ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

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第三章 初仕事は蒼へと向かって

薫の焦燥

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鈍い打撃音と同時に、澄み切った青空に木剣がくるくると回転しながら宙を待った。地面に尻餅をついた薫はその行方を追って追い掛けようと腰を上げる。だが、それよりも早く迫るレザーグローブに包まれた拳が薫の鼻先に紙一重のところで停止した。

「惜しかったな、カオル。なかなか良い動きだったぞ」

薫に向かって拳を突き出したまま、呼吸を乱す様子もなくコーラルは屈託のない笑みを見せた。これで戦績は十戦中十敗。一応武道経験者としてあまりにも不甲斐ない結果に歯噛みしながら、薫は額を流れる汗を拭った。

「はぁっ……はぁっ……ま、まだです。もう一度お願いしま……あっ」

呼吸を整えながら立ち上がろうとした薫だったが、腕に力が入らずに背中から再び地面に転がってしまう。休憩無しでずっとコーラルと模擬戦をしていたがために無理はなく、薫はもはや立ち上がる気力もなく大の字になって横たわった。

「ははっ、そのやる気は認めるが無理をしても何も身に付かないぞ。今日の訓練はここまでにしよう。そのまま楽にしているといい。井戸まで連れて行こう」

「す、すみま……せん……」

せめてコーラルの息を乱させるくらいには一矢報いたかったが、今の薫の実力ではその領域にも及ばないらしい。コーラルは横たわる薫を軽々と抱き上げ、隅にある井戸へと運んでいった。

コーラルは桶で汲み上げた透き通る冷水を地面に座り込んだ薫の頭から浴びせた。程良い冷たさが火照った身体に心地よい。一緒に服もずぶ濡れになってしまったが、もともと汗でぐしょぐしょであったためにあまり関係はなかった。

「ん~……っ、はぁ……気持ちいい……」

「しかし、キミは本当に素質が良いと言うべきかな。日毎に無駄な動作が減って身のこなしが精練されている。いつか、私くらいは簡単に追い抜かれてしまうかもな」

薫がここに来てから、早くも一週間が経とうとしていた。初日から激動とも言える出来事が連続し、その最中で大切なモノ(貞操的な意味で)も失ってしまったが、ここ最近に至ってはギランが時折アプローチを仕掛けてくること以外に大した出来事もなく、薫は来るべき日に備えて鍛練に励んでいた。

コーラルの言うとおり、上達したと言われれば薫の中でも少なからず実感はあった。とはいえ、実戦に裏付けされた歴戦の強者であるギランやコーラルから手取り足取り指導を受ければ妥当とも言える成長である。

しかし、それでもなお上達していないものもあった。

「あはは……皆さんのおかげですよ。でも、相変わらず防御で手一杯で……」

薫の言葉通り、防御から攻撃に移ると途端にそれまでの輝きを失ってしまう。敗戦を重ねているのも、結局のところ攻撃が出来なければ相手を倒せるわけもないのだから。

改善点はわかっているのに、その優しさ故にどうしても動きが鈍くなってしまう。しょんぼりと肩を落とす薫の頭に、コーラルはタオルを被せた。

「わぷっ……」

「欠点がわかっているのなら、あとは改善に向けて努力を続けていくだけだろう?欠点とはそう簡単に矯正出来るようなものじゃない。目を背けず、根気良く続けていこうじゃないか」

タオルから顔を覗かせる薫の視界にコーラルの微笑みが映る。単なる気休めではなく、真に薫のために発している言葉。彼によって頭を拭われながら、薫はこくりと頷いた。

「…ありがとうございます、コーラルさん。じゃあ、また訓練に付き合って下さいね?」

「ああ、勿論だとも。キミはまだ若いし、覚えも良い。武芸者として、同僚として、キミの成長が楽しみでならないよ。最近はめっきり仕事の依頼が減ったが、早くキミと共に仕事をしてみたいものだ」

「あはは……ええ、頑張ります」

薫は笑って、そう応える。コーラルは安心したように頷き、薫から手を離した。

「私は先に部屋に戻るが、キミは少しここで休むと良い。言っておくが、くれぐれも無理な訓練は禁物だ。いいね?」

「はい、わかりました。と言っても、もう木剣を握る握力も残っていませんけどね」

「あれだけ攻撃を受けていれば当然だな。ではな、何かあれば遠慮なく尋ねてきてくれ」

そう言い残したコーラルはタオルを肩に掛け、建物の裏口へと向かっていった。

彼を見送った薫はタオルで髪と顔を拭き、一息つく。タオルから顔を上げたその表情は先ほどと打って変わって元気が無く、薫は手元のタオルを見下ろしながら重苦しい溜め息をついた。

「はぁ……ダメだなぁ、僕。もっとしっかりしないと、皆さんに迷惑を掛けちゃうじゃないか……」

周囲には虚勢を張る一方で、薫は焦燥感に駆られていた。このままではダメだ。アルトのように家事が出来るわけでもない。さらには戦う力も持たない自分は、ここでは完全にお荷物状態だ。

いずれ、薫にとって初仕事を受ける日が来るだろう。その依頼内容がどうあれ、失敗するようなことがあれば自分だけの問題ではない。傭兵団全体、恩を受けているギラン達に迷惑を掛けることになってしまうのだ。

そうならないためにも、一日も早く戦う力を身に付けなくては。薫はこの数日間、ずっとその想いに突き動かされていた。

「…早く強くならないと。早く強くなって、ギランさん達に認めてもらうんだ。そうしないと、ここに僕の居場所なんて無いんだから……!」

自分に言い聞かせるようにそう呟いて、薫は疲労を訴える身体に鞭打って立ち上がると地面に転がっている木剣へと歩み寄った。

もはや握力どころか腕もまともに動かないが、そう言っていられる状況ではない。薫は木剣を豆だらけの手で握りしめると、力が入らない手元にコーラルから渡されたタオルを巻き付ける。

強くなるためなら、何千、何万と振ってやる。たとえ、この腕がちぎれてしまおうとも。歯を食い縛りながら構えを取り、薫は木剣を握った腕を振り上げーーー

「えっ……!?」

いきなり腕を何者かに掴まれた。その瞬間まで自身に近付いていた気配を微塵も感じなかった薫が驚いて振り返ると、そこには紅蓮の剣の副団長、ヴァルツの姿があった。
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