ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

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第二章 彼の期待と僕の覚悟

逆鱗

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一度は完膚無きまでに惨敗した相手を前に戦意喪失かと思われたが、牛人は逆に不敵な笑みを浮かべて短剣を拾い上げた。

「くひひっ……捜す手間が省けたぜ。そのガキの次はテメェを血祭りに上げるつもりだったからな。この間は油断しちまったが、覚悟しやがれ。親でも見分けがつかねぇくらい切り刻んでやるよ」

「御託はいらねぇから、さっさと来い。さっきから腰が引けちまってるじゃねぇか。メシが食える程度には加減してやるから、そう怖がるんじゃねぇよ。俺様の繊細なハートが傷付いちまうぜ」

「こ、このクソ野郎、ナメやがって……ブチ殺すッッ!!」

どこまでも格下認定するギランの挑発に火が着いたように、牛人は形容し難い怒号を上げてギランへと襲い掛かった。

何度も振るわれる白刃を、ギランは巨体に似合わぬ巧みな足捌きで紙一重に回避する。大抵の人間ならばナイフを向けられた時点である程度緊張するはずなのだが、ギランにそんな様子はない。むしろ敢えて受けずに避けて相手を小馬鹿にしている思惑すら感じさせる。

「おいおい、さっきまでの威勢はどうした?そんだけ振ってカスリもしねぇじゃねぇか。何なら十秒程度目を瞑ってやってもいいぜ?」

「はぁっ、はぁっ……こ、この化け物が……っ!」

微塵も呼吸を乱さないギランに反して、牛人は息も絶え絶え。薫によって一度気道にダメージを受けているとはいえ、ギランの無尽蔵のスタミナが彼を圧倒しているのは明らかだった。

この調子ならば、牛人の体力が尽きた時点で終了かーーーと、思われたが、そこで思わぬ事態がギランを襲った。

「おっ?」

薫の手から離れた木剣を踏み、巨体に似合わぬ華麗なステップを踏むギランの体勢が傾いた。彼らしからぬ、些細でありながら大きな失態。その一瞬の隙を、牛人は見逃さなかった。

「死ねェええーーーっ!!」

「ギランさんッ!」

両手で柄を握りしめ、ギランの顔に向かって牛人は渾身の力で短剣を突き出しーーーその手元が止まった。

ギランの背後で戦いを見守っていた薫には、彼に短剣が突き立てられたように見えただろう。しかし、当の牛人には全く別の光景が映っていた。

「な、なっ、なぁ……っ!?」

牛人の額に冷たい汗が流れる。確かに手応えはあり、寸分の狂いなく突き出した短剣はギランを捉えていたのだが、その刃は彼の口元で噛み締められた歯によって、見事に受け止められていた。

有り得ない光景だが、さらに不可解なことに短剣は押しても引いてもびくともしない。ギランによる恐るべき咬合力は、牛人の膂力を遥かに上回っていた。

焦る牛人を見上げるギランが勝ち誇ったような笑みを見せた瞬間、ついに耐えきれなくなったか、短剣の刃にピシリとヒビが入り、遂にその中間から砕けた。

「お、おわぁあああッ!?」

引っ張る最中に折れたものだから、勢い余って牛人は背中から倒れ込む。そこへすかさず距離を詰めたギランは、牛人の頭をおもいっきり踏みつけた。

「へべぇっ!?」

「さっきから見てりゃ、得物の使い方がなってねぇな。デタラメに振り回してもダメだ。使うならキッチリと急所を狙ってだな……っと、今更説教なんざ要らねぇか。さぁてと……」

「や、やめっ、はぎゃあああーーーっ!!」

ギランが足に力を込めると、メキメキと音を立てて牛人の頭が石畳に圧迫される。その激痛に、牛人は錯乱したように手足をめちゃくちゃに振り回している。

だが、そんなことで抜けられるはずもない。口の中に残る短剣の破片を吐き出し、ギランは踏みつける足の力を弱めた。

「おい、今度は反省したか?今なら許してやらねぇこともねぇぞ?」

「だ……誰が、この……ひぎぃいいーーーっ!?」

「そうかい。まぁ、俺様は別にそれでも構わねぇが、言い訳も出来なくなった後じゃ遅ぇぞ」

再びギランの足に力がこもり、牛人が悲鳴を上げる。その聞くに堪えない悲痛な叫びに薫は耳を塞ぎ、不安そうにギランの同行を見守っていた。

二度目ともあって、今度は先ほどよりも長い。やや頭が変形したような気がする牛人が悲鳴すら上げられなくなった頃に、ギランは再び足の力を抜いた。

「さんざん叫んで、少しは邪気も抜けただろ?で……反省したか?」

「は、はひ……反省しまひた……」

「もう俺様とカオルには関わらねぇな?」

「二度と……関わりまひぇん……」

「よしよし、言質は取ったからな。これに懲りたら、もう悪事からは足を洗えよ?」

「は、はいぃ……」

ギランによって牛人からはすっかり毒気も抜け落ち、薫と相対していた時の凶暴な面影は微塵も無い。顔の穴という穴から流れ出た涙と涎と鼻水は石畳に小さな水溜まりを形成している。

