕。もっとしっかりしないと、皆さんに迷惑を掛けちゃうじゃないか……」

周囲には虚勢を張る一方で、薫は焦燥感に駆られていた。このままではダメだ。アルトのように家事が出来るわけでもない。さらには戦う力も持たない自分は、ここでは完全にお荷物状態だ。

いずれ、薫にとって初仕事を受ける日が来るだろう。その依頼内容がどうあれ、失敗するようなことがあれば自分だけの問題ではない。傭兵団全体、恩を受けているギラン達に迷惑を掛けることになってしまうのだ。

そうならないためにも、一日も早く戦う力を身に付けなくては。薫はこの数日間、ずっとその想いに突き動かされていた。

「…早く強くならないと。早く強くなって、ギランさん達に認めてもらうんだ。そうしないと、ここに僕の居場所なんて無いんだから……!」

自分に言い聞かせるようにそう呟いて、薫は疲労を訴える身体に鞭打って立ち上がると地面に転がっている木剣へと歩み寄った。

もはや握力どころか腕もまともに動かないが、そう言っていられる状況ではない。薫は木剣を豆だらけの手で握りしめると、力が入らない手元にコーラルから渡されたタオルを巻き付ける。

強くなるためなら、何千、何万と振ってやる。たとえ、この腕がちぎれてしまおうとも。歯を食い縛りながら構えを取り、薫は木剣を握った腕を振り上げーーー

「えっ……!?」

いきなり腕を何者かに掴まれた。その瞬間まで自身に近付いていた気配を微塵も感じなかった薫が驚いて振り返ると、そこには紅蓮の剣の副団長、ヴァルツの姿があった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家族連れ、犯された父親 第二巻「男の性活」  ~40代ガチムチお父さんが、様々な男と交わり本当の自分に目覚めていく物語~

くまみ
BL
ジャンヌ ゲイ小説 ガチムチ 太め 親父系 家族連れ、犯された父親 「交差する野郎たち」の続編、3年後が舞台 <あらすじ>  相模和也は3年前に大学時代の先輩で二つ歳上の槙田准一と20年振りの偶然の再会を果たした。大学時代の和也と准一は性処理と言う名目の性的関係を持っていた!時を経て再開をし、性的関係は恋愛関係へと発展した。高校教師をしていた、准一の教え子たち。鴨居茂、中山智成を交えて、男(ゲイ)の付き合いに目覚めていく和也だった。  あれから3年が経ち、和也も周囲の状況には新たなる男たちが登場。更なる男の深みにはまりゲイであることを自覚していく和也であった。

俺の伴侶はどこにいる〜ゼロから始める領地改革 家臣なしとか意味分からん〜

琴音
BL
俺はなんでも適当にこなせる器用貧乏なために、逆に何にも打ち込めず二十歳になった。成人後五年、その間に番も見つけられずとうとう父上静かにぶちギレ。ならばと城にいても楽しくないし?番はほっとくと適当にの未来しかない。そんな時に勝手に見合いをぶち込まれ、逃げた。が、間抜けな俺は騎獣から落ちたようで自分から城に帰還状態。 ならば兄弟は優秀、俺次男!未開の地と化した領地を復活させてみようじゃないか!やる気になったはいいが……… ゆるゆる〜の未来の大陸南の猫族の小国のお話です。全く別の話でエリオスが領地開発に奮闘します。世界も先に進み状況の変化も。番も探しつつ…… 世界はドナシアン王国建国より百年以上過ぎ、大陸はイアサント王国がまったりと支配する世界になっている。どの国もこの大陸の気質に合った獣人らしい生き方が出来る優しい世界で北から南の行き来も楽に出来る。農民すら才覚さえあれば商人にもなれるのだ。 気候は温暖で最南以外は砂漠もなく、過ごしやすく農家には適している。そして、この百年で獣人でも魅力を持つようになる。エリオス世代は魔力があるのが当たり前に過ごしている。 そんな世界に住むエリオスはどうやって領地を自分好みに開拓出来るのか。 ※この物語だけで楽しめるようになっています。よろしくお願いします。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺

ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。 その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。 呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!? 果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……! 男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?) ~~~~ 主人公総攻めのBLです。 一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。 ※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。

嫁ぎ先は青髭鬼元帥といわれた大公って、なぜに?

猫桜
BL
はた迷惑な先の帝のせいで性別の差なく子が残せるそんな国で成人を前に王家から来栖 淡雪(くるす あわゆき)に縁談が届く。なんと嫁ぎ先は世間から鬼元帥とも青髭公とも言われてる西蓮寺家当主。既に3人の花嫁が行方不明となっており、次は自分が犠牲?誰が犠牲になるもんか!実家から共に西蓮寺家へとやってきた侍従と侍女と力を合わせ、速攻、円満離縁で絶対に生きて帰ってやるっ!!

BLドラマの主演同士で写真を上げたら匂わせ判定されたけど、断じて俺たちは付き合ってない!

京香
BL
ダンサー×子役上がり俳優 初めてBLドラマに出演することになり張り切っている上渡梨央。ダブル主演の初演技挑戦な三吉修斗とも仲良くなりたいけど、何やら冷たい対応。 そんな中、主演同士で撮った写真や三吉の自宅でのオフショットが匂わせだとファンの間で持ち切りに。 さらに梨央が幼い頃に会った少女だという相馬も現れて──。 しゅうりおがトレンドに上がる平和な世界のハッピー現代BLです。

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

[R18] 20歳の俺、男達のペットになる

ねねこ
BL
20歳の男がご主人様に飼われペットとなり、体を開発されまくって、複数の男達に調教される話です。 複数表現あり

処理中です...