だが、これで解放される。ギランが足を離すと、安堵しつつ牛人が体を起こす。すると、ギランはおもむろに牛人の肩に手を置いた。

「さて……そろそろ本題に入るか」

「……はい?も、もう終わったはずじゃーーーはぎゃあああああッ!?」

「ひっ……っ!?」

その直後、ギランは唐突に牛人の額を鷲掴むなり、再び石畳に叩き付けた。その勢いは凄まじく、轟音と共に地面が揺れる。あまりにも突然なギランの行動に思わず薫も耳を塞ぎ、体を強張らせた。

「げ、げふっ……あ、あんた、何を……ひいっ!?」

あの衝撃の中、割れた頭部から出血しつつも寸前のところで意識を繋ぎ止めた牛人は、ギランの顔を見るなり悲鳴を上げた。

爛々と煌めく瞳は怒りに燃え、限界まで見開かれた眼は牛人を真っ直ぐに睨み付けていた。大気を震わせるほどの殺気混じりの威圧感を間近に浴びせられ、憐れな牛人は身を切られるような恐怖に全身を震わせた。

「テメェは、俺様のところの団員に手を出した。結構ひでぇ怪我だ、骨もイッてるかもしれねぇ。テメェは少々やり過ぎた……」

「おご、が、あががぁ……っ!」

ギランの握力が強まり、牛人の頭がメキメキと音を立てる。もはや拷問のような責め苦に牛人の瞳は白目を向き、微かに残っていた意識は奪い去られてしまっている。

だが、ギランはこの程度では済まさない。岩すら易々と砕き割る破壊力を誇る豪腕を叩き付けるべく、大きく腕を振り上げた。

満身創痍のところにギランの渾身の力が加われば、さすがに牛人もただでは済まないかもしれない。同情の余地など微塵も無い加害者とはいえ、それはあまりに憐れすぎた。

「ま、待って下さい、ギランさん……っ」

見かねたか、痛む体に鞭を打たせ、薫は座らされていた木箱から降りた。足を引きずるようにギランへと歩み寄ると、そのままギランの腰にしがみついた。

「カオル、座ってろ。すぐに済ませる」

「ダメです、ギランさん。その人、もう意識無いじゃないですか。だから、もう止めましょう。その人も十分反省したと思いますから。それに、油断した僕が悪いんです。僕が最後まで油断さえしなければ、こんな怪我をしなくて済んだんですから。ですから……もう、その人を許してあげてもらえませんか?」

傷を負ったことが怒りの原因ならば、それは自分が未熟だったからだ。明らかに格上であった相手に自ら挑んだのだから、無傷で済むはずがないのは明白。だから、その責任を相手に問うこと自体ナンセンスだ。

そう訴えながら、薫はギランを見つめる。しばらく視線を牛人と薫の間で往復させていたギランだったが、やがて諦めたように溜め息をついた。

「…ったく、わかった、わかったっての。今回はお前に免じて許してやる。だからその小動物みたいな目をすんな。妙な罪悪感を掻き立てられちまう」

「ギランさん……ありがとうございます。僕、もっと強くなりますから。ギランさんが安心できるくらいに」

「わかったわかった。強くなりてぇなら……ほらよ。こいつをしっかり持ってろ」

気絶した牛人から手を離し、頬を掻きながら立ち上がったギランは拾い上げた木剣を薫へと放った。それをしっかりと両手で受け止めた薫だったが、唐突にギランから抱え上げられた。

「わっ!?」

「ったく、ひよっこの分際で無理しやがって。足腰立ってねぇじゃねぇか。お前の治療をしなきゃならねぇから、とりあえずクロワのとこに戻るぞ」

薫を片腕で抱えたまま、ギランは路地の出口へと向かって歩き出した。力強い歩みに揺られ、命のやり取りという極限の状況から解放された薫の全身から力が抜ける。

路地を抜ける刹那、ちらりと石畳に倒れ伏す牛人を振り返り、薫は小さく頷く。薫は改めて前へと向き直ると渡された木剣を手放さないようしっかりと握りしめ、ギランに体を預けて瞳を閉じた。
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